第48話 千幸様初デート

-side 真田千幸-


あれは確か18時を少し過ぎた頃だっただろうか?

部下から報告を受けた。


「真田に全国から苦情が殺到しています」

「・・・・・・え?」


どゆこと?

聞けば拓真君が諏訪スタに行っていないとのこと。

それで領主に囲われたのではないかとあらぬ疑いをかけられたようだ。

私は囲んでなんていない。囲めるものなら囲みたいが我慢しているのだ。

しかしおかしい。

彼は昨日の電話で今日も諏訪スタで試合を観ると言っていた。

彼が気が乗らないからと試合観戦をサボるとも思えない。


そういえば先週の二試合は私からホーム側の席をプレゼントしたのだが、彼も色々な席で試合を観たいだろう、と考え今週のチケットは渡していなかった。

チケットを買えなかった?

まさか。彼が少し言えばチケットを譲るなんて女子いくらでもいる。

御礼のひと言でも言えばその女子は天にも昇る気分だろう。

何せ今の観客の大半は拓真君目当てなのだ。

拓真君が来なくてどうする。


プルルルル

プルルルルルルル


電話が来る。こっちの電話は個人用。番号を知っている人間も極めて限られる。最近じゃ拓真君専用電話になっている。

表示を見ると『長尾琥珀』

電話に出る。


「ち、ちちち千幸・・・・ わ、わたわた、私、あわあわわ」

「落ち着きなさい。どうしたの琥珀?貴女らしくもない」


実はこの子あまりメンタルが強くない。ちょっとしたことですぐにこうなる。


「拓真君、諏訪スタに来てないって」

「そうみたいね」

「わ、私、調停で何かやらかしちゃった?ちゃんと公平に調停したつもりだったんだけど」

「そうでしょうね」


琥珀が理不尽をするとは考えられない。

そして同時に拓真君が長尾に怒るとも、つまらない嫌がらせのために野球観戦をサボるとも考えられない。

何かあった?

事故か?

いやそんなことがあれば流石に菊花から報告がある。


「な、長尾の公式チャンネルがいま凄く燃えてて・・・私どうしたら・・・」

「連絡先聞いたのでしょう?連絡してみたらいいのではなくて?」

「怖くて聞けない。千幸が聞いて?」


聞いて?じゃないわ。

仕方ないので一旦電話を切り拓真君に電話を掛ける。

拓真君に電話をするのはもう何度目だろうか?

夜の電話は基本的に私がかけることになっている。

拓真君が私を気遣ってのこと。もし拓真君がお風呂などで出られない場合は菊花と話すことも多い。


「もしもし拓真君?」

「あ、千幸様こんばんは!」


拓真君が電話に出た。

とりあえず元気そうで安心した。


「こんばんは拓真君。今どこにいるの?」

「? 大豊庵におりますけど・・・」

「どうして?今日も試合に行くのではなかったの?」

「ああ、それがチケットが全部売り切れで今日はいけなかったんで…」


何を言っているの・・。

その売り切れたチケットが誰を目当てで売れたと思っているの・・?

人の好さが仇となった。

拓真君はもっと男の子として傲慢になって欲しい。

彼の人の好さは非常に好感を持っているのだが、あまりに謙虚過ぎる。


「拓真君。今すぐ諏訪スタに行きなさい」

「え、でもチケットがないので・・・」

「それはこちらでなんとかするわ。さっきから諏訪スタに拓真君がいないって苦情が真田に殺到しているのよ。助けて欲しいわ」

「え?」

「どうやら私が拓真君を幽閉したと思われたみたいね」

「幽閉?」

「可愛い男の子を領主が独り占めしたくなったんじゃないかって」


本当は独占したくてたまらないけど。


「分かりました!すぐに諏訪スタに向かいます!」

「お願いね」


拓真君との通話を終えてすぐに琥珀に電話をかけた。


「ということらしいわよ?」

「ん。そう。まあ私には最初から分かっていたけど」


うるさいわ。


「早く動画班に電話してあげなさいな。笑っちゃうくらい動画コメント欄が燃えてるわよ?長尾が拓真君に何かしたんじゃないかって」


ホントにやらかしたのは北条なのに。


「ん。ありがと千幸」


やれやれ・・・。

しばらく動画を観ていると拓真君が合流した。

楽しそうに他の女子とハイタッチしている彼を見ていると胸が痛む。


「・・・・・・いいな」


長尾のアナウンサーと楽しそうにしゃべる拓真君を見ていて思う。

何故そこにいるのが私じゃないのだろう?

私は彼のために見えないところで尽力している。

私にも彼と一緒の時間を楽しむ権利があるはずだ。


そうだ。


私は何を遠慮していたのだろう?

領主が男と出かけてはいけないなんて決まりはない。

少なくとも今日初めて会っただけのコイツらに後れをとっていいはずがない。


「紫苑」

「は、ここに」

「今から言うことを良く聞きなさい」



――――――――――――――――


次の日のデートはまるで夢のようだった。

もちろん遊んでいただけではない。

圭から聞いていた。


「タクって野球観戦にすっごい詳しくて!野球観戦をもっと楽しくするアイディアが一杯あるらしいんですよ!」


それを聞き出すことができれば諏訪スタの試合をより充実させることができるだろう。

拓真君はそれはそれは楽しそうに野球観戦をしていた。

横顔を眺めるだけで胸が熱くなる。

でも彼は本当に心の底から野球観戦を楽しめているのだろうか?

まだまだ良くするアイディアがたくさんある、ということであれば逆に言えば不満点がたくさんあるということ。

私も初めて野球観戦をしてみて欠点や不便な点もたくさん見えてきた。

食品売り場がやたら混んでいる、トイレがやたら混んでいて少し古くて汚い、ベンチが硬くてお尻が痛い。などなど。

拓真君が言うには本来ライト側とレフト側でファンを分けておくものらしい。

そして外野席から楽器を鳴らしながらみんなで歌って応援するのだとか。

何それ楽しそう。

野球のルールはまだちょっと分からない。

でもボールを投げてバットを振って前に飛んで走ってなんとかする。

細かいことは分からないが、それだけで十分に楽しむことができた。

真田は弱いと聞いていたので、選手もきっとやる気が無いのだろうと思っていた。

だが選手は全員必死だった。拓真君に良いところを見せたいという不純な気持ちもあるのだろうが、それでもみんな真剣なのが分かった。


楽しい。

ああ野球観戦とはこんなにも楽しいのか。

いや。

拓真君の横顔を眺める。

彼は最高の笑顔で真田に声援を送っていた。

好きな人と来る野球観戦はこんなにも楽しいんだ。

昔読んだ書物にあった。

これが『恋』という感情なのだろう。

三毛猫ウイルス感染以前の女性はこんなにも幸せな感情を持っていたのだ。

羨ましい。

性欲とも独占欲とも情欲とも違う感情。

ホームランボールが飛んできて抱きかかえられた時は心臓が止まるかと思った。

そして改めて思う。


私は彼に会うために生きていたのだと。


きっと諏訪の神々が私を彼と引き合わせてくれたのだろう。

私は幸姫様に感謝した。

願わくば彼がこの真田の地にずっとおりますように。





彼の母親が見つかったとの連絡があったのは

その翌週のことだった。

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