2.虚構占い

 ある日、商店街を歩いていると、占いの机が置いてあるのに気付いた。のぼりがあって「真実占いです。真実をもとに虚構を占い〼」と書かれていた。ぼくは四角に斜め線を書き込んだ図形が何なのか知らなかった。でも今日もイジメを見て、ぼくは陰気な気分になっていた。

 机の前を通り過ぎようとすると、椅子に座ったおばあさんが声をかけてきた。

「ちょいと」

 ぼくは無視した。

「ちょいとちょいと。ぼっちゃん。ねえ待ってよ」

 ぼくは立ち止った。「なんですか」

 おばあさんの顔は皺だらけで、髪の毛は灰色のぼさぼさで、和服みたいなものを着ていて、歯が黄色くて、笑っていた。頬と首に茶色いシミがあった。

「虚構を占いますよ。あたしゃね、ぼっちゃんが教えてくれた真実から、虚構を占いますよ。今なら五十円でどうかね。安いだろう?」

「お金持っていないんです」ぼくは早く帰りたかった。あまり帰りが遅くなると、お母さんが心配してしまう。お母さんを困らせると姉さんは怒ってぼくを殴るのだ。

「後払いで結構」おばあさんは食い下がった。

 しつこいなあ。でも。ぼくは思った。この人もイジメられているのかもしれない。みんな、多くの人はイジメられているのかもしれない。

 そう思って。ちょっとだけならいいと思って。ぼくは紫の布を敷いた机の前に置かれた椅子に座ってみた。

「早くしてください」

 おばあさんはにやあと笑って、黄色い歯がまた見えた。

「うむ。じゃあね。まずは真実を教えておくれ」

「真実?」

「なんでもいいよ。本当のことだ。例えば火は熱いとか。性染色体にはXとYがあるとか。ぼっちゃんが知っている本当のことなら何でもいい」

 おばあさんは頭をゆらゆらと左右に振った。フケがぱらぱらと落ちた。

 真実真実。

「イジメが、起こる」

「むおう。何とも言えないね」おばあさんは唸った。「それは、真実か、何とも言えないね。まあ良いよ。ぼっちゃんは真実を教えてくれた。では、これから占います」

 おばあさんは少しの間、目を瞑って、すぐに開いた。懐から小さなカイロを取り出してぼくに差し出した。

「これを持っているといいよ」

 ぼくはなんとなくカイロを受け取った。カイロは冷たかった。

「おばあさんの使いかけ?」

 おばあさんは笑った。

「違うよ。そんなわけなかろうが。それは今の占い。虚構を占って、それが占いの結果。それを持っているといいよ」

 ぼくはカイロを見たけれど、これはただのカイロだ。振るとしゃかしゃかと砂鉄が動いているのが分かった。

 どう考えても怪しい。

 お金を持っていなくてよかったとぼくは思った。帰ったら、カイロも捨ててしまおう。ぼくはカイロをカバンに入れて、立ち上がった。立ち去ろうとすると、おばあさんが言った。

「虚構を持っている人はね、実は思いのほか少ない。だから大事にするといいよ。狂気に対する備えになるからね。それに、虚構は持っている者の夢を叶えてくれるかもしれない」

 意味が分からなかったから、ぼくは一応、会釈だけして立ち去った。振り返ると、おばあさんは店じまいを始めていた。

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