ハニーミルク

yuki

ストーカー×痴漢

第1話 痴漢騒動

「痴漢よ!この人痴漢!」


満員の電車に突如現れた大きな声。

4両列車の前から3両目、扉のすぐ近くだった。


馬由が浜駅で快速列車に乗り込むとすでに満員。

まず始めに捕まるものを探すのが鉄則で、一番いいのはシートにくっついているポール。

運良く背中に壁をゲット出来れば最高。

でも今日は運悪くつり革だった。

つり革はいくらしっかり握っても不安定で嫌いだった。


その声が聞こえたのは、馬由が浜駅を出て新城駅を通過したとこだった。

海辺を走っていた電車が一瞬山間に入り、景色が一瞬閉ざされるとき。


こんな田舎にも満員電車だと痴漢がいるんだなって思った。


「違っ…違います!」

「誰か駅員に知らせて!」


犯人らしき男性の声と、最初に叫んだおばさんの声。

ざわつく乗客。


次の駅に電車が入ると、背広のおじさん二人に腕をしっかり掴まれた犯人は、電車を降ろされた。



「あなたもよ!」



私も降ろされた。



ざわつく視線が、電車の中からホームに降りた私たちを追いかけてきた。


「大丈夫?怖かったわね」

おばさんが私の背中を撫でる。



私、痴漢にあったの?



がっちりホールドされた犯人がこっちを振り向き、私とおばさんを睨んだ。





「俺は何もしてない!!」


「ウソおっしゃい!

 私見たんですから!」

「するわけねえだろ!

 痴漢するほど困ってねえんだよこっちは!」


部屋に入るなり犯人は無実を主張して叫んだ。

お巡りさんや駅員さんに向いていた犯人の視線は、少し離れて座らされた私に向かい

「おいお前!さっきの状況説明しろ!」

必死の形相で怒鳴り、助けを求めた。

そんな犯人をキッとにらみ返したのはおばさんで

「大丈夫よ、おばさんがついてる」

汗を拭いながら私の顔をのぞき込む。

まだ肌寒さも残る四月の初め、おばさんは興奮気味だからなのか、それとも分厚そうなお肉のせいなのか、額には汗が滲んでいた。


「お嬢さん話せるかな」

「恥ずかしくないのよ、どうされたのか話して」


ここにいる全員が私を見る。

犯人に至っては生きた心地は完全に忘れてる。


制服のボタンが取れかかっていた。


濃紺のセーラー服の右の袖口のボタン。

金色の飾りボタン。

そこにボタンがあったことを証明するように、袖口には切れた糸が絡みついていた。


「そうよね、こんな事恥ずかしいわよね」

おばさんが声のトーンを落とす。

可哀想にって。

でも恥ずかしくて下を向いたのではなくて、ボタンの有無を確認しただけ。

だって犯人の言うさっきの状況ってこのボタンの事だもん。


「お前…マジで頼むから誤解だって言えよ!

 時間ねえんだって!

 どんだけ大事な会議だと思ってんだ!

 クビにする気か!」

犯人が大声出すから、お巡りさんが落ち着けと制止する。


袖口の飾りボタンは元々取れかかっていたのに、付け直すのが面倒でそのままほったらかしていた。

だからちょっと引っ張れば簡単に取れた。


ほら、犯人のカバンの持ち手の金具。

ボタンがピッタリハマってるでしょ。



犯人は両手で顔を覆って下を向くと、深い深いため息を吐き捨てた。

私がここでさっきの状況を説明しないと、この人はしてもない痴漢の罪で人生終了。

こんな時男の人って信じてもらえなくて可哀想。



「マジで頼む…」

「大丈夫よ、怖くないから本当の事を話して?」

「ばばあは引っ込んでろ!」

「ば…!?」

「金…金か?!いくら欲しい?!

 何でも買ってやるから説明しろ!」

「最低ねあなた

 自分のしたことわかってるの!」

「うっせえばばあ!」


「署に移動しましょう」

「君はマリア女子の子だね

 学校と保護者に連絡しよう」

大人たちがこの状況の解決策を進め、可哀想にとおばさんは私を慰める。



「ボタンが引っかかってただけです」



大人たちが一斉に私を見た。



犯人は顔を上げると、暗闇に光を見つけたみたいに表情に力が戻った。


「まぁ!何を言うの…可哀想に

 本当のこと言っていいのよ?

 あなたが泣き寝入りしなくていいの

 悪いのは痴漢なんかする方なんだから」


「だからばばあは黙ってろよ!

 してねえつってんだろ!」


「あれです、ボタン」


カバンを指さすと、大人たちは一斉にそれを見た。



「本当に取ろうとしていただけです」



誤認逮捕だったのに誰も謝る事をせず

むしろ


「誤解を招く行動は気を付けて下さいね」


犯人は注意を受けて無事に釈放された。

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