第20話 私の友達、愛理

エアコンをつけた音楽室は、防音の密閉度からなのかエアコンの効きがピカイチ。


週に一度から二度、顧問の山根先生が来て活動がある。

今配られた楽譜は、学校の近くの施設で弾くのと、秋のコンサートでブラバンとコラボするJポップの曲が数曲。



「それから

 次の式ピアニストは青井に決まりました」



私にだけ2部多かった楽譜は、校歌と君が代だった。


「青井、しっかり練習しとくように」


「はい!」


今まで3年生の里中先輩が式ピアニストだった。

引退前のこの時期が毎年交代の時で、ちょうど夏休みの終業式がデビューになる。


音楽部の二年生は7人

その内ピアノは4人

4分の1だけど、選ばれたのは素直に嬉しい。


「はいじゃあ練習始めて~

 里中、青井の練習みてやって」


話が終わり、それぞれ練習を始めた。


「よろしくお願いします!」

「譜面は簡単だけど

 最初ちょー緊張するから~頑張れ~」

「頑張ります!」

里中先輩は東京の音大に決まっていて、本格的にピアノを勉強するって聞いた。


そんな人からバトンタッチされた私は、ピアノで進学しようとも、ピアノで生きていこうとも

、これっぽちも思ってない。




楽譜を見ながら一通り弾く横で、里中先輩は校歌を熱唱。

そうしてたら亜希子先輩と愛理が笑いながらピアノの横に来た。


「あれだよね

 技術より度胸だよね」

「ほんとそれ~」


「あ、スズ動画撮ってあげよっか?

 式ピアニストになったってラインするでしょ?」


この前のジュピターは愛理に撮ってもらった。

撮ってもらったからには事情を説明していたから、愛理は私に想い人がいることは知っていた。

朝霧さんの素性までは話さなかったけど。


「え、スズちゃん誰に?!」

「そんな人いるの?!」

「待ってスズちゃんに先越された?!」

「マジか~!」


傷口が痛い…


「や…えっと、フラれた…かな」


「やだうそ!ごめんスズ!」

「え、いいよいいよ

 だって話してなかったもん」

愛理に悪いなって思った。

ラインやめたこと話さなきゃだった。

「いい!

 スズちゃんはいつまでも

 音楽部のペット的存在でいて!」

「アホな男だ

 この可愛さがわからないなんて」

里中先輩と亜希子先輩は、わざとらしく犬でも撫でるみたいによしよししてくれた。


「で」

「どこのどいつ?何高?」

「あ…大人の人

 電車で何回か会って…」


「大人?!」」


「どんな人?!」

「社会人?!何してるの?!」

「イケメン?!」


「や、でもフラれたんで」


何度ラインを開いてみても


最後のメッセージは変わらず



『顔も一緒に撮れよ』



あの日から止まったままだった。



私がラインしないと朝霧さんから来る事はなく、英介の言う通り、からかわれただけだった。


ラインが鳴り止んで

朝霧さんはスッキリしたんだろうな。



やっと既読スルーに気づいた。


既読スルーの意味に。



運命の出会いなんかじゃなかった。



私と朝霧さんのつながりは


簡単に



あっけなく終わってしまった。




「ホントごめんねスズ!」

「いいよいいよ

 言ってなかったから逆にゴメン」

今日はピアノ教室の日だから、音楽部の活動は早めに抜けた。

「愛理、練習よかったの?」

「うん、今日は気分が乗らなかったから」

「そっか」

愛理はそんな感じ。

演奏家気質な感じがちょっとカッコいい。

家にグランドピアノあって、先生が家に来て教えてくれるらしい。


「どんな人だった?その人」


どんな人?


「カッコよくて…

 言い方とか冷たかったりするけど」


私、何を知って、どこを好きだったんだろう。



「ホントは優しいの」



何も知らない。



それしか知らない。


あの日、駅に向かう足取りは、私のことを気にかけたスピードだった。


「愛理の彼氏は?」

「え、私の彼氏?

 まぁ車も持ってるし~

 デート代は全部出してくれるし」

「へ~すごいね!」

「今度出張とか言ってて~」

「わ~!大人って感じ!」

「まぁね、会えないから寂しいけど~」

「そっか、遠くに?」

「福岡」

「うっそ遠い~!すごいな~」


「スズにはそんな大人な彼、無理だと思うよ

 落とせないだろうし、万が一落としても

 価値観とか違うからスズには厳しいよ」


「だよね、愛理すごいな~」


愛理みたいに大人っぽくて気が利いて、何でも出来て、そんな子だから大人な彼氏落とせるんだよね。


私には無理


「ま…まぁね」


愛理と駅の近くで別れ私は電車に乗った。


無意識に探してしまう姿を、意識して探さないようにして、私はどうしても電車の中で



ラインを開いてしまう。



諦めなきゃ



トーク履歴にゴミ箱マークを出しては、押せずにホームボタンを押してしまう。


車窓に流れる海をただぼんやりと眺め


あの日交わした会話や



満員電車で間近に感じた体温を



思い出していた。

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