第2話 交渉の始まり①

 勇者ギルドの役人たちが村を見下ろすように立ち並ぶ中、田中竜星は冷静な表情を保ちながら、村人たちを背に一歩前に出た。


 「さて、話を聞かせてもらおうか。この村にどんな権利で介入しようとしているのかを。」

 竜星の口調は穏やかだったが、その言葉には鋭い意図が隠されていた。


 先頭に立つ役人は、あからさまに不機嫌な顔をしながら竜星を睨みつけた。

 「この村がギルドの税を支払っていないのは事実だ。そして、勝手に商売を始めたとも聞いている。規則に違反した以上、それ相応の罰を受けてもらう。」


 村人たちの間に不安が走る。だが、竜星は怯むことなく言い返した。


 「確かに税はまだ払っていない。だが、それは今の収益が村の運営に必要だからだ。それに、この村が商売を始めたのは生き延びるためだ。規則に従えと言うなら、この状況を改善する方法をギルドが示すべきだろう。」


 役人の顔が一瞬歪んだ。竜星の言葉に論理があることを認めざるを得なかったからだ。


 しかし、役人はすぐに冷笑を浮かべる。

 「減らず口を叩くな。規則は規則だ。それに、この村のような弱小が何を始めようと、大した影響はない。我々の決定に従わなければ、村そのものを潰すことも辞さない。」


 その言葉に、村人たちの間からすすり泣きが聞こえた。子供を抱きしめる母親、怯えた顔の老人。竜星は振り返り、彼らを見て心の中で決意を固める。


 「…わかった。なら、こうしよう。」

 竜星は役人に向き直り、真っ直ぐに目を見据えた。

 「交渉だ。俺たちの事業の一部をギルドに還元する形で協力関係を築きたい。その代わり、ギルドの理不尽な圧力は止めてもらう。」


 村人たちは息を飲んだ。自分たちを守るためにギルドに堂々と交渉を持ちかける竜星の姿に驚きを隠せない。


 役人は鼻で笑う。

 「交渉?この村に何の価値がある?お前たちにそんな権利があるとでも?」


 竜星はその嘲笑に動じず、淡々と言葉を続けた。

 「この村のモンスター素材事業はまだ始まったばかりだが、可能性は無限にある。収益は短期間で数倍に伸ばせる。その利益をギルドが享受できるようにするのは悪い話じゃないだろう?」


 竜星の言葉は自信に満ちていた。役人たちは一瞬言葉を失い、顔を見合わせた。


 「具体的な話を聞いてみようじゃないか。」

 役人の中でも高位らしい男がようやく口を開く。その声には興味の色が滲んでいた。


 竜星は一息つき、計画を端的に説明した。

 「俺たちのモンスター素材事業は、単なる素材の販売だけじゃない。加工、流通、さらには新たな市場を開拓することで、今の規模を大きく超える収益を生む。だが、それを実現するにはギルドの協力が必要だ。」


 役人の一人が訝しげに尋ねる。

 「協力とは、具体的に何だ?」

 「簡単だ。ギルドがこの村を保護する代わりに、俺たちは収益の一部を納める。双方にとって利益があるだろう。」


 その提案に役人たちの表情が揺らいだ。だが、先頭の役人はまだ納得していない様子で吐き捨てるように言った。

 「面白い。だが、お前が言う通りになる保証はない。」


 竜星は冷静に答えた。

 「保証なら、この村の成長を見てからでも遅くはない。俺たちが結果を出せなければ、この話はなかったことにしてもいい。」


 役人たちは互いに目配せをし、しばらくの沈黙が続いた。やがて、先頭の役人が不満そうな顔をしながら口を開く。

 「いいだろう。一月だけ猶予を与える。その間に結果を出せ。だが、失敗すれば…容赦はしない。」


 「上等だ。」

 竜星の答えは簡潔だったが、その言葉には揺るぎない覚悟が込められていた。

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