第2話 サッカー少年
小学五年生の頃に見た南アフリカワールドカップで、僕はサッカーの虜になった。その頃はオフサイドのルールすら知らなかったが、なぜかテレビに釘付けになっていた。何かに熱中することに理由なんていらないのかもしれない。サッカーなんて体育でしかやったことのない田舎の少年は遠いアフリカで命を賭けてボールを追いかける青い戦士たちに一瞬で心を奪われた。
それでも小学生の頃はサッカーを習うことはなかった。家の近くにサッカー少年団のようなものはなかったし、何よりサッカーはお金がかかる。スパイクや練習着、グラウンドへの交通費などバカにならないことは小学生の頭でも何となく想像はつく。ダメ元で親に一度頼んでみたけど、答えは予想通りだった。
サッカーをすぐに始めることはできなかったけど、情熱が冷めることはない。僕はサッカーの試合をとにかく観ていた。最新の試合から録画した試合まで、ワールドカップの決勝に至っては何十回と観ていた。あまりにも観すぎて、実況のセリフを完コピするほどだった。
そんな僕を哀れに思ったのか、ある日母親がサッカーショップに連れて行ってくれた。
「このカゴに入ってるやつやったら好きなの選んでいいで」
セール中という紙が貼ってあるカゴを覗くとカゴいっぱいにサッカーボールが詰まっていた。当時の僕には夢のような光景で興奮を抑えることができなかった。
「これがええ。これにする」
「ちょっとそれ大きいんちゃう?こっちの小さいのにしたら?」
「いやや。絶対こっちがいいねん。お願いこれ買って」
僕が手に取った五号球のサッカーボールはいわゆる大人用のボールだった。本来なら小学生は四号球という一回り小さいボールを使うらしい。しかし、試合で何度も見た大きさのサッカーボールが目の前にある。そんな状況で見過ごすことなんてできなかった。結局、そこまで言うならと母親が折れ、明らかに身体に合っていないボールを買って貰った。
サッカー選手が使うサイズのボールを持つだけで、なんだか彼らに近づいた気がして嬉しかった。その後、帰宅すると家にも入らず公園へ直行した。サッカーの基本と言えば、ボールを足でチョンチョンと蹴って地面に落とさないようにするリフティングだ。早速やってみるが、上手くできない。元々技術がないせいでもあるが、小さな小学生の足にはやはり五号球のボールが大きかった。
「なんやねん。ボールでかすぎやろ。小さいのにすればよかったわー」
一人で笑いながら悪態をつく。何度やっても全くできない。でもやめることはない。できないことが嬉しかった。
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