クラウン
桜木 トモ
第0話 道化師とウサギ
ここにありますは、何の変哲のない小さな箱。どうぞみなさん、お確かめください。箱の中はもちろん、外にだってタネも仕掛けはありません。
……確認はお済みですか? ね? タネも仕掛けもなかったでしょう?
では、再度ご注目を。アテンションプリーズ! 私がこの箱を3回叩けば、この中から鳩が飛び出します。
あなた今、嘘だと思いましたね? まぁ、それも仕方のないことです。だって、あなた自身で箱の中を確かめたのですから。そしてその結果、この箱には何もないということがわかったのですから。
でも、絶対に何の仕掛けもないと知っているからこそ、この箱から鳩が出てきたら、それはそれは素敵なことだと思いませんか?
ということで、早速やってみましょう。
1・2・3!
ほら、鳩が! 一羽、二羽、三羽! おっと、数え切れないくらい出てきましたね。
おや? まだ中に何か残っていますね。これは……あぁ、あなたへのプレゼントです。
はい、どうぞ。鳩のぬいぐるみです。あなたと私のお近づきの印に、ね。今日という日が、あなたの思い出の1ページになれれば幸いです。
ということで、道明寺タビトのマジックショー! これにて終了です。
ありがとうございました。
今もっともバズっているものは何か、と街頭で尋ねれば、みな口を揃えて「道明寺タビト」と答えるだろう。それくらい、SNSでもテレビでもタビトの名前と顔は売れている。
「タビトさん、ありがとうございました。いやぁ、やっぱり生で見るマジックは違いますね! お客さんもとても喜んでおられました」
ショーが終わりタビトが控え室に引っ込めば、すぐさま主催のテレビ局のプロデューサーがタビトに駆け寄ってくる。
「はい! 俺も楽しかったです」
今どきの若者らしい、しなやかな筋肉が付いた長身。人懐こく丸い目。笑った顔には茶目っ気がある。染めていない黒髪は、ご年配からの人気も高い。
だが、タビトが人気な理由は容姿だけではない。次から次へと繰り出されるイリュージョン。古典的なマジックはもちろん、タビト自身が考案したマジックは、世界にも評価されている。
今日、タビトはテレビ局が主催したイベントに出演していた。ゴールデンウィークの集客を狙ったイベントで、観客は文句なしの満員。初夏を感じさせる爽やかな日光が、より一層野外ステージを盛り上げた。
今をときめくトリックスター。出演をオファーすればそれなりにギャラは取られるが、それは仕方がない。タビトが高額なギャラを求めているのではない。タビトの需要が高く、どのイベント会社、テレビ局もこぞってタビトを取りたがるから、結果的に高くなってしまうだけだ。その代わり、タビトを取ることができれば、集客力は抜群。高額なギャラがチャラになる。
だが、テレビ局がタビトに注目する理由はそれだけではない。もう1つの収録が終わったのに、プロデューサーは早くも次の作戦を練る。
「タビトさん、この後ご予定はありますか?」
「特にないですね。家に帰ってご飯を食べるだけです」
「それは良かった。よろしければ、この後一緒に食事はいかがですか? 部長が是非タビトさんと食事をしたいと言っていて。こちらの無理を聞いていただくんですから、もちろん奢らせてもらいます」
「本当ですか? 食事をご馳走になれるなら、どこへでも行きますよ」
タビトが好かれるのは、その人当たりの良さだ。どれだけ人気者になっても偉ぶらず、素直に受け答えをしてくれる。テレビでの露出が増えた途端、偉ぶる人間もいる。必要以上に高額なギャラを請求する人もいる。だが、タビトはそういうこともなく、純朴な青年のままでいる。
ということで、タビトはテレビ局の人々とディナーに来た。プロデューサーとディレクター、それから放送部長だ。
テレビ局員御用達の、創作料理が楽しめるこぢんまりとしたレストランだ。小さなレストランということもあり、常連であるテレビ局員は融通を利かせてもらうこともできる。今日はタビトたちの貸し切りだ。
「タビトさん、何でも好きな物を注文してくださいね」
「本当ですか? じゃあ……、シーザーサラダに生ハムのサラダ、なすとエビのトマトソースパスタに……そうだな、ボンゴレビアンゴ。オムライスにハンバーグトッピング、ピザはもちろんマルゲリータ、それからこのレストラン特製きのこのピザ、それからパエリアもください。飲み物は生ビールで」
メニュー表を見ながらタビトはずらずらと注文をしていく。それから、メニュー表をテレビ局員に渡してにっこりと笑う。
「みなさんは何にされますか?」
「あ……えっと、先ほどの注文は?」
「俺の分ですけど」
どう考えても、4、5人分の量だった。だが、タビトは何の悪気もなく、純真に自分の食べたい分だけを頼んだらしい。確かに『遠慮なく』と言ったから、どれだけ頼んでもらっても構わない。どうせ会社の経費で落ちる。
だがまさか、こんなに食べるとは。他局のプロデューサーが言っていたのを思い出す。曰く、道明寺タビトは飯さえ奢れば言うことを聞く、と。その言い回しが気になってはいたが、こういう意味だったようだ。
テレビ局員たちも自分たちの分を頼む。
先に来たビールで乾杯しながら、プロデューサーはタビトに仕掛ける。
「タビトさんって、今彼女いるんですか?」
「彼女ですか? いませんよ」
「部長の娘さんがタビトさんの大ファンらしくって。ね、部長?」
「あぁ、そうなんだ」
部長は脂でテカっている頭をハンカチで拭きながら、ニコニコと笑う。タビトの注文する量に圧倒されてはいたが、プロデューサーの言葉で思い出したようだ。この様子を見るに、わざわざ部長がタビトとの会食に現れたのは、娘をタビトに売り込むためのようだ。
「それでね。タビトくん、娘と一度会ってはくれないかね」
「嫌ですけど。あ、お姉さん。ビールおかわりお願いします」
タビトは即答する。あまりにもあっさりとした切り方に、部長を初めとしたテレビ局員側の時間が止まる。再び動き出したのは、タビトが新しいビールに口を付けたときだ。
「えっと、どうしてですか? 何か理由が?」
プロデューサーは部長からのプレッシャーを肌で感じつつ、タビトに尋ねる。
「何がですか?」
「だから、どうして部長の娘さんとお会いにならないのかなって。部長の娘さん、美人さんですよ。部長、写真をお見せしたらどうですか?」
「あ、あぁ、そうだな」
部長はとっておきの娘の写真をスマホから探し出し、タビトに差し出す。夏の写真なのだろうか。薄着で笑顔の女性がタビトに微笑みかける。
「ご注文のシーザーサラダと生ハムのサラダです」
「ありがとうございます」
タビトは店員ににこりとお礼を言い、サラダに直接箸を付ける。取り分けるという発想はない。本当に1人で全部食べてしまうつもりのようだ。
「うーん、うまっ。シーザーサラダはやっぱりソースだよなぁ。生ハムも最高! ビールが進む!」
タビトは次々にサラダを口に放り込み咀嚼していく。生ハムのサラダは生ハムを食べるために注文したようだ。生ハムと共にビールを流し込みしきりに頷いている。
「た、タビトくーん。部長の娘さんの写真、見てあげてくれない、かなぁ?」
「うん? あぁ、はい。えぇ、綺麗な方ですね」
「ほ、本当か! じゃあ、是非一度会ってくれないか」
「ご飯奢ってくれるなら良いですよ」
それは娘目当てではなく、食事目当てではないだろうか。けんもほろろなタビトの態度に部長の顔に一瞬で血が上る。
「はい、部長さん。生ハム、おいしいですよ。お好きでしょう?」
タビトは部長に、生ハムを差し出す。レタスと生ハムを器用に巻き込んだフォークは、花束のようにも見える。
威勢を削がれた部長は、思わず口を開ける。タビトはそのまま部長の口にフォークを突っ込む。
「ね? おいしいでしょう?」
「おいしい……」
そもそも部長は肉料理が好きだ。だが、血圧やコレステロール、脂質の値が高く、医者からは制限するよう言われている。医者の忠告を部長本人以上に真面目に受け取った部長の妻は、家ではささみや鶏胸肉などの脂質の少ない肉しか出さなくなった。味も極めて薄い。
だから、久しぶりに味わう生ハムの塩辛さと味の濃さに舌が喜んでしまう。続けて流し込んだビールと共に、タビトへの怒りも引っ込んでいく。
「お気に召したのならどうぞ。もう一皿、頼んでおきましたから」
そういうと丁度店員が生ハムのサラダを持ってくる。タビトは受け取った新しいサラダを部長に手渡す。
「あぁ、ありがとう」
「部長さん、娘さんをご紹介いただけるというお話は大変ありがたいです。だけど、俺はしばらくマジックに専念したいんです。どうかご理解いただけませんか」
「うむ……、うーん」
部長はタビトの言葉と、娘やテレビ局の将来を天秤にかける。
この会食でタビトが好青年であることは痛感した。タビトが好青年であればあるほど、大事な娘に会ってほしいと思う。
だが、ここで無理を言って、タビトの機嫌を損ねるのもマズい。タビトの持つ視聴率を失うのは、放送部長としては何としても避けたい。
「わかった。タビトくんの意思を尊重しよう」
「はい、ありがとうございます」
部長は生ハムサラダにフォークを突き刺しつつ答える。部長とタビト両方の顔が和んだことを確認し、プロデューサーは胸をなで下ろす。
続けて、全員の料理が届く。テレビ局員たちは、それぞれ頼んだパスタやピザを分け合う。タビトは大量の食べ物をニコニコしながら胃に収めていく。細身のタビトのどこにあれだけの量の食事が入っていくのか不思議なくらいだ。
「タビトくん、仕事の話をしてもいいかな」
「どうぞ」
プロデューサーはようやく自分の話を始める。部長が来れば、食事も経費で落ちやすい。部長の話を先に終わらせ、みなが程よく酔っ払ったところで、プロデューサーは自分の本題を持ち出す。
「来月なんだけど、アメリカからロビンソン・ジュニアが来るって噂を聞いてね」
「はぁ、それが」
タビトはピザを頬張りながら、プロデューサーの話を聞く。マッシュルームの食感が面白い。
「タビトくんとロビンソンのマジック対決を企画したいと思っているんだよ」
「対決……ですか。マジックに勝ち負けなんてありませんけど」
タビトはマルゲリータを頬張りながら首を傾げる。トマトとバジル、モッツァレラチーズのコンビネーションは最強だ。特にこのお店は焼くことで甘みを増すトマトを使っているらしく、ピザにぴったりだ。
「対決というから勝負っぽく聞こえたかもしれないね。だけど、お互いにマジックを披露しあう、ってだけだよ」
日本で絶大な人気を誇る道明寺タビトが、世界的に認められたロビンソンに挑む。昨今、なかなか視聴率の取れないテレビだが、充分引きはある。
対決、というのは言葉のあやで、最終的にはお互いがお互いを、素晴らしいマジシャンだ、と称え合う。というフィナーレがプロデューサーの頭の中にできあがっている。
「どうかな?」
「いいですよ」
プロデューサーの提案にタビトはあっさりと頷く。オムライスをトッピングのハンバーグと一緒にスプーンに乗せてかぶりつく。とろとろの半熟卵と旨味が凝縮されたチキンライス、デミグラスソースがたっぷりとかかったハンバーグが口の中で混ざり合い重厚なハーモニーを生み出す。
「良かった。詳細はまた後日連絡させていただきます」
「わかりました。あ、デザートも頼んでいいですか?」
「もちろんです」
「店員さーん、注文いいですか? アイス全種類と……それからガトーショコラにマンゴープリンもお願いします」
まだそんなにデザートが入るのか、とプロデューサーは戦慄する。本当にタビトは大量の料理を1人で平らげてしまった。それだけでもすごいのに、デザートもがっつり食べるらしい。デザートだけ今のタイミングで注文したのは、アイスが溶けるのを危惧してだろう。
「これだけ食べるなら、大食い番組でもいいかもね……」
プロデューサーは視聴率の皮算用を始める。希代の天才マジシャンが大食いクイーンと対決。これはこれで数字にはなりそうだ。食べ物をチラつかせれば、タビトは乗ってくるかもしれない。
タビトは頭の中で勝手に計算を始めたプロデューサーを気にせず、全てのデザートも食べ尽くしたのだった。
会計はプロデューサーが行う。領収書の宛名は会社名。4人で食べたとはとても思えない金額になってしまったが、部長という証人がいるから間違いなく経費で落ちるだろう。
「では、タビトさん。私たちはこれで。あなたに太陽の微笑みを」
「あなた方に新月の静けさを」
挨拶を交わし、タビトたちは別れた。
仕込みは完璧。調子は上々。
今日は5月12日、旧暦卯月の5日。満月まではまだ日がある。
以前某テレビ局のプロデューサーからオファーを受けたロビンソンとのマジック対決の日だ。タビトはテレビ局の控え室で小道具の準備をしている。出演者はタビトとライバルのロビンソン。テレビ局に勤めるの司会者。マジック対決を見守る芸能人たち。それと一般観覧者。
タビトは一応主役ということで、小さいながらも1人の控え室をあてがわれた。テーブルにはクッキーやグミなどのお菓子も置いてあってポイントが高い。タビトは早速お菓子を次々と口に放り込んでいく。
事前の打ち合わせによると、お互い簡単なマジックをいくつかと、最後に1つ新作マジックを見せてもらえれば、ということだった。
「新作マジックって、簡単に言ってくれますね」
タビトは打ち合わせで実際、プロデューサーにそう言った。プロデューサーは目をぎょっと見開き、そこを何とか、とタビトに頭を下げた。
今では誰でもできるマジック講座みたいなものが動画サイトに上がっている。超高精度のカメラで撮られることもある。こちらはマジックのタネを明らかにするためだ。
どちらもマジシャンにとって大敵だ。マジックというのは、タネも仕掛けもないという建前があるから面白いのに。わざわざタネを明かすような解説や機材は無粋だとタビトは思う。
「それが好きで見ている人もいるから何とも言えないけれど」
マジックのタネが知りたくてそういうのを見る人がいるのも否定はしない。自分とは違う価値観を否定はしない。だけど、やはり本職がマジシャンであるタビトには、何ともやりにくい相手である。
「タビトさん、よろしいでしょうか」
「はい、何でしょう」
ドアがノックされる。タビトは訪問者を出迎えにドアを開ける。
「タビトさん、本日対決いただくロビンソンさんです」
「こんにちは! 初めまして、ロビンソンさん!」
ドアのノックしたのはプロデューサーだ。その後ろには、今日のもう一人の主役であるロビンソンがいる。それなりに身長があるタビトよりも、まだ10cmは高い。がっしりとした骨格は、街を歩けばとても目立つだろう。トレードマークのサングラスは、今もロビンソンの目を覆い隠している。
「今日はお会いできて光栄です。ロビンソンさんのマジックは俺も大好きです。今日は胸を借りるつもりで挑ませていただきます」
タビトは大きな身振りでロビンソンに挨拶する。日本語のわからないロビンソンは、タビトの言葉を、通訳を通して聞く。
少し遅れて、ロビンソンも英語でタビトに挨拶する。通訳が翻訳する。
「私もタビトさんとお会いできてよろしいです。だけど、この対決に勝つのは私ですよ」
通訳が終わるタイミングで、ロビンソンは手を差し出す。差し出された手を、タビトは握り返す。力強く握られた手に、タビトは好印象を受ける。
テレビで見るロビンソンのイメージは、ミステリアスだ。口数少なく、マジックの要点だけを説明する低い声。何を考えているのか悟らせない、サングラスに隠れた瞳。その重々しい雰囲気が、ロビンソンが得意とする命懸けのイリュージョンにより真剣味を与える。
だけど、ロビンソンは本来、胸の内に熱い情熱を秘めているのかもしれない。そんな印象を、タビトは受けた。
もう二言三言、言葉を交わしロビンソンは帰っていった。
「さて、と」
タビトはもう一度下準備の確認をしてから、部屋から出る。今日、一緒に出演する芸能人たちの控え室に向かい1人1人に挨拶する。マジック代わりにあめ玉を配る。
本当なら、ロビンソンにもタビトから挨拶に行くつもりだったのだが、先を越されたのは仕方がない。あれはあれで楽しかったし。
部屋に戻り、スーツに着替える。スーツが皺にならないように立ったまま、ルーティンとなっている指の体操をしていると、再びタビトの部屋がノックされる。
「はい」
「失礼します」
返事をすれば、入って来たのは茶髪と背の高さが印象的な男性だ。首から提げている通行証を見るに、ADのようだ。
「お時間になりましたので、ステージ裏までお願いします」
「わかりました」
タビトは小道具を持って部屋から出る。ステージまでの道のりを歩きながら、タビトはADに尋ねる。
「ADの仕事はどう? 今日が初めてなんでしょう?」
「あ、はい。そうですけど……」
タビトにADとしての初仕事だと言い当てられて、AD 池崎は驚くと共に不思議に思う。池崎の戸惑いを感じたタビトは苦笑し説明する。
「プロデューサーさんに聞いていたからだよ」
タネ明かしを聞けば、至極簡単なことだ。タビトは事前にディレクターから、新人のADがタビトの世話係になる話を聞いていた。今日は生放送ということもあって、人手が必要だ。新人ADにも出張ってもらわなければならない。
だが、日本のテレビ局の事情を知らないロビンソンの世話を任せる訳にはいかない。タビトに迷惑を掛けることになるかもしれないが、世話係には新人のADを付けてもいいか、と事前に確認があったのだ。特に拘りのないタビトは快諾した。
「想像していたよりもずっと忙しいですけど、楽しいです」
池崎はようやくADとしての仕事が回ってきたことに、喜びを覚えている。しかも、今をときめく道明寺タビトの世話を任せてもらえたのだ。マジックはほとんど見たことがない池崎だが、タビトが今の日本でどれほど有名かくらいは知っている。ディレクターから信頼されていると暗に言われているようでもあって、嬉しさもある。
「それは良かった。池崎さんの記憶に残るような番組になるよう頑張らないといけないですね」
「そ、そんな」
タビトからの思わぬ言葉に、池崎は胸を熱くする。そんな、自分のために殊更頑張ってくれるだなんて、タビト以外からはなかなか聞けない言葉だ。
「自分もタビトさんのために頑張ります」
池崎も、タビトの迷惑にならないよう精一杯努めようと気持ちを新たにする。
スタジオの中に設けられた席には、すでに一般観覧者が座っている。
「では、みなさんお願いします」
池崎とは違う、ベテランADの言葉と共に、先ほど挨拶に行った芸能人たちが入る。観覧者から歓声があがる。モデルやアイドル、何年か前の漫才コンテストで決勝戦まで勝ち残ったお笑い芸人、来週始まるドラマの主演など、ひな壇に座る人の人選にも、テレビ局の気合いのほどが窺える。タビトやロビンソンのマジックではなく、彼らを目当てに来た人も多いだろう。
司会者が所定の位置に立ち、生放送の番組が始まる。司会者はまず挨拶と、今日の番組の趣旨について話し、ひな壇に座る芸能人たちの紹介をしていく。
それから、ようやくタビトの番が訪れる。
「それでは、本日の主役に登場していただきましょう! まずは今、日本中が虜になっているトリックスター、道明寺タビトさん!」
「お願いします」
池崎からゴーサインをもらい、タビトはステージに足を踏み入れる。スタジオ特有のライトが眩しい。だけど、このライトがあるから、タビトはむしろ堂々とマジックをすることができる。
大きく手を振れば、歓声が上がる。より一層元気よく手を振りながら、バミってある――床にテープで「ドウミョウジ」と書かれたポイントに立つ。
「続きまして、緊急来日された世界のマジシャン、希代の奇術師ロビンソン・ジュニアさんの登場です!」
大きな拍手と共にロビンソンがタビトが控えていたのとは反対のステージ裏から現れる。タビトと同じように歓声が上がるが、ロビンソンは何の返答もしない。だが、それがロビンソンのキャラクターなのだ。
タビトはロビンソンと向き合う。強いライトの中、サングラスの奥に隠れたロビンソンの表情を観察するが、やはり本来は優しい人なのだろう。タビトにだけわかるように軽く微笑む。
「さて、今日はマジック対決をしていただくということですが、意気込みはどうですか?」
タビトは向けられたマイクに苦笑を返す。
「対決という言葉はあまり好きではないですが、そうですね、ロビンソンさんを驚かせるようなマジックができれば本望です」
「なるほど。ロビンソンさんはいかがでしょう」
「――」
「日本で一番有名なマジシャンのタビトのマジックを見ることができて嬉しいよ。だけど、私を驚かせるのは難しいと思う」
ロビンソンの言葉を、通訳が素早く訳す。お互いにうなずき合う。
「では、早速マジックを披露していただきましょう」
アナウンサーの進行に沿って、タビトとロビンソンはまずは小手調べという感じで軽いマジックをいくつか行う。インターネットでももしかしたらやり方が書いてあるかもしれない。コインやトランプを使った、オーソドックスなものだ。
タビトはじっくりとロビンソンの手元を見る。世界を代表するマジシャンと呼ばれるだけあって、ロビンソンの指は面白いくらい器用に動く。タネを知っているタビトでも、いや知っているからこそ、思わず見蕩れてしまう鮮やかさだ。
観覧者も芸能人たちも、みなマジックに魅了されている。
「それでは! いよいよ、本日の本題に移りましょう」
「え? 今のが本題じゃなかったの?」
芸能人から驚きの声が上がる。その声にアナウンサーは微笑み、声のトーンを上げる。
「今日は、お二人に新作マジックを持ってきていただきました」
「えー! 新作!」
「楽しみ!」
ステージの後ろにいる芸能人たちからも、前にいる観覧者からも喜びと驚きの混じった声が上がる。
「では、まずロビンソンさんからお願いします」
「――」
「本日は特別なマジックをみなさんにご披露しましょう。では、そこのあなた、お手伝いしていただけますか?」
「あたし? やったー」
指名されたモデルが嬉しそうにひな壇から降りて、ロビンソンの隣に立つ。ロビンソンは彼女を台の上に載せる。そして、台と彼女に布をかける。次に布を取り払えば、首から上だけを残して彼女の身体は消えた。横になった顔だけが宙に浮いている状態だ。
様々なところから悲鳴染みた声が上がる。実験台にされているモデルも自分の身体がないことに驚いている。周囲に何も異常がないことを見せつけるように、ロビンソンは別の芸人をひな壇から呼び出し、台が置いてあった部分を調べさせたり、ロビンソン本人を触らせたりして、おかしなところがないか確認させる。
ロビンソンは本来彼女の足があるはずの部分に布を被せる。取り払うと、足が現れる。また声が上がる。次に、手を出現させ、最後に身体全体を覆う。
次に取り払ったとき、彼女の身体が現れる。だが、よく見れば、先ほどと服が違う。濃いピンクのワンピースを着ていたはずだが、薄い青色のワンピースに替わっている。ついでに、指にはおもちゃの指輪も嵌まっている。
「すごい! 何で? どうして?」
実験台となった本人さえも欺くマジックに、タビトを含めた全員が拍手を送る。
「――」
「指輪は私からのプレゼントです。大事にしてください」
「うわぁ! ありがとうございます。一生大事にします!」
モデルはオーバーなくらいに喜ぶ。そして、ADに促されひな壇へ下がっていく。
「では、続けてタビトさんにも新作マジックを披露していただきましょう」
「はい。今日僕が準備したのは、このおもちゃの銃を使ったマジックです」
本物の銃はもちろん使用しない。本物に似たモデルガンも、人々に恐怖を与える。タビトが観客に感じてほしいのは、純粋な驚きだ。だから、モデルガンと言っても黄色や赤で色とりどりに装飾された、まさに「おもちゃ」というにふさわしい代物だ。エアガンですらない。
「今はまだ何も中には入っていません」
タビトは芸能人、観覧者、カメラに見えるように順にモデルガンの中を見せる。リボルバー式を模した物だから、リボルバーの中が空であることは一目瞭然だ。
タビトはリボルバーを戻し、軽く一発上空に向かって撃つ。マイクでも拾えないほどの小さな音、すなわち引き金を引く空虚な音だけが鳴る。中に何も入っていないのだから、当然何も銃口からは飛び出さないし、それに伴う音も出ない。
「この通り、まだ何も装填されていませんから、何も出てきません。では、この銃ですが、すいません、預かってもらえますか?」
タビトは銃をひな壇にいる芸能人に託す。預けられた芸人 神田は銃をたかだかと掲げる。お笑い芸人であるから、そういうリアクションも必要なのだろう。タビトもそういうところを見込んで、神田に銃を預けた。
「では、次に。観覧者の方にご協力いただきましょう。この中からどれでも好きなものを選んでください」
タビトはステージの前に向き直り、前列に座った男性に声をかける。タビトが取り出したのは、花、リボン、折り鶴、コインだ。
男性はは折り鶴を選ぶ。タビトはにこりと笑い、観覧者にも見えるように折り鶴を掲げる。
「はい、ありがとうございます。では、神田さん。前に出てきてください」
神田はモデルガンを持ったままタビトの横に並ぶ。
「それでは、それを客席の上に向かって一発撃ってください」
「え? けど、中何も入ってないですよ」
「さぁ? どうでしょう」
タビトは両手を広げて観覧者に向き直る。
「では、みなさんでカウントダウンしましょう。3・2」
「1!」
0と同時に神田が観覧者の上空に向けて銃を発砲する。
今度はパァンという、大きいが乾いた音がする。幼い頃、新聞紙で作った紙鉄砲を彷彿とさせる音だ。音と共に宙に紙吹雪が舞う。紙吹雪はひらひらと舞い落ち、観客に降り注ぐ。
「え? どうして?」
「すごい!」
「わっ。これ、よく見たら折り鶴ですよ」
上から降ってきたのは普通の紙吹雪ではない。折り鶴だ。薄い紙で折られた折り鶴は、空気の抵抗を受け、ゆっくりと人々の上に降り注ぐ。全員が感心したように上と、手元に降ってきた折り鶴を見比べる。
タビトはにっこりとした笑みを浮かべながら観覧者の表情を見る。みな驚きと共に、折り鶴の繊細さに感心しているようだ。
「さすが日本が誇る天才マジシャンのタビトさん! すごいマジックですね!」
「ありがとうございます。みなさんを驚かせることができて良かったです」
タビトは受け答えしつつも、違和感を覚える。スタジオ横が騒がしい。何かあったのだろうか。
スタジオ横のプロデューサーが、アナウンサーに向かって番組を終了するようにと合図を送る。
「ということで、マジック対決してどうでしたか、タビトさん」
「世界のロビンソンさんのマジックを身近で見ることができて、大変有意義でした。今度は僕がアメリカに行って、マジック対決をしたいですね」
「いいですね~。私も楽しみです。ロビンソンさんはどうですか?」
「――」
「タビトさんのマジックは大変魅力的でした。特にこの折り紙が気に入りました。家族へのお土産にいくつかもらってもいいですか?」
「もちろん。オフコース!」
タビトは親指を立てて答える。ロビンソンも同じポーズを返してくる。
アナウンサーはつつがなく番組を閉め、マジック対決はお開きとなった。タビトは池崎とは違うADに案内されながら、控え室に戻る。
「何かありましたか? 裏が騒がしいですけど」
「あぁ、はい、その、大丈夫です。タビトさんが気にされることはありません」
「はぁ……」
やけに歯切れの悪い答えに、タビトは首を捻る。
「しばらくお部屋でお待ちください。プロデューサーがお礼に参りますので」
「わかりました」
タビトは一人で控え室に戻り、スーツからラフな姿に着替える。それから、小道具の整備と片付けをしていく。派手派手しい、もっといえば子供っぽいデザインのおもちゃの銃の中から折り鶴や花びら、コインに似せた金銀の紙などを取り出す。
タネも仕掛けもありません、なんてあるはずがない。タネを仕込み、仕掛けを作る。タネも仕掛けもないのに、折り鶴が飛び出したり、人が宙に浮いたりはしない。
タネも仕掛けもある。だけど、それを見せないようにするのが、マジシャンの技術だ。
「遅いな……」
いつもなら、片付けをしている最中に誰かしら挨拶にくる。だが、未だにプロデューサーは現れない。やはり裏でバタバタしていたのは、タビトの気のせいではなかったのだろう。バタバタの処理をするのに、プロデューサーは走り回っているに違いない。
「見に行ってみるか!」
元より、好奇心旺盛なタビトである。じっと待っているのも暇だし、現場を見に行ってみようと席を立ち、帽子を被る。控え室にいなかった理由を聞かれれば、トイレとでも答えればいい。
「その前に、と」
タビトは隣のロビンソンの部屋をノックする。ロビンソンも着替え、ラフな姿だ。
「今日はありがとうございました。サンキュー! アイムベリーエキサイト!」
タビトは英語というか、カタカナ語でお礼を言う。
「――」
「こちらこそ、楽しい時間を過ごせました」
通訳が訳す。
「アリガト ゴザイマス」
ロビンソンが直接自分の言葉で伝える。
「またいつか一緒にステージに立ちましょう! シーユーアゲイン」
タビトはロビンソンと握手を交わし、控え室を後にする。何度か来たことのあるテレビ局のスタジオだ。ADがいなくとも、スタジオまでの道はわかる。
何なくタビトはスタジオに戻ってきた。スーツを脱ぎ、帽子を被り、歩き方を少し変えれば、案外タビトだと気が付かれない。テレビでの露出が増えてから、タビトが学んだ技だ。
スタジオ横は未だに騒がしい。人が集まっている中心に、何かあるようだ。タビトはバレないように距離を保ちながら、何が起きているのかと耳に注意を向ける。
「しっかりしろ!」
「いま救急車が来るからな!」
どうやら誰かが倒れたらしい。しかも、救急車が来るほどの逼迫した状況らしい。
タビトはぎょっとして思わず人垣の中を見る。倒れているのは、最初にタビトをスタジオに案内した茶髪で背の高いAD 池崎のようだ。
ほどなく、救急車のサイレンが聞こえてくる。救急隊が担架と共にやってくる。ADは担架に乗せられ、地上に降りる。再び救急車のサイレンがなる。建物の中であり、上の階にあるスタジオでは地上の音は遠い。救急車の音が聞こえなくなるのは、すぐだった。
「あの、プロデューサーさん」
「タビトさんっ? どうしてここに」
「すいません、控え室で待っているように言われたんですけど、どうしても気になって……。何があったんですか?」
タビトはプロデューサーに声をかける。プロデューサーの顔に驚きと、それから困惑の表情が浮かぶのを見て取る。
驚きは、わかる。控え室にいるはずのタビトがスタジオにいるのだから。では、困惑は? タビトがここにいるのが何かマズかったのだろうか。
「とにかく、一旦タビトさんの控え室に戻りましょう。説明はそこでしますから」
他のスタッフの驚きと困惑と、それから好奇の目が突き刺さるのを感じる。タビトの身体を押して退却を促すプロデューサーに従って、タビトはスタジオを後にする。
「それで、何があったんですか? 救急車で運ばれていったの、俺をスタジオまで案内してくれたADさんですよね」
「はい……。池崎ですが、番組の最中に倒れましてね」
「番組の最中に? ……もしかして、俺の最後のマジックのときですか?」
タビトは番組の内容を振り返る。怪しいのはやはり、タビトが神田の手を借りて、おもちゃの銃から折り鶴を発射させるマジックをした時だ。あの後、にわかにスタジオの裏が騒がしくなった。
「……はい。その通りです」
隠しておけないと悟ったプロデューサーは、素直にタビトの言葉に頷く。
「タビトさんの最後のマジック。あれと同時に倒れたようでして……。けれど、もちろんタビトさんが悪い訳じゃないですよ。たまたまタイミングが重なっただけで」
プロデューサーが言い淀んでいた理由と、池崎が運ばれた後にタビトに突き刺さった視線の意味がようやくわかった。
タビトのマジックではおもちゃの銃を使った。もちろん銃弾などは込めることができないし、誰がどう見ても偽物だとわかる。モデルガンではなく、エアガンですらない。水鉄砲以下のおもちゃだ。
だけど、派手な音はした。ジョークグッズにあるクラッカー程度の音量だったが、気の弱い人ならびっくりするだろう。びっくりさせるために大きな音を鳴らしているのだから、言い訳もできない。
「そうですか……。俺のせいで」
人を笑顔にするためにマジックをやっているのに、人を昏倒させてしまうなんて。タビトは自責の念に駆られる。
「そんな! タビトさんのせいじゃないですよ。言ったでしょう。たまたまですよ、たまたま」
はっきりとした因果関係は不明だ。だが、あまりに出来過ぎたタイミングに、タビトのマジックで気を失ったという理屈もついてしまう。
クラッカーを鳴らして驚かせたから、人殺し。そんな事件は聞いたことがない。
「疲れが溜まっていたのかもしれません。病院で点滴を打ってしばらく休めばすぐ良くなりますよ」
「はい……」
気落ちしたタビトを元気づけるように、プロデューサーは肩を叩く。
「もし池崎さんさえ良ければ、後日直接謝らせていただいてもいいですか?」
「そんな、気を遣わなくても」
「いいえ、俺がしたいんです」
プロデューサーは、池崎が倒れたのは本人の体調管理が悪かったからだと思っている。収録の最中に倒れて、救急車を呼ぶ騒ぎになった。
倒れるまで酷使した会社や上司、つまりプロデューサーやディレクターの責任になるのは、仕方がない。激務というのを言い訳にして、ろくに休みを与えなかったのは認めよう。
だが、タビトが負い目を感じる必要はない。どころか、必要以上に思い悩まれると、当の池崎も困ってしまうだろう。
だが、どこまでも真剣なタビトに、プロデューサーは折れた。
「わかりました。本人に聞いてみます」
「ありがとうございます」
タビトは深々と頭を下げる。どこまでも良い人だ。だけど、だからこそ余計に扱いにくい。プロデューサーは面倒ごとをまた1つ抱えてしまったと、内心溜息を吐く。
「今日はいろいろとご迷惑をおかけしました。タクシーでも呼びましょうか?」
「そうですね、そうしていただけると有り難いです」
タビトはプロデューサーの申し出を有り難く受ける。衣装であるスーツやマジックの小道具などはそれなりにかさばる。歩くのも電車に乗るのも結構大変なのだ。
タビトは素直にプロデューサーの好意を受け取り、タクシーで家に帰った。
買いだめしている冷凍食品やレトルト食品を食卓に並べる。一人暮らしのタビトがわざわざ4人用のテーブルを買ったのは、このためだ。端から端まで、めいっぱいに料理が並ぶ。
「いただきます」
タビトはまずご飯に箸を付ける。これだけは毎日炊いている。炊きたてのご飯はやっぱりおいしい。
無料で配信されるニュースをタブレットで見ながら食事を取る、というのがタビトの食事風景だ。一人暮らしの青年にしては、ごくありふれていると言えるだろう。
動画投稿サイトではなく、あえてニュースを見るようにしているのは、テレビに出るようになってからだ。時事に関する話題についていけないと世間体が悪い。
ニュースの1コーナーで、タビトとロビンソンのマジック対決が行われた、と流れる。タビトは慌ててボリュームを上げる。タビトとロビンソンがマジックを披露し、お互いにお互いを称え合う場面が流れる。
だけど、それでコーナーは終わる。タビトのマジックの最中に人が倒れたという情報は当然流れない。番組のADが倒れたなんてニュースを流しても、誰も面白くないし、番組に傷が付く。
タビトはテレビのボリュームを元に戻し、食事に戻る。
食べ終われば食器を片付け、シャワーを浴びる。今度は動画投稿サイトをザッピングし、何が流行っているのかをチェックする。流行を取り入れたマジックをした方が、観客にはよく受ける。
タビトの好奇心が満足したら、ベッドに向かう。
「今日はいろいろあったな……」
生放送でマジックを披露するというのは、珍しくない。ステージに立ってショーをするというのと変わらない。だけど、まさか人が倒れるとは。
「明日、銃の調整しないと」
銃の大きな音で倒れたのかもしれない。だったら、銃を改良する必要があるだろう。営業に実際に使って、子供が驚いて倒れてはいけない。
タビトはうつらうつらと今日の出来事や明日の予定を組み立てつつ眠りに落ちていった。
満月にはまだ時間がある。日付はは5月12日から5月13日、旧暦卯月の5日から卯月の6日に変わろうとしている。十五夜まではあと9日ある。
それでも彼らは動くことができる。満月の夜しか活動できない、というのは人間たちの愚かな妄想、もしくは憐れな祈りである。
電気が消された暗い寝室。そこに動く影がある。
タビトのアパートはオートロックが採用されている。一階のエントランスで部屋番号と暗証番号を入力して入る。住人以外が中に入るには、内側からの許可がないと居住部分に入ることすらできない。
また、窓ガラスには防犯用のシートが貼ってあり、割るのは難しい。そもそも3階にあるタビトの部屋の窓ガラスを割って入るというのは、なかなか考えづらい。
マジックの道具を収納するスペースがほしいという理由で、タビトは一人暮らしの青年にしては、かなりしっかりとしたアパートに住んでいる。人気マジシャンとしての稼ぎがなければできなかっただろう。
そんなタビトの部屋で動く不審な影。影は滑るように移動し、タビトの眠る寝室に忍び寄る。
タビトは影に気が付かないままぐっすりと寝ている。影はタビトの首元に叩き込むため、足を天井に向けて振り上げる。
そのタイミングでタビトのスマホに着信が入る。
「う……なになに? 地震?」
けたたましい音を立てるスマホに、タビトは驚いて飛び起きる。音が大きすぎて、自分で設定している着信音ではなく、地震速報の音だと勘違いしてしまった。
タビトはスマホを手に取り、画面を確認する。スマホの画面には非通知と表示されている。
「悪戯かよ」
非通知の電話には出ないのが一番。悪戯か詐欺の電話に決まっている。時間を確認すれば、午前1時46分。こんな夜中に電話をかけてくるような相手に、律儀に答えてやる必要はない。
タビトは電話を切り、再び眠りに就こうとする。だが、スマホの画面から出る明かりが、あるはずのない影を捕らえた。
「ん?」
タビトはスマホの画面をその影に向ける。
影――鉄色をした物体がタビトの足下に蹲っている。
「な、んだこれ?」
タビトは慌てて立ち上がる。身に覚えのない塊だ。タビトのものではないし、どうしてここにあるのかもわからない。
隕石を思わせる重量感ある質量は、タビトの目に奇異に映る。
鉄色の影が蠢く。再びタビトの電話がけたたましく鳴る。鉄色の影が、タビトに向けて蹴りを繰り出す。
「――っ!」
タビトはしゃがみ込むというよりは、びっくりして腰を抜かしたようにベッドに座り、攻撃を躱す。タビトの後ろの壁が、その衝撃に爆発音に似たを立てる。壁からは埃や断熱材の欠片が降り注ぐ。
「は……あ、え?」
これはまだ夢の続きなのだろうか。未だに状況が飲み込めないタビトからは、危機感のない声が漏れる。
影は間髪を入れず、タビトに襲いかかる。タビトはベッドの上を転がり落ちて攻撃を躱す。
相手が誰なのか、いやそもそも何なのか。目的も何もわからない。タビトは壁をまさぐり、電気を点ける。
明るくなった室内にいたのは、明らかな異形だ。
形状的は、人型ロボットと言ってもいいのかもしれない。全身鉄に覆われた細身の身体。身長は、タビトの2倍はありそうだ。今は猫背気味になっているが、まっすぐ立てば天井にぶつかるかもしれない。
目に当たる部分にはくりっとというよりはぎょろっとした緑色のレンズが嵌め込まれている。口に当たる部分に大きな切れ目がある。鼻のような穴はない。反対に頭の上でピンと立っている耳は大きく、ウサギを連想させる。
何よりもその足が恐ろしい。体長の半分を占める脚は長く太い。様々なアクションができるよう可動域の広い関節がついている。脚の造りは、タビトにカンガルーを彷彿とさせる。
明るくなった室内でタビトは改めて惨状を確認する。部屋の壁には、横一文字に亀裂が入っている。異形が先ほど壁を蹴った際にできた跡だ。生身の人間では絶対にできない跡に、タビトの背筋が凍る。
「賃貸なのに……」
あまりの異常事態に、タビトの心は平静を取り戻すためにと、この場にはそぐわない戸惑いを吐露する。
だが、そんな呟きに、目の前の異形は反応する。すなわち、タビトに追撃を与えようと動く。
動くのはやはり脚だ。脚がかかと落としの要領でタビトに襲いかかる。タビトは寝室から出る。狭い寝室では逃げ場が少ない。広いリビングの方が、攻撃を避けやすい。
タビトは素早く電気を点ける。タビトの推測通り、異形はカンガルーのようにジャンプし距離を詰めてくる。程なく次の攻撃を仕掛けてくるだろう。
「何か……何でもいい! 何か!」
タビトは部屋を見まわし、何か攻撃を防ぐものがないか探す。異形の脚がバネのように縮こまる。次の攻撃が来る。
タビトは目に付いたカバンをとりあえず掴み、中身を取り出し異形に突きつける。
「撃つぞ!」
手に取ったのは、銃。とはいっても、誰がどう見てもおもちゃに見える色鮮やかなデザイン。中にプラスチック製の弾丸を込めることすらできない。せいぜいジョークグッズとして紙吹雪を仕込める程度。
タビトが、昨日の新作マジック披露で使ったものだ。こんなもので、敵が怯むはずもない。銃が脅しとして有効なのは、それに銃弾が込められて、死ぬかもしれない可能性が目の前に突きつけられるからだ。弾が込められない銃に恐れを成す人などいない。
タビトの前にいる異形も、動きを止めずタビトの首元に狙いを付ける。
「うわぁぁああ!」
タビトは半ばパニックになりながら引き金を引く。派手な発砲音と共に紙吹雪が発射される。手に取った一瞬で弾丸を装填したタビトの手腕は、やはり一流のマジシャンに相応しいと言えるだろう。
だが、所詮はマジック。奇跡を起こすための魔法ではない。相手は驚くだろうが、目眩ましにしかならない。それでも、目を眩ませ続けるしかタビトに活路はない。
(このまま……出口まで行く!)
銃に次々と紙吹雪の元を詰める。要は小さなクラッカーだ。それを弾倉に詰めれば紙吹雪と音が出る仕組みだ。
命の遣り取りをしている緊張感がタビトの手を震えさせる。意思の力で指先をコントロールして、震えを止める。マジシャンに取って、指先は命と同じだ。指先が惑えば、ショーは成功しない。
タビトは逃げる時間を稼ぐため、弾丸を込めた銃を再び異形に向ける。
(狙うなら……頭)
目と思われるレンズ部分に紙吹雪を当てる。もしくはウサギの耳を思わせる頭頂部の器官を発砲音で攻撃する。
どちらでもいい。どちらかが成功すればいい。
そう思ってタビトは異形に銃を向けたのだが。
「え……?」
異形はサラサラと空気に溶けるように消えていく。鉄の塊のような身体が砂になって崩れ落ちていく。
数秒後、タビトの目の前にあるのは大量の鉄色をした砂だけだった。
タビトは呆然と砂山を見る。
「今のは……?」
今のは何だったのだろう。悪い夢だろうか。夢にしても、あまりに非現実だ。
呆然と立ち尽くすタビトだが、突然鳴るインターホンの音で我に返る。インターホンは何度も何度も押される。
「今度は……何が……」
また同じような異形が来ているのか。それとも、煩いと隣からの苦情だろうか。インターホンに出るべきか。それとも、居留守を使うべきか。
迷っているうちにインターホンは鳴り止む。ほっと息を吐く。
「道明寺タビトさん、大丈夫ですか? 電話にも出てくれないので、心配したんですよ」
「は? え? うわぁ!」
「うわぁ!」
窓からした声に、タビトは飛び上がって驚く。反射的に銃を向ける。ひょっこりと現れた男性に、反射的に銃の引き金を引く。発砲音と共に紙吹雪が舞い散る。
タビトも驚いたが、相手も驚いたようだ。窓の向こうに身体が傾ぐ。
「危ない!」
タビトの部屋は3階だ。生身の人間が窓から落ちれば、大惨事になる。タビトは慌てて男性の元に駆け寄る。男性は片腕1本で窓からぶら下がっている。
「すいませんが、引き上げてもらえませんか?」
男性が心底困ったようにタビトに頼む。タビトは少し逡巡する。先ほどの異形とは違って、こちらは明らかに人間だ。
自分の家から落ちそうになっている人間を無視すると寝覚めが悪い。何より、先ほどの異形を見た後では、普通の人間が恋しかった。
タビトは手を貸して男を引き上げる。
「っと。ありがとうございます。助かりました」
「いえ、こちらこそ驚かせてすいません。じゃなくて! あなたは誰なんですか? 何なんですか? 何しに来たんですか?」
突然現れ普通に挨拶をする相手に、タビトも思わず普通に言葉を返す。だが、すぐに男が敵か味方か判別せねばと思い直す。警戒を新たに、男を見据える。
「あぁ、これは失礼しました。ご挨拶が遅れたことをお許しください」
やけに腰の低い男だが、だからこそ余計にうさんくささが滲み出ている。仕立ての良さそうなスーツは、男を普通のサラリーマンにも見せる。だが、顔に浮かぶ薄っぺらい笑みがスーツの持つ真面目さを台無しにしている。
極めつけは、やはり目を覆う色つきのサングラスだろう。緑がかったサングラスはクスリの売人に見えなくもない。
男はスーツの内ポケットから名刺を取り出す。
「私はCROWNに所属しております榊マサムネと申します。以後、お見知りおきを」
「クラウン?」
白い長方形のオーソドックスな名刺は、官公庁をイメージさせる。テレビ局員なら社名のロゴが全面に入っている。イベントデザイナーやフリーのアナウンサーのものは少々凝っていて、自分の顔写真や似顔絵が入っているものもある。みんな自分を印象づけるための武器として、名刺を使っている。
だが、マサムネから提示された名刺には、『榊 マサムネ』という5文字しか印刷されていない。会社名さえ書いていない。
自己紹介されたはずなのに、より一層タビトの不信感が募る。そこに再び来客用のインターホンが鳴る。
「あぁ、そうでした。家の鍵を開けてもらえませんか? もう一人来ているんですけど、彼は私のように窓から入ることができなくてですねぇ」
「もう一人?」
「はい。私の部下です。ずっと外で待っているので開けてあげてください」
狐のような笑みを浮かべるマサムネに顔を顰めつつ、タビトはリビングに壁付けされている端末でオートロックの鍵を外す。
「これで入れます」
インターホンを通じて、ロビーで待つマサムネの部下に声をかける。
「ありがとうございます」
「それで、あなたは……いや、あなた方は何なんですか? 急に人の家に押し入って……」
そこまで言って、タビトは自分の背が凍るのを感じる。人だと思って家に上げたが、もしかしたら先ほどの異形の持ち主とかかもしれない。やはりタビトに害を加えるために、来たのだろうか。
そもそも、マサムネはどうやって3階にあるタビトの部屋に侵入できたのか。窓の鍵は閉まっていたはずだ。3階までよじ登るという行為も、常人には不可能だ。
先ほどの異形は、アパートの壁に亀裂を入れた。尋常ならざる力だ。それと同程度の力を、マサムネも持っていると考えた方がいいのだろうか。
タビトは銃を持つ手に力を込める。いつでも撃てるように引き金に指をかける。
マサムネはそんなタビトを見て、笑みを深める。マサムネにしてみれば安心させるために微笑んだのだが、結果的に胡散臭さが増した。
「タビトさんは、後ろにある砂の山は何だと思いますか?」
「これ……は……」
マサムネの来訪ですっかり頭から抜け落ちていた。タビト恐る恐る後ろを振り返る。幻覚ではなかった証拠に、砂の山は依然として部屋にある。
「砂……だと思います」
「砂になる前は、何だったと思いますか?」
「ロボット……とか? でなければ、何か人形? 砂の入った人形とか」
「その通り。タビトさんの仰るとおり、あれはロボットです」
「は?」
あまりにあっさりと肯定されて、タビトは逆に言葉に詰まる。明らかに間違った答えだったのに、それが正解だと言われても嬉しくない。裏があるとしか思えない。
ドアが控えめにノックされる。マサムネの部下が到着したのだろう。
「今、開けます」
タビトは鍵を開け、マサムネの部下を招き入れる。
「どう……ぞ」
「……こんばんは」
招いたタビトの動きが止まる。現れたのは、確かに人間だった。だが、どうしてだろう。タビトは彼の目の前でドアを再び閉めたい衝動に駆られる。
背はタビトよりも少し高い。178cmあるタビトもそれなりに高身長だが、相手は180cmを上回っているようだ。身体の線は細い。脂肪どころか、筋肉だって必要最低限にしかついていない。
すっきりとした輪郭と重たげな二重は女性のようにも見えるが、後ろを借り上げさっぱりとした髪型は男性的な印象を与える。
総合的に、中性的かつ非現実的な顔立ちをしている。
マサムネが部下のことを『彼』と言っていたことから、彼が男性であることが辛うじて推測できる。
「お疲れ様です、ルイ」
マサムネが部下――ルイに向かってねぎらいの言葉をかける。止まっていたタビトは再び動き出す。無言でルイを家に招き入れる。
全員が揃ったところで、マサムネはつらつらと説明を始める。
「私たちCROWNはロボットの開発をしておりまして。タビトさんの家に侵入したのは、暴走したロボットです。私とルイは暴走したロボットを回収に来た次第です」
タビトはマサムネと砂の山を交互に見る。
「ロボットが……鉄の塊になるんですか? 一瞬で?」
「今回のような暴走事故に備えて、そういう仕組みになっています」
「そんな技術、聞いたことがない」
「マジックの一種ですよ。一瞬で物体が消えるイリュージョンがあるでしょう? あれと仕組みは同じです」
「……」
タビトは意を決して異形が残した砂を触る。砂は柔らかく、先ほど感じた硬さや恐ろしさはない。細かい粒子は浜辺の砂を彷彿とさせる。中からは目の部分に嵌め込まれていたレンズが出てくる。
「……マジックじゃない」
「はい?」
マジックを超えた何かだとタビトは確信する。カードなどを瞬間移動させたように錯覚させるマジックもある。あれは、カードを巧みに操る技術だ。人間が移動するように見えるマジックだって、裏に通路や隠れる場所があるだけだ。
「マジックには、タネも仕掛けもある。だけど、これには何もない」
鉄の塊と砂を入れ替えるためのタネも仕掛けもない。タビトはマジシャンの矜持にかけて断言する。
「これはマジックなんかじゃない」
「困りましたね。そう言われましても」
マサムネは困ったように眼鏡の位置を直す。タビトの言い分をどうしても受け入れないようだ。
「……わかりました。1本、電話を入れさせてください」
タビトはスマホを持ち出し、とあるところに電話をかける。
「……プロデューサーさんですか? 夜遅くにすいません。特ダネを見つけたので……」
タビトは今日の生放送の担当者であるプロデューサーに電話をかける。夜中ということもあり眠たげな声が返って来るが、『特ダネ』という言葉を出した瞬間、声がはっきりとしだす。今はエンタメ部門のプロデューサーをしているが、以前は特ダネを探して走る取材班だったと聞いている。未だに特ダネという言葉には弱い。
「なるほど」
「いたたたた!」
核心を話し始めようとするタビトの手をマサムネはひねり上げる。スマホが落ちる。ルイが落ちたスマホを拾い上げ、速やかに通話終了のボタンを押す。
力だけではない、何かしらの関節技のようなピンポイントで痛覚を刺激するような痛さだ。
「全く。せっかくこっちが下手に出てやってたら、コレかよ。これだから、最近の若者は」
「は? え?」
タビトはようやく解放された手首をさすりながら、マサムネを凝視する。先ほどの怪しげな笑みを浮かべる慇懃無礼な中年男性はいない。いるのは、色のついた眼鏡を掛け、タビトに睨みを利かせるマフィアを彷彿とさせる男だ。
「せっかく俺が嘘を吐いてやったのに、それを無碍にするなんて信じられねぇな。マスコミに電話するか、普通?」
「嘘……だったんですか?」
タビトは目を見開く。マサムネの変貌ぶりにも目を瞠るものがあるが、堂々と嘘を吐かれていたことも信じがたい。
マサムネはタビトを指す。力強い動きに、タビトはぎょっと指先を見つめる。
「死ぬか、生きるか。選べ」
「何の……話ですか?」
「お前は見てはいけないものを見た。本来なら殺すべきだが、アレを倒した。案外役立つかもしれん。だから、生きる機会をくれてやる」
マサムネは指を下ろし、代わりに顎で砂の山を指す。
見てはいけないもの。すなわち、先ほどのロボット――いや、ロボットというのは嘘だったらしいから、別の何か。
タビトがすぐにこの場で殺されないのは、異形に対する有効な手段を持っているからのようだ。
「どうして、俺が死なないといけないんだよ! 生きるに決まってんだろ!」
タビトは生唾を飲みこみ告げる。額には粘っこい汗をかいているだろう。マサムネから発せられる雰囲気は、それほどまでに重たい。タビトが手にしているのではない、本物の銃を突きつけられたかのような息苦しさだ。
生か死を選べと突然突きつけられた怒りが、タビトの中に渦巻く。生を選ぶに決まっている。どうして死ななければならないかもわからないのに、生を諦めることなんてできない。
「ルイ、どうだ!」
「良いと思います」
マサムネの乱暴とも言える問いを、ルイは小さな声で肯定する。
「なら、決まりだ。お前はCROWNに入ってもらう」
「CROWN……」
マサムネと、それからルイが所属する組織。
「わかったら、行くぞ」
「行くってどこに!」
「CROWNに」
「今から?」
「当然だ」
「どのくらいの期間ですか? 着替えとかいります?」
「準備する時間はない。今すぐ出発だ。じゃなければ、死んでもらう」
「そんな無茶苦茶な!」
どこまで本当かわからないが、マサムネならばやりかねない。タビトは慌ててマジックの小道具が入ったバッグだけを辛うじて掴む。ドアの鍵をかけ、足早に進むマサムネを追いかける。
「あの、もう一ついいですか?」
「何だ。質問が多い」
マサムネは苛立ちを隠すつもりはないようだ。
「さっきのは結局何だったんですか?」
「さっさと乗れ」
マサムネはタビトをエレベーターに押し込む。
「それで、さっきのは」
「口やかましい奴だ。ルイを見習え」
ルイは確かに質問をされたとき以外は口を開かない。
「質問に答えてくれたら黙ります」
「ああ言えばこう言う」
マサムネは半目でタビトを見る。好奇心は猫をも殺すということわざを知らないのだろうか。つい先ほど、その旺盛な好奇心のせいで普通の人生を歩く権利を失ったばかりなのに。
それでも、CROWNに入ることとなった以上、アレが何なのか知る権利があるのも確かだ。
「アレはダットだ。ダットが送り出した刺客だ」
「ダット……? ダットって、あのダットですか?」
「まさかダットを知らないとは言うまい」
「……」
タビトは開いた口が塞がらない。確かに静かになったとマサムネはほくそ笑む。そのままタビトを車に放り込み、自身は運転席に座る。ルイは助手席だ。
「えー! ダット? ダットって、あのダット? マジで? うわー! うわぁ……」
「やかましい」
タビトの大声に、マサムネではなくルイが肩をびくつかせて驚く。
「だって……だって、ダットっておとぎ話でしょう!」
ダットは、かつて脱兎と書いた。月に住むウサギの蔑称だ。脱兎という言葉が外国に伝わり、戦後逆輸入された。そのため、日本でも外国語由来の言葉と同じように、「ダット」とカタカナで表記される。
月にウサギが住んでいる。そして、ウサギは人間を食べるために、じっと機会を窺っている。だから、早く寝なさい。満月の夜に出歩いてはいけません。
大人が子供を寝かしつけるためのおとぎ話だ。タビトも何度も言い聞かせられ、怖いと布団に潜りこんだものだ。
「実在する。お前は実際に見ただろう。お前自身が『タネも仕掛けもあるはずがない』と高らかに宣言したじゃないか」
タビトは力が抜けたように座席に座り込む。異形のロボットは、地球の技術ではなく、月の技術だとでも言うのか。
だけれども、確かに。鉄を瞬時に砂に変える技術は、地球の法則ではなく、月の法則を感じさせる。
タビトは車の窓から月を見上げる。いつも何となく嫌なものを感じさせる月は、本当に災厄の象徴だった。
月はまだ大きく欠けている。それでもタビトは、月明かりを恐れて、できるだけ影になるところに座り直した。
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