異世界勇者株式会社 〜最低ランクからの上場物語〜

湊 マチ

第1話 異世界で目覚めたサラリーマン

暗闇の中で、田中竜星はふと目を覚ました。


 ――ここはどこだ?

 脳裏に浮かぶ疑問と共に、彼の意識はぼんやりと現実に戻ってくる。最後に覚えているのは、散らかった書類の山と深夜まで響き渡る電話の音だ。ブラック企業と呼ぶのも甘いくらいの地獄だった。時計は午前2時を回り、締め切りに追われる中、ふと目の前が暗転した――そこまでしか思い出せない。


 「俺、死んだのか…?」

 ぽつりと呟く竜星の声が虚空に吸い込まれる。だが、次に目に飛び込んできた景色は、彼の予想を大きく裏切った。


 見渡す限りの青い空。広大な草原に風が吹き抜け、空には信じがたい光景――二つの月が輝いている。現実感がない。夢だろうか、それとも死後の世界なのか?


 「ここは…どこなんだ?」

 竜星はゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。しかし、彼の疑問に答える声はなかった。


 次の瞬間、目の前に眩しい光が現れた。それは人の形をしており、どことなく神々しさを感じさせる。竜星が眩しさに目を細めると、その存在が口を開いた。


 「田中竜星よ、汝の魂を異世界へと送った。」

 その声は響き渡るようでありながら、不思議と穏やかだった。竜星は思わず後ずさる。


 「異世界?どういうことだ?俺は死んだのか?」

 「その通りだ。汝の前世は既に終わりを告げた。だが、汝にはまだ果たすべき使命がある。この世界を救うために、汝の知識と経験を活かせ。」

 「使命って…俺、ただのサラリーマンだったんだぞ?」


 光の存在は竜星の疑問には答えず、一方的に告げた。


 「汝に与えるスキルは『経営者(CEO)』である。」

 その瞬間、竜星の脳裏に奇妙な感覚が走った。まるで頭の中に何か新しい情報が書き込まれたようだ。スキル名や能力の概要が自然と浮かび上がってくる。


 「経営者?剣や魔法じゃなくて?いや、待て待て、それ本当に必要なのか?」

 必死に訴える竜星だったが、光の存在はそれ以上何も語らなかった。そして、光が消えると同時に静寂が訪れた。


 「……俺、異世界で経営するのか?マジで?」

 荒唐無稽な状況に呆然としながらも、竜星は草原の風を感じ、ひとまず現実を受け入れることにした。


 「まあ、死ぬよりはマシか。とりあえず、生き残る方法を考えないとな。」

 自分に与えられた奇妙なスキルの意味を理解しようとしながら、竜星は広大な草原を歩き出した。


 草原を彷徨い続ける田中竜星は、日差しの強さと空腹に耐えながら進んでいた。風は心地よいが、どこまでも広がる同じような景色に不安が募る。


 「ここ、どこまで歩けばいいんだ…。異世界ってのも不便なもんだな。」


 疲労感が限界に近づいたその時、遠くにいくつかの建物が見えた。村のようだ。竜星はホッと息をつき、ふらつく足取りでそこへ向かう。


 近づくと、それがどれほど荒れ果てた村なのかが分かった。建物はところどころ崩れ、畑らしき土地にはほとんど作物が育っていない。村人たちは疲れ果てた表情で作業をしているが、誰も希望を抱いているようには見えなかった。


 「おい、大丈夫か?どこから来た?」

 声をかけてきたのは、一人の中年男性だった。農作業をしていたのか、服は泥にまみれ、日に焼けた顔が竜星を値踏みするように見つめる。


 「いや、その、ちょっと迷ってたんだ。ここって村だよな?随分、疲れてるみたいだけど…。」

 竜星の言葉に、男は苦い顔をする。


 「ここはブレイ村だ。こんな僻地によく来たな。見ての通り、俺たちは今、死なない程度に生きてるだけだよ。」

 「死なない程度?」


 男に案内されるまま、竜星は村の中心へと進む。そこには、さらに酷い光景が広がっていた。飢えた子供たちがぼんやりと座り込み、痩せ細った老人たちが物陰で休んでいる。どの顔にも生気が感じられない。


 「なんだ、これ…。」

 竜星は思わず呟いた。この村には明らかに何か問題がある。


 村の広場には、村長らしき老人が椅子に座っていた。体は小柄で、目元の皺が深く刻まれている。竜星の存在に気づくと、彼は力ない声で尋ねた。


 「旅の方ですか。こんな村に何かご用ですか?」

 「いや、俺も最近ここに来たばかりなんだ。でも、この村、何が起きてるんだ?なんでこんなに荒れてる?」


 竜星の問いに、村長は深く息を吐いた。


 「税だよ。勇者ギルドの奴らが、俺たちから作物の半分以上を持っていく。税金という名目でね。」

 「勇者ギルド?」

 「この世界でモンスターを退治し、平和を守る組織だ。だが、奴らは金と権力で腐りきっている。俺たちのような弱い村は、奴らに逆らうことすら許されない。」


 竜星は、その言葉に衝撃を受けた。モンスターだけでなく、守るべき存在に搾取されているとは。


 「そんな状態で、どうやって生活してるんだ?」

 「辛うじて生き延びているだけさ。まともな農作物も育たないし、モンスター素材を売ろうにも、ギルドの許可が必要だ。俺たちは何もかも縛られている。」


 村長の言葉に、竜星はかつてのブラック企業の上司を思い出した。理不尽な命令、報酬に見合わない重労働。それを耐え続けた自分と、この村人たちが重なって見える。


 竜星は少し考えた後、村長に向かって言った。


 「もし、俺がこの状況を変える方法を知っているとしたら、試してみる価値はあるか?」

 村長は驚いた顔をして竜星を見つめた。


 「方法があると?しかし、私たちは何も持っていない。ただ疲れ切った人間がいるだけだ。」

 「人がいれば十分だよ。この村、まだ使える資源が眠ってる。それを活かせば、金を生むことができる。」


 竜星の目は真剣そのものだった。村長はその表情に圧倒されつつも、不安げに尋ねる。


 「そんなことが本当に可能なのか…?」

 「可能にするのが俺のスキルだ。それに、やるかやらないかで未来は変わる。」


 この時、村人たちはまだ竜星の言葉を完全には信じていなかった。しかし、彼の目の奥に光る確信だけは見逃せなかった。


 田中竜星は村を一通り見て回り、状況を把握し始めていた。畑は貧弱な作物しか育てられておらず、加工された製品の流通は皆無。村人たちはその日暮らしに追われ、経済の概念すら根付いていないようだった。


 しかし、村周辺には奇妙な気配を感じる場所があった。案内役の若者、リックと共に村の外れに向かうと、そこにはいくつかのモンスターの痕跡が残っていた。


 「ここはよくスライムやウルフが出る場所だよ。でも討伐しても役に立つのは一部だけ。牙や皮も持ち帰れないし、みんな怖がって捨てちゃうんだ。」

 リックの説明に、竜星は目を細めた。地面には放置されたモンスターの素材がいくつも転がっている。よく見ると、その素材は思った以上にきれいな状態を保っていた。


 「これ、加工すれば売れるんじゃないか?」

 「加工って…?どうやるんだ?」

 リックは不思議そうな顔をしたが、竜星は確信を持って頷いた。


 村に戻った竜星は、集まった村人たちを前にして説明を始めた。


 「この村には資源がある。それはお前たちが無価値だと思っているモンスターの素材だ。」

 竜星の言葉に村人たちはざわついた。今まで放置していたものが本当に役に立つのか、誰も信じていないようだ。


 「例えばこのスライムのゼリー。これを乾燥させれば防水素材として使える。他にもウルフの皮は簡単に加工すれば革製品になる。」

 村人たちは目を丸くした。加工の方法について竜星が具体的に説明すると、徐々に興味を持ち始める者も現れた。


 「でも…そんなことしたことがないし、道具もないぞ。」

 誰かが不安そうに口を開いた。


 「大丈夫だ。俺が計画を立てる。お前たちはその通りにやればいい。」

 竜星の声には確信があった。その頼もしさに、村人たちは少しずつ頷き始める。


 まず竜星が考えたのは、効率的なモンスター狩りの方法だ。


 「これまでは一人で狩りをしてたんだろうけど、それじゃ効率が悪い。チームを作って役割分担をするんだ。」

 竜星は村人たちを集め、狩猟チームを編成した。力のある者は攻撃役、器用な者は素材の回収係、残った者は村で待機し、収穫物を加工する役割を担うことになった。


 次に、彼は簡単な加工場を作るため、村にある道具をかき集めた。鍋や刃物、布など、日常品を改造し、簡易的な加工設備を整えた。


 「ここで素材を選別して、価値が高い部分だけを使う。残りは捨てずに保存しておけ。あとで何かに使えるかもしれない。」

 竜星の指示に従い、村人たちは手探りで作業を始めた。初めてのことばかりで戸惑う声もあったが、少しずつ成果が見えてくる。


 数日後、最初の成果が現れた。スライムの乾燥ゼリーを町に売りに行ったところ、予想以上の高値で取引されたのだ。村に戻る竜星の手には、これまで村人が見たこともないような金額の銀貨が握られていた。


 「これが、お前たちが作り出した価値だ。」

 竜星が銀貨を差し出すと、村人たちは信じられないといった表情で顔を見合わせた。


 「こんなに稼げるなんて…!」

 「俺たちでもこんなことができるんだな…。」


 村人たちの顔に喜びと希望の色が浮かび始める。これまでただ生きるだけだった日々に、ようやく光が差し込んだようだった。


 その夜、竜星は村長と話しながら一杯の粗末なスープを飲んでいた。


 「竜星さん…あなたのおかげで、この村が少しずつ変わり始めています。」

 「いや、俺一人じゃ何もできなかった。みんなが協力してくれたからだよ。」


 竜星はそう言いながら、心の中で次の計画を考えていた。これで終わりではない。この村を一つの「会社」として成長させる。そのための基盤は、確実に出来上がりつつあった。


 村が少しずつ活気を取り戻してきたある日、竜星は村人たちと収穫したモンスター素材を加工していた。初めて見る銀貨に目を輝かせる子供たちや、それを誇らしげに見守る大人たちの姿が、竜星の胸に温かいものを灯していた。


 「これからだ。ここをもっと成長させて、会社にする。そうすれば村ももっと豊かになる。」

 竜星は小さく拳を握りしめた。この世界での目標が明確になりつつある。


 しかし、その平和な空気を打ち破るかのように、村の入り口で馬の蹄の音が響き渡った。村人たちが驚いて顔を上げると、立派な鎧を身にまとった数人の男たちが馬を降りてくるのが見えた。


 「勇者ギルドの役人だ!」

 村人の一人が叫ぶ。その言葉に、竜星は眉をひそめた。


 先頭に立つ役人らしき男は、鋭い目つきで村を見回しながら冷たく言い放つ。

 「この村で無許可の活動が行われていると聞いてきた。税の未納もあるようだな。」


 竜星は目を細めながら彼らを観察した。ギルドの名を掲げ、明らかに横暴な態度だ。背後に控える兵士たちが武器をちらつかせている。


 「待ってくれ、ここはまだ何も始まったばかりなんだ。」

 竜星は落ち着いた声で言ったが、役人は鼻で笑った。


 「言い訳は聞かん。この村はギルドの管轄下にある。お前らが勝手な商売を続けるなら…それ相応の罰を与える。」


 その言葉に、村人たちは怯え、再び不安な表情を浮かべる。ここまで少しずつ築いてきた希望が、一瞬で崩れ去るかのようだった。


 竜星は役人を睨みつけた。


 「そうか…なら、話し合いだ。俺の会社がギルドと交渉する。」

 役人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷笑に変わった。


 「交渉?面白い。だが、お前のような無知な村人に何ができる?」

 「俺はただの村人じゃない。『経営者』だ。やるなら徹底的にやろう。」


 役人は竜星の挑発的な言葉に反応し、村に緊張が走る。その瞬間、竜星は決意を固めた。この異世界の既得権益を打ち破るには、自分のスキルをフルに活用するしかない。


役人が鋭い笑みを浮かべながら、不吉な一言を残す。

「いいだろう。だが、勇者ギルドに逆らうというのがどういうことか、身をもって思い知るがいい。」

その言葉を最後に場面は暗転し、竜星の視線だけが役人たちを追い続ける。


次回予告:


「ギルドとの交渉に挑む竜星だが、待ち受けていたのは圧倒的な権力と理不尽な要求だった。しかし、彼は経営者としての知識と仲間たちの信頼を武器に、逆転の一手を模索する。果たして、竜星はギルドを相手に勝つことができるのか?次回、『交渉の始まり』お楽しみに!」


読者へのメッセージ


「『異世界』と『経営』を掛け合わせた新しい冒険の物語が始まりました。この世界の理不尽なルールと戦い、主人公がどのように革命を起こしていくのか、ぜひその成長を見届けてください。現代のビジネス感覚を異世界でどう活かすのか、皆さんの想像を超える展開をお届けします。次回もお楽しみに!」



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