第14話
雪乃は毎週水曜日と金曜は隔週で前島さんの家へ通うようになった。
前島の子どもの太陽君とも仲良くなり、家事代行の雪乃さんという存在になる。
「雪乃さん今日の晩御飯は何?」
くりんとした目の可愛い男の子が雪乃のエプロンを掴んで訊ねてくる。
リンゴみたいな可愛い頬っぺたも、小さな手のひらも全てが愛おしく感じる。
「今日は、太陽君リクエストのグラタンにしようと思ってるの。エビグラタンとサラダとフライドポテトね」
太陽君はフライドポテトを毎日食べたいという。
揚げ物だからどうかなと思い前島さんに聞くと、週に一度だけだしあまり気にしないよと言われた。
「おばあちゃんの料理はいつも香ちゃんが作るんだけど、煮物や魚が多いから、あまり好きではないんだ」
香ちゃんとは亡くなった奥さんの妹さんだという。
前島さんにとっては義理の妹にあたる人で、独身で実家住みだから太陽君の母親代わりをしてくれているらしい。
「フライドポテトも毎日食べたら飽きちゃうでしょう?」
「飽きないよ。でも香ちゃんはあまりポテトを出してくれないんだ」
「きっと太陽君が健康でいられるように、香ちゃんは考えてくれているのね。私は適当だから、そのうち晩御飯がお菓子になっちゃうかもよ」
「それなら、毎日作ってくれていいよ!お父さんに、毎日来てもらうようにお願いする」
「ふふふ。お菓子の晩御飯になったらお父さんが嫌がるよ。それに、これはお仕事だから毎日来るのは無理なの」
子どもがこんなに可愛いなんて思わなかった。
太陽君が特別可愛いのかもしれない。一緒に過ごす時間が増えると情も湧いてしまう。
一定の距離感は保たなければならないなと自分にいい聞かせた。
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食事の片付けをしている間に前島さんは太陽君を送っていった。
戻ってきたら一緒に晩酌をする。
前島さんと過ごすようになってからのルーティーンだった。
「ここへ来るようになって2ヶ月経つけど、旦那さんは何か言ってる?」
前島さんが訊いてきた。
「そうですね。とことん見て見ぬふりって感じですかね。夫は水曜日、外で食事を済ませているみたいで帰宅時間は私より遅いです」
「雪乃さんより先に帰りたくないのかもしれないな」
いつの間にか河津さんから雪乃さんに呼び方が変わった。
太陽君が雪乃に懐くようにという配慮なのかもしれない。
「多分、私が男性と一緒にいるとは思ってないでしょう。水曜日に何をしているか聞かない約束ですから、聞いてこないです」
「旦那さんは、そんなに簡単に浮気相手が見つかるはずはないと思っているだろうね。まぁ、今のところ健全な関係を保っているしね僕ら」
「そうでしょうね。でも水曜と金曜必ず家を空けるので、定期的に行く場所があるのは分かってると思います」
前島さんは、風俗のキャストになると言ってはいたが、雪乃に手を出してこなかった。
そういう雰囲気にはならない。
太陽君を義実家に送ってから、一時間ほど二人だけの時間がある。
それでも前島さんの食指が動かないのは、自分に魅力がないせいだろうと感じた。
「私は女性としての魅力に欠けるんです。色っぽさっていうか、そういうのが無いんでしょうね。だから夫ともレスが続いてしまって、彼に浮気されたのかもしれません」
「……本当にそう思っているの?」
「なんかね、昔から言われるんですが、高潔って感じなんですって。触ってはいけないみたいな存在らしいです」
「それは、褒め言葉だろう。でも、確かに汚してはならない感はあるな」
「そうなんですね」
ショックだった。
雪乃は特に潔癖症というわけではないし、処女でもない。ましてやシスターとか尼さんでもない。
一般的なアラサーの女だ。
もしかしたら自分はこの先、男の人に触れられず生きていくのかもしれない。
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