殺せ!黒マン!

@oeee

1.イジメに満ちている。

 ぼくの周りには、イジメが横行している!

 イジメっ子たちがぼくの周りの子たちをイジメているのだ。ぼくは誰からも相手にされていなくて、イジメられっ子たちにも相手にされていなくて、教室の自分の席に座っているのだ。

 なんとかしたい。なんとかしたい。ぼくの望み。なんとかしたい。ぼくの視界にイジメを入れるな!

 でも今日もイジメっ子たちはイジメられっ子たちをイジメているのだ。

 なんとかしないと。そう思っているのは僕だけなのだ。

 先生も。イジメを見ているほかの子たちも、イジメをどうしようともしていない。

 ぼくだけだ! ぼくだけがイジメを止める意思を持っている。

 でも力がない。ぼくは泣きたくなる。それほどに力がない。

 だからぼくは学校が終わるまでイジメをどうすることもなく、ふつうに家に帰る。

 路地裏に猫が死んでいる。猫吸いが猫の上に蹲って、死体を吸っている。猫でさえ。ぼくは思うのだ。猫でさえ、イジメられている。みんな暴力なのだ。暴力で自分以外の存在を変えてしまえるのだ。

「そんなの異常だ!」ぼくは叫んだ。でも叫ぶだけ。猫吸いがぼくの方を振り返る前に、ぼくは路地裏を離れている。

 噴水広場では、噴水の前に演台を置いて、お姉さんとお兄さんが絶叫している。周りに人がごった返していて、お兄さんとお姉さんの話を熱心に聞いている。

「我々は、性別主義差別主義者だ」お兄さんが言った。

 次にお姉さん。「性別主義は差別されなければならない。性別によるあらゆる偏見だけでなく、性別という概念の使用、人類の性分類それ自体が迫害されるべきである。性別主義は葬り去るべきである」

 人々が拳を天に突き上げた。団結だ! 胡麻塩頭のおじさんが言った。団結だ! 団結だ!

「我々はXY大学性別主義差別主義サークルをここに発足する。XY大生以外の参加も歓迎するので、この紙に名前と年齢、住所(郵便番号も)、電話番号、メールアドレスとそのパスワード、誕生日、血液型、スマホのパスワードを書いてください」

 お兄さんが言うと、噴水広場に集まっていた人は我先にと演台に群がった。

 ぼくは胸が熱くなった。黎明だ。学生団体の黎明をぼくは今、見ているのだ。

「押さないで、押さないで」人が集まりすぎて、お兄さんとお姉さんが揉みくちゃになっている。どさくさに紛れてお兄さんとお姉さんにべたべた触っている人たちがいる。

 いつの間にかレイプが始まった。

 集団レイプだ!

 学生団体の黎明期が乱交に変わった。ぼくは目の前の石畳の広場で起こっていることの意味が分かる。乱交だ! 通報する人がいた。電話口に向かって叫んでいる。乱交だ!

 お姉さんもお兄さんももはや大学生でなくなっていて、人間だった。ただの人間だった。相手がいなくて困っているおばさんがいる。意気揚々と興奮して裸になったはいいものの、相手がいなくて立ち尽くしている。おばさんが不意に誰かに蹴られた。おじさんかもしれない。会社員のお兄さんかもしれない。ともかく誰かに蹴られた。蹴られたおばさんが地面に這いつくばると、一部の人たちがおばさんの周りに集まってきて、思い思いに裸のおばさんを蹴り始めた。

 まただ! ぼくはもううんざりしてイライラした。またイジメじゃないか。

 でも、いつもと同じ。ぼくはいつもと同じ。イジメを止められない。ぼくの目の前でイジメが起こっているのに、止めることができない。イジメをコロすことができない!

 ぼくは結局、噴水広場からも逃げた。何もできない自分が嫌だ。殺意だけは一人前にあるくせに、イジメを止める勇気がない自分が嫌だ。死にたくなる。

 疲れて、息が切れて、咳ばかり出る頃になってようやく立ち止まった。

 ぼくは弱虫だ。ぼくは自分に強く言い聞かせた。ぼくは弱い。弱い! 弱い!

 誇示できるほどの弱さがぼくにはあった。ひけらかすことができるほどの弱さがあった。

 今日もイジメがある。明日も。毎日毎日、どこかでイジメがある。ぼくはイジメを目にする度、動きたくて、でも何もできない。ほら、今日も家に帰ってきてしまったじゃないか。

「あ、ゴミが帰ってきた」玄関を開けて中に入ると、階段のところに姉さんがいた。今日は姉さんの友達の「みぱつ」さんもいて、階段のところで抱き合っていた。

「ほんとだあ。お邪魔してまあす」

 姉さんとみぱつさんは、すぐぼくに興味を失って、舌を絡め始めた。ぼくの部屋は二階にあって、いつも二人は階段のところでいろいろやっている。ぼくはいつも自分の部屋に入れなくて、待つしかない。

「あ」みぱつさんが言った。「きょうくんも一緒にどう?」

「え?」ぼくが聞き返しても、みぱつさんは何も言わない。姉さんの方を見ている。

 違うじゃん。みぱつさんはぼくに言ったんじゃなくて、姉さんに言った。

「いいよ。きょう。おいで」

 ぼくは姉さんの部屋に入った。

 部屋の中で、ぼくは、「ああああ」となった。

 みぱつさんはぼくを「ああああ」とするのにハマったみたいで、よくうちに来て、姉さんと長い時間くっついた後、ぼくを姉さんの部屋に呼んだ。

「ああああ」

 ぼくはみぱつさんに「ああああ」されているときは「ああああ」しか言えなくて、気持ちいいのか怖いのか分からないけれど、とにかく「ああああ」と声を出していればなんとなく大丈夫な気がした。

 みぱつさんはぼくを何度も「ああああ」させて、満足して帰った。姉さんはぼくが「ああああ」なっているときはスマホを見て、時間を潰しているみたいだった。

 姉さんのベッドは、汗の臭いが染みついていた。

 ぼくは毎日イジメを目撃する。今日も猫吸いが血を吸うために、路地裏で猫をイジメている。学校ではぼくの周りの子たちがイジメっ子にイジメられている。噴水広場は乱交会場になっていて、あのおばさんは性懲りもなくまた裸でやってきて、蹴られてイジメられている。

 イジメに満ちている。イジメに満ちている。

 早く何とかしたいと思う。

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