第2話 凜のことが信用できない
高校に入って、私は陸上部に入部した。元々運動は得意な方だったから何か運動部に入ろうと思って、最終的に陸上部を選択した。
「図書委員が終わったら教室で待ってるから」
そう凜が言ったから、部活が終わって急いで教室に戻った。絶対、部活をしている私の方が待たせてる。そう思ったのに、教室には凜はいなくて、鞄だけがぽつんと残っていた。
図書室はもう鍵が閉められているはずだから、トイレだろうか?
待っていようと思ったのは一瞬で、やっぱり待たせちゃったんだから呼びに行こうと席を立った。
トイレの前まで行って中に入ろうとした時、トイレ横の階段から誰かの声が微かに聞こえた。耳を澄ます。
凜の声だということはすぐに分かった、誰かと話している?
下から呼びかけようそう思って階段の上を下から見上げた。名前を呼ぶために吸い込んだ息が止まる、その会話の相手が誰なのか分かった。
誰なのか分かったのと同時に、私はその光景を見なければよかったと思った。
生物の笹本先生と・・・・・・、凜。
・・・・・・2人の距離が近づいて、キスしていた……。
ビックリして、私はそっと振り返ると音を立てないように教室に戻った。
・・・凜が―――。
自分の席に座って落ち着こうと思っても、心臓がドキドキしていた。私の中で凜はいつも冷静で、けれど時々無邪気におもしろくて、友達に分け隔てなく、品行方正で、私なんかに比べたら清楚で、そんなことに興味があるタイプだと思っていなかった。
数分経っただろうか、廊下から足音がして、教室に凜が入ってくる。
「紗良もう終わってたんだ。待たせた?」
「うんん、さっき来たとこ。・・・トイレ行ってたの?」
「うん、ごめんね」
私は、凜がいたっていつも通りで……その、さっきキスしていたとは思えないほどのいつも通りさに軽くショックを受けていた。
だってキスしてた・・・しかも相手は、男子でもなく生徒でもなく、女の、それも先生なんだから…。
もう私の中の恋愛というものの知識を超えたところに凜はいるんだと、呆然とした。凜が実は途方もなく遠くにいるような気がした。
あっという間に、目の前にいる凛という人物像を見失った気がする。凜の表情をつぶさに観察したくなって、目を向けようと思ったけれど、私の方が挙動不審になりそうでやっぱり眼を逸らした。
「いいや、部活で待たせたの私の方だし」
そう言いながら、時々図書委員の日に凜が待ってくれていたのが、先生と過ごすためだったんだなと、なんとなくそういう気がして悲しくなった。
私は、ただ先生と会う時間のためのダシに使われてたんだ・・・。
その後私と凛と何を話たんだろう・・・帰りのことは覚えていない。
―――私はいつものように話せていただろうか。
◇
「紗良、今日も図書委員終わったら待ってるね」
あれから数日して、凜の図書委員の日、いつものように凜に告げられる。
「ごめん・・・、部活の子と帰るし、凜は先に帰っていいよ」
「そっか、それならしかたないね。・・・部活楽しい?」
「うん、楽しい」
「部活仲間もうたくさんできたの?」
「まあ、ね」
「・・・うん。じゃあ、部活頑張ってね」
「凜も委員の仕事頑張って」
手を振って、私は部活に向かう。
あの日見てはいけないものを見た気がした私は、またこの間のような場面に出くわしたくないと、凜が待っていようとするのを断った。
次の時も・・・、次の時も・・・
「……凜、何度もやり取りするのもあれだから言うけど、これから待たなくていいよ。私遅いし」
「私が待ってたくて、待つって言ってるんだよ?」
待ちたくて、待っている……それは私をじゃないよね……。
「部活終わりみんなと帰りたいんだよね・・・」
「……ああ、そうなんだ、……ごめん。そういうことだよね……わかった」
何度か断って自然に誘うのをやめるかと思ったのに、凜はやめなかったから、とうとう凜より部活仲間が優先だと示すようなことを私は言った。
自分で言って、自分で少し傷ついた。
だって本当ではない・・・。本当は凜と帰りたいけれど…。
頭の中に、笹本先生の顔がチラついた。
一緒に帰るのは私に部活が無くて、凜に図書委員の仕事が無い日だけになった。
ホームルームが終わればすぐに帰れるから。凜の見てはいけない部分を見てしまう心配がないと分かっているから。
けれど、見ないように遠ざければ遠ざけたで、心の中では、余計に凛と笹本先生の関係が気になっていた。
図書委員のある日は、今日も密会してるんだろうななんて考えてしまっていた。
でもその話を、凜に聞くことはできなかった。凜がどういう反応をするのか怖かった。
凜は私の中では、一番の親友だったから。私が変にその話題を聞いたせいで、凜に離れて行ってほしくなかった。
凜にとったら私なんて、ただのちょうど良くそこにいた同級生で、明日誰か別の人に変わっていたってかまわないのかもしれないし・・・。凜に友達のままでいてほしいと思うと、下手なことはしないでいようと思わせた。
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