潰れる音
傘仔
第1話潰れる音
潰れる音
『都内在住(仮称)桃井さんの話です。』
(以下の文章は私が桃井さんから聞いた話を脚色して小説的な話にしたものです。)
これは中学二年生の夏休みに体験した事だ。体を起こし、時計を見ると午前の9時だった。眠たい目を擦りながら遅い朝ごはんを食べた。そのあとは、する事もないからもう一度ベットの中に入る。
だらしない日常を過ごしていた。夏休みに入ってからというもの、ダラダラと時間を潰していた。当時の私は生活習慣の乱れから二度寝がやめられなかった。毎日寝る時間を削りながらゲームやインターネットにのめり込んでいた。当然、夏休みにはいって液晶画面にのめり込む時間は増えた。学校があるときはどんなに遅くても1時までには寝ようときめていたが、夏休みに入ってその制限は無くなった。布団の中に入る時間はだんだんと遅くなり、今ではこうして遅寝遅起きの生活をしている。それがいけなかったのかもしれない。あまりにダラダラしすぎたからバチが当たったのかもしれない。
夏休みが始まって一週間あたりの頃、二度寝をすると必ず金縛りと悪夢に悩まされるようになった。寝ていると体が動かなくなる。体はベットの上に横たわっていても、意識はハッキリとしている。ただ、体が何かに押さえつけられたかのように動かない。そして、何かがいるかのような感覚。それが毎日続く。最初のうちは恐ろしくて仕方なかったが、だんだんと慣れてきた。規則正しい生活して、決まった時間に寝ていれば昼寝はしなくて済むだろう。私の精神は悪夢の恐ろしさに負けたのだ。小学生のように21時に寝て6時にラジオ体操をするくらいなら、正体のわからない存在に体を抑えられる事を選んだ。
金縛りが生活の一部になった頃だろう。夢の中ではいつも視覚と触感以外の5感は麻痺している。夢の中だから俺を視覚と呼ぶのかはわからないが、部屋の風景が見える。そして、体の上に重しがつけられるような感触。それが稀に撫でるようなものに変わる事もあった。だが、それ以外は全く刺激されない。それが普通だった。なのに、いつか音がするようになた。よく怪談話で聞く妬み辛みを囁く声じゃない。
「グシュ…ブチュヂュチ…ヂゥヅィ…ヅリィィ……」といった感じの何かを叩いてすり潰す音が耳元にある。当然体は動かない。
はじめてその夢を見た時、本能的に音の方向を見てはいけないと思った。慣れていたはずの夢の中、久しぶりに背筋が冷える。
「早く終われ。目が覚めろ。」願ったところで、夢からは醒めない。音は何かを足で踏みつけているかのように聞こえる。水気を含んだものに足の裏を押し付けて、形を変えさせる音。耳元を舐めるように何度も何度も繰り返される。その時私がわかっている事は自分の体は眼以外動かせない事、目を瞑る事はできる事、そして、音は左耳を掠めている事。隣で悍ましい事が行われているのがわかる。恐ろしくて恐ろしくて、動けない体を動かそうとモゾモゾ力を入れてみるがその全てが不毛に終わる。
「グチョ……ズズズズ……グチョ…グチョ…」
音は少しずつ小さくなってきた。悪夢の終わりが近いのかもしれない。助かった。そう思って気を緩めたら自然と体の自由が戻った。ピンと伸ばした手を離したかのように私の体は勢い良く起き上がり、先ほどとは違ういつも安心して見れる自分の寝室があった。
震える手で自分の顔に触れる。よかった、耳はついている。あの夢が終わった。安堵して息を吸い込んだ時だった。胃に火をつけて燃やすかのような吐き気がした。唾液腺が激痛を叫ぶ。喉を競り上がり、粘膜を破く感覚に耐えられない。
「ごぇッ…ゲボッッ……、おえぇ……」
ビチャビチャと布団の上に嘔吐した、ちょうど悪夢に踏み潰されていた場所に。咳が爆ぜる度に消化物が喉を乱暴に引っ掻く。一通り咳き込んで、胃の中を空っぽにしたら今度は全身の毛穴から血が吹き出るような悪寒に襲われた。気づけば私は「おかぁさん!!おかあさん!!!」と声を張り上げて恐怖と体の悪寒に発狂していた。母は震える私を見ると柄にもなく悲鳴のような声をあげる。そこで、自分がどれほどひどい状態にあるかを自覚した。
私はその後病院に連れて行かれた。しかし、検査の結果は異常なし。医師からは風邪薬を処方されるだけで、これといった治療は受けられなかった。家に帰って布団に入って寝る事を勧められたけど、当然寝れるわけなんかない。また、あの音を聞くくらいならどんな手を使ってでも起きていたかった。なんとか、ゲームや動画を見て目を開き続けた。それでも具合は悪いままだ。
夜になって、ついに瞼は重くなる。夕飯に母に作ってもらったお粥も口に入れただけで胃液が競り上がる気がした。
私は幸運にも二度と同じ夢を揺る事はなかった。だけど、脳裏ではずっとあの音が再生される。
「グチョ……ズズズズ……グチョ…グチョ…」
思い出しては最低な気分になる。
思い出すたびに、グルグルと疑問が浮かび上がる。
何が潰されていたのだろう。
何が何を潰していたのだろう。
考えては想像して、脳にあの夢の中隣で怒っていた事を妄想する。
もしあの、夢をもう一度見たら、私は答えを知ることができるのだろうか。
そしたら、私はどうなるのだろうか。
そんな疑問は不毛だと気づいいる。
しかし、想像が解像度を上げるたびに、あの夢は私に近づいているような気がする。
あの吐き気が今でも続いているように、恐ろしい事はずっと自分の中に根を張っている予感がする。
きっとこれを話した今でも…
(ここまで話して、桃井さんは黙り込んでしまいました。
私から皆さんに言える事は、恐ろしい事は考えない方が良いという事です。そして、健康的な睡眠には健康的な生活を。それが金縛りから逃れるいちばんの方法かもしれません。)
潰れる音 傘仔 @Tatsumi10
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます