第8話 長年の無理

「ああ、これ本当に腰痛いな」


「だね~お疲れ様冬真さん」


「ありがと。秋奈も結構頑張ってたじゃないか」


「そりゃ私のベッドだからね」


 俺たちは何とかその日のうちに届いたベッドを組み立てることに成功した。

 三時間ほどが経過していた。

 中腰で作業をしてたからとんでもなく腰が痛い。

 久しぶりにこんな作業をしたから腰以外にも全身が悲鳴を上げていた。


「俺は明日から仕事だけど秋奈は明日どうする?」


「う~ん。冬真さんがいないのは残念だけど適当に過ごしてみるよ。あ!お弁当作ってあげる!」


「いいのか?」


「もちろんだよ。私が冬真さんに返せるのはこれくらいしかないからね」


「別に返すだなんて考えなくてもいいんだがな」


 俺のほうだって秋奈にはいろいろともらっている。

 孤独じゃない時間。

 他人との会話。

 当たり前のことが俺にとっては当たり前じゃない。

 秋奈に言っても理解はされないんだろうけど。


「そんなのだめだよ!もらったものはしっかり返さないと!」


「はいはい。期待しないで待っておくよ」


「なにそれ酷い~」


 本当に期待せずに待っている。

 俺は秋奈が俺に恩返しなんかをするよりもやりたいことを見つけて幸せになってほしい。

 そして、俺は静かに死んでいきたい。

 今の俺にはもう秋奈以外に未練はない。

 親族なんていないし、愛する恋人も仲のいい友人なんかもいない。

 他にも普通の人間が未練となり得るものを俺は持ち合わせちゃいない。


「ま、今は自分自身のことを一番に考えてくれ。俺に何かしようっていうならその後だな」


「は~い」


「じゃ、お前は先に風呂にでも入って来いよ。俺は後で入るから」


「うん!じゃあお先にお風呂いただくね」


「おう。とっとと行ってこい」


 秋奈は着替えをもって浴室に向かった。

 それを見届けてから俺は椅子に座り込んで天井を見上げて思考に浸る。

 これからどうすればいいか。

 仕事をやめるべきか否か。

 秋奈がいつ自立するのか、いつ死ねるのか。

 やはり、どれもいくら考えても明確な答えは出ない。

 いや、俺が考えていることに正解なんて存在しないのかもしれない。

 そもそも、正解や不正解だなんて視点が変われば意味をなさなくなる。

 所詮は人が自分を納得、正当化させようとしているだけの欺瞞にすぎない。


「って考える俺はやっぱりひねくれてるのかな?」


 目元に手の甲をあげてぽつりとつぶやく。

 誰に聞かれるでもない些細なつぶやき。

 でも俺にとって重要なことで、いろんなことが矛盾しているとわかっていても答えを見いだせない。


「お風呂ありがと~ってどうしたの?もしかして体調悪い?」


 薄着で俺の下に駈け寄ってくる。

 やっぱりこう見ると秋奈はとても美少女だと思う。

 まあ、それで興奮とかはしないけど。


「いや、そんなことは無い。少し考え事をしてただけだ。俺も風呂に入ってくる。秋奈は先に寝てていいから」


「う、うん。あんまり無理はしないでね?」


「心配してくれてありがとな。気を付ける」


 俺はそう言い残して浴室に向かった。


「無理するな、か」


 無理な話だな。

 俺は多分今までずっと無理をしてきている気がする。

 あの日裏切られてからずっと。

 死にたかったわけじゃない。

 でも、俺はあの頃からずっと生きていたくなかった。

 消えてしまいたかった。

 でも、死ぬのは怖かった。

 だから俺は多分無理をしているのだ。


「はは。嘘ついちゃったな」


 湯船につかりながら自嘲気味な笑みが出る。

 そろそろ出るかな。

 重い体を動かして湯船から出る。

 流石に久しぶりにあんな労働をしたため全身が痛い。

 今日は早く寝ることにしよう。

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