第9話 知らせ
夜中に目が覚めること自体は珍しくはないんですよ。まあ加齢現象なんでしょうね。
今年の春先のことです。
その日も夜中にふと目が覚めました。1時ぐらいだったでしょうか。
そうしたら、頭の中である曲が突然流れ出したというか、急に思い出したというか、なんかずっと繰り返しリフレインしてるんです。
井上陽水の『Good,Good-Bye』って曲です。
陽水は10代20代の頃によく聴いていました。ライブも観に行きましたよ。
でもその曲が特に好きってわけではないんですよね。
好きな曲なら他にいっぱいあります。『神無月にかこまれて』とか『クレイジーラブ』とか『青空、ひとりきり』とか。
カラオケで歌うのは、『リバーサイドホテル』とか『ジェラシー』とか『少年時代』とか。
『Good,Good-Bye』は前奏がなくて歌いづらいから、カラオケで歌ったことがありません。
特に思い入れがある曲でもないし、最近聴いたわけでもない。
そんな風に何かの曲のフレーズがふいに口をついて出ることはあるでしょうが、寝ている時にそうなったことは記憶にありません。
ほんと唐突に降ってきたというか。
頭の中に流れるメロディに合わせて、自然と歌詞を思い出していました。
Good,Good-Bye
さよならベイビー
そろそろこれで終わりにします
Good,Good-Bye
さよならベイビー
とにかくこれで終わりにします
なんでこの曲?変なの、って不思議に思ったのを覚えています。
でもそのうちにまた眠ってしまいました。
その日の夕方です。Hさんの訃報が届いたのは。
Hさん。僕より歳は2つ下だけど先輩。難病が見つかってずっと闘病していました。ずっとと言っても1年もたなかった。
Hさんとはよく飲みに行きました。カラオケにもよく行った。
Hさん、酔っぱらってくるとよく言ってたんです。
「◯◯(僕の名前)陽水歌ってよ」
それで思ったんですよ。
ああ、昨夜のあれ、Hさんだったのかって。
闘病に入ってから会えずじまいだったので、Hさんが最後に別れの挨拶に来てくれたんだと思ったんです。
Youtubeで『Good,Good-Bye』をちゃんと聴き直しました。
そうしたら、ある歌詞の部分がグッと心にきたんですよね。
また会えるのはいつだろう
約束なんかしない
この次は今より素敵なことを
楽しみに 巡り合いを楽しみに
実はHさんと会う約束をしてたんです。
闘病生活に入ってから、もっぱらラインのやり取りだけでした。
それがHさんの方から「一度会いたい」って連絡があり、病状も落ち着いてるから軽く飲みに行こうと一旦約束したんです。
ところがその二日前になって「体調が悪くなって無理」とラインが来て中止になってしまいました。
それで「家まで来てくれないか。家飲みなら大丈夫」と約束し直した日が、亡くなった日の一週間後でした。
翌週に会うはずだったんですよね。
ついに同世代の人を見送る年齢になってきたかという思いと、それにしても早すぎるよという思いが交差しました。
Hさんの方から連絡してきたので、会って何を話したかったんだろうとか、いろいろ考えてしまいますよね。
通夜告別式では棺に収まるHさんの顔を見ることができました。
涙はこぼれましたが、不思議と悲しい感情は湧いてきませんでした。
最後の出棺のときも笑顔で「またね」と言えました。
明るくてポジティブな人でした。
この曲も別れの曲なのに全然暗くないんですよ。Hさんらしい選曲だなって、妙に納得しています。
Hさん、井上陽水と同じ福岡県田川の出身なんですよね。
また会えるのはいつだろう
約束なんかしない
この次は今より素敵なことを
楽しみに 巡り合いを楽しみに
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