全能なる団子職人は世界を救うかもしれないし、そうではないかもしれない。

ChatNeko13

第1話

01

 ここは花の都フラワータウン。大都会でもないが、隣の家が数km先にあるような田舎でもない。そう、住むには何も困らないような程よく栄えた町である。


 フラワータウンのある一角には、昔ながらの商店会がある。例えば、晩御飯の買い物がしたかったのなら、その商店街の端から端まで歩けば何でも揃うようなお店のラインナップである。

 

 その商店街の店の並びの中に、一軒のお団子屋さんがあった。祖父の代から続く団子屋も今では三代目。まだ若い三代目のタロウが店を切り盛りしている。早くに両親を無くしたタロウは、隣に住むお婆ちゃん、名をキクと言う、から何かと身の回りの事で助けてもらっていた。タロウとキクは孫と祖母のような間柄であり、タロウはいつも優しいキクの事が大好きだった。


 タロウの営む団子屋は、正直に言って味は普通。最近はスーパーと呼ばれる施設が近隣にどんどん増えていて、このフラワータウンの商店街も客足が減ってきている。このままでは団子屋を自分の代で潰してしまうと危惧しているタロウは、何とか減った客足を増やそうと団子作りに精を出している。


 そんなある日、回覧板の中に町が主催する金融セミナーの案内が挟まっていた。何でも、これからの時代に必要な “まねーりてらしー”というものを学べるらしい。


「へん、そんなもんで飯が食えるなら世話はないよ」


 タロウは全く関心を持てなかったが、その日の夜に町内会長から電話があった。


「町主催の催しなもんだから、うちの町内で何人か必ず出席しないといけないらしいんだよ。悪いけどタロウ君、今回出てくれない?」


 よろしくね。と矢継ぎ早に用件だけ伝えられて電話を切られてしまった。タロウは頭をガシガシ掻きながら、大きくため息を吐き出した。






 町主催のセミナー当日。しぶしぶ、タロウはセミナー会場にやってきた。時間ギリギリにやってきたせいもあるが、会場内には30人くらいの人が既に着席していて、用意されていた座席もほとんど埋まっていた。

 キョロキョロとあたりを見回し、後ろから2列目の端に辛うじて空いてる席を見つけ、タロウはその席を死守することに決めた。

 目当ての席を確保し、隣の人に挨拶している頃にはセミナーの開始時刻となったようで、会場前方の方で司会者が挨拶を始めていた。


(あー、始まったか。全く興味がないから船を漕がないように気をつけなきゃな)


 タロウはそう思いながら、腕を組んで司会者を睨み付けるようにして耳を傾けた。司会者から今日の講師の紹介が終わり、その講師が壇上に登った。それと同時に水のせせらぎを思わせる音楽が流れ始める。


(なんだこの音楽?それに……この匂いはお香か何かか?)


 タロウがセミナーの雰囲気に戸惑っていると、講師の男が喋り始めた。


「皆さん、初めまして。本日の講師を勤めるライアと申します。とても大事な話をしていくのでしっかり私の話を聞いてください。」


 ニコリと講師の男、ライア、は微笑んだ。ライアは身振り手振りを交えながら、話を続ける。時々参加者を指名しながら、マネーリテラシーについての説明を進めていく。

 セミナーが始まって30分が経過した頃、タロウは自分の変調に気づいた。


(…なんか頭がボーっとしてきた。身体も何だか、重…たい)


 始めは眠気かとも思ったが、何だか違う。頭を振ったり、手をグーパーしたりして必死に頭の霞を振り払おうとするが、あまり効果は見られなかった。

 困惑するタロウは、ふと始めに挨拶を交わした隣の席の人の様子を伺った。


(……は?)


 仰天。タロウは文字通り言葉を失った。隣の席の人の表情がおかしい。とろんとした顔で、焦点の合わない目。半開きの口。


これは、“普通じゃない”。


 タロウは直感的にそう思った。しかも、よく周りを見渡せば、そんな人がそこら中にいるではないか。タロウはぼんやりする頭で必死に状況を整理しようとしたが、考えはまとまらない。


「さぁ、本日のお話も大詰めです。今日参加した皆さんは幸運ですよ。今回は特別に私が直々に選別したお勧め商品をご紹介します。気に入ったものは是非お買い求めくださいね。」 


 そうこうしているうちにセミナーも終盤を迎えたようだ。講師の男…ライアが締めの挨拶をしている。そして、ライアの合図で会場の両端には個別ブースのような形で、様々な商品の販売が始まった。

 その合図を待っていたかのように、参加者達はぞろぞろと移動し始め、思い思いのブースに向かっていく。

 それまでの異様さから、何かやばいと思いつつ、恐る恐るタロウも他の参加者と同じく会場内を移動してみた。どのブースも活況の様で、瞬く間に商品が売れていく。


 タロウも【××山脈の恵みの天然水】と書かれたブースで話を聞いてみた。ぼんやりとした頭だからなのか、そんなに凄い水だとは思えなかったし、何より高額すぎた。

 だが、一緒に着席していた参加者は顔色1つ変えずに長期の定期購入の契約にサインしていった。


(おいおい。今水の契約してたのって、2つ隣の地区のケチで有名な爺さんじゃなかったか?)


 会場内の様子はまさに、“飛ぶように売れる”状況であった。タロウはどうにか有耶無耶にしながら、何も買わずにセミナー会場を離れる事に成功した。







 町主催の怪しいセミナーが開催されてから1ヶ月が経過した。フラワータウンでは町の人達の様子が一変していた。


 隣の地区に住む高齢夫婦は、定期購入した天然水のボトルが山積みになっていた。

 所謂、ウォーターサーバーに取り付けるタイプのボトルであり、いつでも冷たい水が飲め、お湯が使いたい時にも直ぐ利用できる。災害時には生活用水としても活用できるので、自然災害に対する備えとして近年注目されている。

 しかし、注意点としては、普段の水の使用量から適切な範囲でボトルを購入しなければ大変なことになってしまうだろう。


 町の南側に住むある30代の男は、ブランド時計による資産形成に勤しんでいた。

 高額なブランド時計は年数が経つほど付加価値がつく。またブランド時計のレンタルサービスが存在し、低額で高級ブランド時計を身につける事ができて顧客は満足し、貸し出す側も手数料収入を見込めるため、昨今、注目される資産形成法なんだとか。

 しかし、紛い物も多く出回っているため、真偽を見極める目が重要であるのは、言うまでもない。一歩誤れば、偽物時計に高額を支払うことになる。


 町の東側に住むある40代の女性は、ダイエットサプリや健康食品を次々と購入している。

 SNSの有名なインフルエンサーも紹介している商品でその界隈では人気を博している。今回限りの特別な年間契約コースに申し込みをすると、初めの1ヶ月分が無料になるらしい。

 確かにお徳ではあるが、1度契約してしまうと、何があっても契約期間中の返金はできなくなっているため、自分に合う商品なのか慎重に判断しなければならない。さもないと、1年分のサプリメントがゴミの山となってしまう。


 

 タロウの住む地区でもセミナーに参加した人は同様の状態であった。タロウも頼まれて、何度か近所のおじさんに止めるよう説得しに行ったが、暖簾に腕押しであった。

 自分の大好きな町が少しずつ、確実に蝕まれていくのを感じ、タロウは悲しさと切なさと憤りの混じった複雑な気持ちになっていた。


「何か、この町も変わってしまったねぇ」


 タロウの大好きなキクさんもそうこぼしていた。こんな事態になってしまったのも、全てはセミナーのせい、全ては“あの男”のせいだ。


(どうすれば……。そうだ!)


 タロウは自分の部屋に急いで戻り、鞄の奥底から1枚の名刺を取り出した。


(やっぱりまだあった!これで行ける!)


 タロウは名刺を胸ポケットに入れ、自転車を漕ぎ出した。名刺にはあの男、ライアの名前が記されている。これはセミナーの最後に配られた名刺で、当時はこんなのいらねぇよ、と思っていたが、こんな風に役立つとは分からないものだ。


(捨てなかった自分、グッジョブ)


 自転車で40分ほど走り、大きなビルが並ぶスプリングシティにやってきた。タロウはこれまでも、時々この都市を訪れたことはあるが、そこまで地理に詳しくない。だが、最近は携帯電話で見れる地図機能が優秀で、住所を入力すれば確実に目的地まで誘導してくれる。


(えーと、目の前にあるお店がこれだから……この先を曲がったところにあるビルの中かな。)


 地図機能の情報と周囲の建物の情報を照らしながら、タロウは再び、ゆっくりと自転車を漕ぎ始める。


「ついた。ここの……5階か。」


 ビルの入り口から建物の中に入ったタロウは、エレベーターに乗り込み、5Fと書かれたやや古ぼけたボタンを押す。ゆっくりと扉が閉まり、すーっと浮き上がる感覚を覚えながら、タロウは緊張で表情が強ばっているのに気づいていた。背中に背負ったリュックから水筒を取り出し、ゴクゴクと口の中を湿らせた。

 

 チン。という音とともにゆっくりと扉が開

き、5階に到着する。タロウは、1歩2歩と進み、案内板で目的の場所を確認した。 


(一番、奥の扉か。)


 ついにタロウは、目的の会社、“あの男”の本拠地の扉の前に立った。深呼吸を1度してから扉をノックした。ゴンゴンゴンと重く響くような音が鳴る。


 数秒待ったが何の反応もない。まるで時が凍りついたと錯覚するような静寂が広がっている。ノックが小さかったかと思い、再度、今度はさっきよりも強くノックしてみた。しかし、やはり何の反応もなかった。


(……まさか。)


 胸に何とも言えない不安が広がる。タロウはドアノブを掴みゆっくりと捻りながら押してみると、まるでそれが当たり前のように抵抗もなく、ドアはすーっと開いていった。


「何も……ない。」


 中に入ったタロウが見たのは、何もないガランとした空間であった。白い壁とカツンと冷たく足音が響く床。無機質な空間が広がっていた。そこにタロウの声が虚しく反響して消えていった。




─────まるで、ここに誰かがいた痕跡すらなかったかのように。

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