修学旅行③神田さんとパンケーキ
てか、神田さん?
え?
「なんで…?」
「や、仕事で…って
いやいやいや!スーたんのほうがなんで!」
「修学旅行で…」
「あぁね」
急に神田さんが現れて涙が引っ込んだ。
ビックリしたからかな。
「本社見に来たん?」
「はい…」
ふぅって浅いため息をついた。
「…んで会うんだ…」
「え?」
「や、なんでもない」
「じゃ、私行きます
神田さんに会えて元気になったし!」
もっと見ていたいような
早く立ち去りたいような
「待って!」
腕をパッと掴まれ、行きかけた足が止まった。
また小さなため息と供に少しだけ目をそらした。
「パンケーキ美味い店あるんだけど行かない?」
「でも…」
仕事なんじゃないのかな。
「あ、そっか修学旅行だもんな
好き勝手行けるわけじゃないか」
神田さんならこーきも別に大丈夫だろうし、パンケーキ気になるし、折角誘ってくれたのに悪いよね。
「でも神田さんお仕事…」
「え、あぁ!それは全然大丈夫!
スーたんさえよければ女子向けのカフェだし
付き合ってくれたら嬉しいかな〜って」
そっか。
一人で行くのは恥ずかしい感じなのかな。
こーきも一人だとカッコぶってコーヒー飲むって言ってた。
「こっち、ちょっと歩くけど時間大丈夫?」
「自由行動なので。
夕方までにホテルに行けばいいんです」
「そっか、俺も夕方の会議に戻れればいいから」
「そうなんだ」
甲田ホールディングスから少し歩き、路地をくねくねと入っていくと白い板壁なカフェがあった。
「ここ~前にれんちゃんが連れてってくれた」
お洒落な黒板のメニュー看板があって、木枠の窓の中は、朝なのにティータイムなお客さんで席は埋まっていた。
「いらっしゃいませ~二名様ですか?」
すごいいい匂い!
甘〜い!
それに可愛い!
可愛い小屋だ!
図工室の椅子みたい!
「こちらにどうぞ〜」
小さなテーブルの隅っこの二人掛け席。
窓の方を向いて横並びだった。
神田さんは私を奥に座らせ、狭い椅子だけど少し隙間を空けて横に座った。
「ごめん狭くて」
「神田さんのせいじゃないし
なに謝ってるんですか~」
「修学旅行ってこんなとこ来てていいの?
しかもこんな無関係者のおじさんと。
あ、俺引率の教師に見えてるかもな!」
「そうかも~」アハハ
「やっと笑った」
そう言って出された水を一口飲んだ。
「朝霧となんかあった?」
「何も…」
「なんで泣いてた?」
何で?
「何でだろう…
甲田ホールディングス見たら泣きたくなりました」
「好きなんだな、朝霧のこと」
好きだから泣けたの?
「憧れが大きすぎて泣ける事ってあるよ」
そっか
あれは憧れなんだ。
私の中で大きくなりすぎたこーきへの憧れ。
「そんなにか…」
「え?」
「いやなんでもない」
神田さんが頼んでくれたパンケーキは、オススメお任せパンケーキで
「すごい!おっきい~!」
「美味そう!」
二人で食べないと食べきれない大きさ。
ホイップたっぷり。
カシャ
カシャ
カシャ
「映えだよね〜」
「インスタしてるんですか?」
「してないけど」
「じゃあ何で撮ったの〜」アハハハハ
「記念に待受画面にでもしようかと思って」
「女子〜」アハハハハ
「スーたんこっち向いて」
「え?」
カシャ
「さ、撮ったし食べよう!
美味そうだな~もう昼飯はいらないな。
カツ丼茶漬けだけでいいや。
このあと食いに行く?」
「カツ丼とか無理!」
「いやいや、茶漬けだからいけるって」
神田さんがナイフで半分に切りながら取り皿に乗せてくれる。
「ナッツはスーたん食って」
「いいですよ~」
「入れ歯に挟まるからさ」
「入れ歯なんだ」
アハハハハ
「スーたんはこんなの作ったりする?
料理できる子?」
「出来ません!
お母さんに特訓してもらってるとこです」
「そうなんだ」
「あ、でもクッキーはこーきに作ってあげた」
「あいつああ見えて甘党だもんな」
「こんなパンケーキも作れたらな…
こーき喜びそうなのに」
「それいいじゃん!
あいつ来月誕生日だろ!」
「……」
え?
「え…スーたん?」
「こーき誕生日なんですか?!」
ザワッ
声大きすぎた。
「え、知らなかった?」
「どうしよ…考えたことなかった…
そうだよね…誕生日…聞くの忘れてた…」
ククククク
「んじゃよかった、間に合って」
神田さんが笑う。
「えーっとちょっと待って」
カバンから手帳を取り出した。
「俺ね、律儀に同期の誕生日メモってんの」
ぱらぱらとめくり、指でページをなぞり探して
「5月24日」
「よかった…終わってなくて」
「普通彼氏の誕生日とか気にならない?」
「プロフィールは一通り聞いたはずだったんだけど…
身長体重血液型足のサイズは言えます」
「そこ?」
「よかった、神田さんに会えて」
「さ、食うか
バニラアイス溶けてしまう!」
「ホント!」
「やっぱ昼ご飯はカツ茶漬けにしようぜ」
「絶対食べれな~い」
「んじゃトッポギ」
「あ!ラーメン食べたい!」
「ラーメンの方が無理くね?」
すごく楽しかった。
甲田ホールディングスを前に、圧倒されて切なくて孤独で。
神田さんが笑わせてくれるから、心がポッと暖かくなって
安心した。
「じゃあ電車乗りま~す」
「すごい!都会の電車だ!」
駅は信じられないくらい人混み。
昼間でもこんなに人いるんだ。
馬由が浜の昼間なんてすっからかんなのに。
「スーたん迷子にならないでね」
「大丈夫です!」
「……」
「何?」
「繋ぐわけにいかないしな…」
「え?」
「何でもない
ちゃんとついてこいよ~」
「はい!」
そこそこ人の多い電車。
座れなかったから出入り口のドア近くで、神田さんは私を壁際に立たせ正面に立った。
いつもこーきがするみたいに、壁についた手がバリケードを作ってくれる。
「神田さん」
「ん?」
「何分くらい?」
「すぐだよ、10分くらいかな」
そんなに近いんだ。
甲田ホールディングスと大学。
大学の近くに住むところ借りるって言ってたし…
やばい
すごい会えるかもしれない 。
今の100倍会えるじゃん!
「スーたん楽しそう」
「え?」
「笑ってるから
さっきまで泣いてたのに」
「楽しいです」
「あ、これ」
目線の高さに見つけてつい手を伸ばしてしまった。
神田さんの襟についてるのは、こーきと同じ形のバッジ。
「あぁ、エネ開の…」
その瞬間
「キャ…!」
カーブにさしかかった電車が揺れる。
柱から手を離してしまったから。
壁から背中を離してしまったから。
「ごめんなさい…!」
神田さんの手が背中に回って、私の体は神田さんに寄りかかっていた。
「神田さん?」
支えてくれた手に力が入る。
「あ…ご…ごめん」
「ううん、私の方がごめんなさい
東京の電車初めてなのに手離しちゃったから」
背中から手が離れ、また柱に掴まろうと手を伸ばすと
「これさ」
神田さんが私の左手を取った。
「もしかして朝霧とお揃い?」
エヘヘ~
「あ、もう正解わかりました
答えなくていいです…」
一瞬窓の外に顔を向け、ため息をついたようにも見えたけど。
「あいつもそんなんするんだ
意外すぎて笑える、むしろ怖え」
「え、そんなにですか?」アハハ
「いや怖いのはスーたんのそのパワーだけどね」
「私?」
「あいつがここまで変わっちゃうとか…
すげえなって思う
そんだけ本気なんだろうなって」
そうなのかな~
やばい
ニヤけるんだけど~
「好き?」
「え?」
「朝霧のこと」
「大好きです!」
私はたぶん驚くほど無知で、光輝の事が好きすぎて、他人の気持ちを考えたり察したりする事は出来なかった。
神田さんがどんな気持ちだったかなんて、高校生の私には知るよしも考える余白もなく
ただただ
光輝だけしか見えてなかった。
「スーたんゴメン
会社に戻らないと…連絡来てしまった」
表参道に降り立ったとき、神田さんはスマホを見てそう言った。
「一人で行ける?」
「はい!」
「ここ真っ直ぐ行って…
あ、マップ設定してあげようか?」
「大丈夫です!」
「もしわからなくなったらさ…番号…」
「え?」
「いや何でもない。
行けばわかると思うから」
「はい!忙しいのにありがとうございました!」
神田さんが目を伏せる。
「またね」
「はい!」
今出てきた駅の中に入っていく。
一度だけ振り向き、神田さんは微笑んだ。
それはなぜか、すごく悲しそうな顔だった。
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