第5話

「彼女とは……本気じゃない。ただの遊び……言い方は悪いかもしれないけど、ただの気まぐれで関係を持ってしまった。本当にごめん」


康介さんはソファーから降りて雪乃に土下座した。


「そうなのかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。私はあなたじゃないから分からないわ」


「彼女とは別れる。もう二度と間違いは犯さない。本当にすみません。申し訳なかった」


浮気を許すかどうか、ネットにはあらゆる人の意見が書いてあった。

もし、康介が過ちを認めてやり直したいと言ったらどうするのか。

それも考えた。


「スマホを見せてくれる?」


「スマホ……見せるのは良いけど、相手の人とのログは、その都度削除しているから残ってないんだ」


雪乃は手を差し出した。

間違いを認め許しを請うなら、スマホは渡せるはずだ。


「相手の人と揉めようとは思っていないわ。慰謝料請求したりもしない」


康介はスマホのロックを解除して雪乃に渡した。


最近のラインのやり取りが残っている。雪乃の次に表示されているこの人が浮気相手だろう。


「確かに、何も残っていないわね小林こばやし真奈美まなみさんっていうのね。彼女のことを教えてもらってもいい?」


「ああ、分かった」


康介は腹をくくったのか、ゆっくり話し始めた。


「彼女は大学の時のサークルで一緒だった同級生だ。当時彼女は恋人がいて俺は彼女に片思いしていた。学生の頃彼女と体の関係はなかった。当時、こんな綺麗な子が彼女だったらいいなと憧れていた」


「そうなのね」


そんなに前から知り合いだったのかと知って驚いた。

十年以上昔だろう。もしかして、ずっと……続いていたの?


「一年前、偶然彼女を町で見かけて、その時連絡先を交換した。彼女は結婚していて、子供も二人いたし、ただ懐かしい友人という立場で話をしただけだった」


「友人ね」


「彼女は、自分の実家近くにマイホームを建てたと言った。けれど、ご主人の単身赴任が決まったらしい。寂しいと言っていた、子育ての悩みも相談する相手がいないって」


話を聞いても納得できないなと感じた。

康介さんは男性。子供もいない康介さんが、子育ての悩みに答えられるわけがない。


「そうやって何度か会ううちに、体の関係になった」


「水曜と金曜が逢瀬の日ね」


ノー残業デイなはずの水曜日、康介は必ず接待だと言って深夜に帰宅していた。

金曜も遅い日が多かった。


「いや、そんなに……水曜は会っていた。金曜はご主人が帰ってくるときは会わなかった」


「半年前から体の関係があったのね」


雪乃と康介のセックスレスが始まった時期だ。


「……ああ。そうだ」


康介は頭を垂れた。


「相手の人も結婚していたのね」


昨夜見た彼女は、ワンピース姿で、フェミニンな感じの可愛らしい女性だった。

雪乃より年上で、しかも子持ちの主婦だとは思ってもみなかった。


「彼女とは別れる。今後一切、二度と会う事はない。頼む、離婚だなんて言わないでほしい」


「彼女を愛していないの?」


「愛していない。俺が愛しているのは雪乃だ。彼女とは、ただの遊びのつもりだった。ご主人と離婚するわけでもないし、彼女もほんの出来心だった。子供がいるんだし、彼女も俺とは遊びだと割り切っている」


スマホの画像に彼女との写真は残っていない。康介さんは証拠を絶対に残していないだろう。

雪乃は康介のスマホから彼女にメッセージを送った。



─────《ラインのメッセージ》─────


雪乃『急だけど、今日の6時からエグゼホテルのディナーを予約してるんだけど行かない?』


彼女と昨日会っていたわけだから、真奈美さんのご主人は週末こっちに帰って来ていないだろう。

ならば土日、彼女は家にいる可能性が高い。


真奈美『どうしたの?今日は奥さんの誕生日ディナーだって言ってたじゃない?都合が悪くなったの?』


雪乃『妻が急に実家に帰らなくならなくなった。キャンセルするのはもったいないから、行ってきたらと言われた。時間が取れるなら君はどうかなと思って』


真奈美『そうなのね。両親に子供たちを預かってもらって、行くわ』


雪乃『良かった。ホテルの37階スカイレスト、ランシャノアールに6時。河津の名前で予約している』


真奈美『分かったわ。昨日も会ったのに、今日も会えるなんて楽しみ。泊まれるの?』


雪乃『部屋も予約してる』


真奈美『両親に、泊りで預かってもらえるか聞いてみるわね。ありがとう。好きよ、愛してる』


雪乃『じゃぁ、6時に待っている』


───────────────


雪乃は康介に成りすまして彼女にメッセージを送った。

そしてキッチンへ行って、タオルにくるみ肉叩きハンマーを持って来た。


「康介さん、真奈美さんにメッセージを送ってみたから読んでくれる」


康介は自分のスマホを見て、真奈美さんと雪乃のやり取りを読んでいく。

驚愕した表情で雪乃を見た。


「な、なんで……!」


最後まで読んだところで、康介が彼女に連絡しようとしたのでスマホを取り上げた。

そして夫のスマホをテーブルの上に置き、ハンマーで液晶を割った。


ガシャ!


「うわぁ!」


康介の肩がビクンと上がる。

壊れた自分のスマホを見てなす術もなく康介は青ざめていた。


「弁償するわ」


「……なんて、ことするんだ……」


『絶望』とはこういう時に使う言葉なのかもしれない。康介は頭を抱えて目を閉じた。


「これで、彼女とは連絡が取れないでしょう。けれど、彼女は時間がくればレストランで待っている。泊まる準備をしているかもしれないわね。お子さんを実家に預けて、あなたが来るのを楽しみにずっと待っている」


「君は……」


「離婚しましょう。きっと康介さんは私をもう愛する事はないでしょう。彼女のところへ行ってあげて。待ちぼうけは可哀そうよ」


康介は振り返って壁の時計を見た。

今は3時だ。


「こんなことをしなくても、真奈美とはちゃんと別れた」


「私は、彼女と別れてなんて言っていないわ。私と離婚してと言っているのよ。申し訳ないけど、次の住まいが見つかるまで、多分長くても2ヶ月。それまではここに住まわせてほしいの」


康介は何も言えずにただ黙っていた。


「私たちには子どもがいないし養育費の必要もないわ。私は自分で仕事をしているし、これからの生活に困るわけでもない」


「君はそれでいいの?俺を愛しているって言ってくれただろう」


康介の目に涙が潤んでいるような気がする。


「ええ。愛しているの。でも、一方通行じゃ駄目でしょう」


「……俺は、離婚したくない。時間をかけてちゃんと話し合おう」


雪乃は首を横に振った。



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