第56話 ゲームセンター

 水着を選んだ後に四人でクレープを食べ、次に向かったのはゲームセンターだ。

 入った途端に大量の音が耳に入ってきて、俺の腕を抱き締めている乃愛がびくりと体を跳ねさせた。


「こ、こんなに騒がしいんですね。初めてなのでびっくりしちゃいました」

「乃愛が嫌だったら別の場所に行くけど、どうする?」

「だいじょぶです。びっくりしただけなので」


 最初こそ驚きはしたが、蒼と黄金の瞳を輝かせて乃愛がきょろきょろと周囲を見渡している。

 どうやら抵抗感は無いらしい。


「よーし、それじゃあ適当にぶらつきますか!」


 莉緒の案を採用し、ゆっくりとゲームセンターを見て回る。

 その中で、ふと普段の乃愛の姿を見て疑問が浮かんだ。


「そういえば、乃愛が家でゲームしてる所って見た事無いな」

「ゲームはスマホでするんですけど、長続きしないんです。私は本を読んでる方が好きですね」

「あー、成程。因みに大量に本を買ってるけど、電子で買わないのか?」

「え!? あ、わ、私は実物が欲しいので!!」


 妙に焦ったような態度からして、どうにも嘘くさい。

 乃愛の部屋の本棚の内容を殆ど知っている身として、隠している本が何かは大体予想がつく。

 俺に言わないという事は、本の内容を知られたくないのだろう。

 敢えて突っ込まないようにしたのだが、莉緒がにやついた笑みを浮かべて乃愛に耳打ちする。


「……」

「な、何――知――!?」

「…………」

「はい。その――で。ちょっと――なのが――」

「…………」

「ひう!? 私、やっぱり――」

「……」

「あり――う――す」


 ゲームセンターの音が大きく、彼女達の会話は殆ど聞こえない。

 乃愛が顔を真っ赤にしているので、相当恥ずかしい内容を話しているのは分かる。

 翼の方を確認すると、わざとらしくそっぽを向いていた。

 俺も真似をして知らんぷりしていると、二人の会話が終わったらしい。

 視線を戻すと、何故か満面の笑みを浮かべながらガッチリ握手していた。


「同士乃愛よ。中々やりますなぁ」

「ふふ、莉緒さんこそ」


 女性二人の仲が深まったようで何よりだ。

 男二人がそれを無視し、再び店内を歩き始める。

 すると、莉緒が一つのゲームの前で止まった。


「翼ー。やっていいー?」

「おうよ。特等席で見させて貰おうかな」

「まっかせて! 乃愛にも莉緒さんの雄姿を見せてあげる!」


 慣れた手つきでお金をゲームに入れ、操作し始める。

 その姿を翼と共に見守っていると、乃愛に服の裾を引っ張られた。


「莉緒さん、何か手慣れてますね。これ音楽に合わせて踊るやつですよね」

「莉緒はこれが得意なんだ。今日は乃愛が居るから、いつもより張り切ってるな」

「そうなんですねぇ」

「杠はこういうゲームの経験は?」

「……無いです。私、体を動かすのが苦手なんで、多分やっても無理です」


 一緒に待っていた翼が地雷を踏んでしまい、乃愛が露骨に肩を落とした。

 俺は乃愛が運動出来ないのを何となく予想していたので、呆れた風な視線を翼へ送る。

 流石に慌てた翼が、乃愛を励まし始めた。


「す、すまん。音ゲーがしたいなら、体全体を動かさない別のやつもあるぞ?」

「……そっちを後でやってみますね」


 取り敢えずのフォローをし終えて、翼がホッと胸を撫で下ろす。

 丁度莉緒の準備が終わったらしく、曲が始まった。

 流れてくる矢印に従い、ダンスをするように莉緒が体を動かす。

 しっかり俺達の様子を見る余裕すらあった。


「ほらほら! どう!?」

「流石俺の彼女だ! いいぞー!」

「頑張れ莉緒!」

「莉緒さんかっこいいです!」


 三人の声援を受け、莉緒が一段と動きを良くする。

 今時の女子高校生――しかも金髪の美少女が、キレのいい動きをしているのだ。段々と人が集まっていく。

 そしてゲームを終えた瞬間に、莉緒は観客から拍手された。


「ありがとーございまーす!」


 華やかな笑みを浮かべ、ゲームから離れる莉緒。

 明らかに話し掛けたい素振りを見せる高校生くらいの男子が、彼女へ近付いていく。

 しかし恋人がそんな事をさせる訳がない。すぐに莉緒へ近付き、彼女の頭を撫でた。


「やっぱり俺の恋人は最高だな」

「えへへー。もっと褒めてー!」


 美少女に彼氏が居ると分かり、男子高校生は残念そうに去って行く。

 翼もそれを分かっているだろうが、あえて視線を向けなかった。


「よーし、それじゃあ次行くかー!」

「おー!」


 再び店内を歩き、今度は翼が得意としている別の音ゲーを乃愛が遊ぶ。

 どうやらセンスがあるようで、彼女はいきなり高得点を出していた。

 終わった後に期待するように俺の傍に来たので、翼と同じく恋人の頭を撫でる。

 ふわりと柔らかく笑う乃愛の顔は、達成感に満ちていた。


「凄いな、乃愛。もっとやり込んでみるか?」

「ありがとうございます、瀬凪さん。でも、今日は皆でお出掛けなんですし、これくらいにしておきます」

「おっけー」


 音ゲーを止めて四人で歩き、次は俺が足を止めた。

 目の前にはクレーンゲームがあり、少し大きめの猫のぬいぐるみが中に入っている。


「偶には俺も楽しまないとな」

「珍しいな。瀬凪ってお金が――そうか、そういう事か」

「ああ。乃愛と乃愛のお母さんのお陰だよ」


 以前バイトで忙しかった際、今日と同じく翼達と四人でデートする事があった。

 その際はお金を使うからと、ゲームセンターでは何もせず、他の三人が楽しんでいるのを見ているだけだったのだ。

 けれど今の俺には杠家のお陰で余裕がある。多少散財する程度、何も問題ない。

 そして、翼や莉緒が音ゲーだけでなくクレーンゲームもしていたので、多少の知識はある。

 割とお金は使ってしまったが、大惨事になる事なく猫のぬいぐるみを取れた。


「よし、取れた!」

「おお、やりますね、水樹さん!」

「莉緒と翼がやってるのを見てたからな。という訳で、これは乃愛へのプレゼントだ」

「はえっ!?」


 まさかプレゼントされるとは思わなかったのだろう。

 蒼と黄金の瞳を見開き、乃愛が素っ頓狂な声を上げた。


「ゲームセンターの景品だから誇れないけど、誕生日プレゼントだよ」

「た、誕生日プレゼントは別にあるんじゃないんですか!?」

「そうだけど、物としても渡したかったんだよ。ゲームセンターの景品は駄目か?」

「……駄目じゃないです。大切にします」


 照れ臭そうに淡い笑みを浮かべ、乃愛がぬいぐるみを抱き締めた。

 小柄な彼女とぬいぐるみは写真に撮りたい程に似合っている。

 突発的に誕生日プレゼントにしたが、喜んで貰えて何よりだ。


「うん? もしかして乃愛って今日が誕生日なの!?」

「あ、えと、はい」

「言ってくれたら私もプレゼント用意したのにー!」

「いや、今からでも遅くないぞ。これから杠へのプレゼントを選べばいいんだ」

「はっ!? その手があったか!」

「あの、そこまでして貰わなくても……」


 どんどん話が進んで行くので、流石に乃愛が止めに入った。

 しかし二人はにやりと悪い笑みを浮かべ、首を横に振る。


「残念。もう乃愛のプレゼントを選ぶのは決定だよー!」

「瀬凪が口にするまで黙ってたんだ。杠に拒否権は無いからな」

「あ、あう。その、ありがとうございます……」


 何が何でもプレゼントを贈るという、二人の強引さに乃愛が顔を真っ赤にして俯いた。

 自分から言わなかったが、俺以外からもプレゼントされるのは嬉しいのだろう。

 二人が友人で本当に良かった。


「そうと決まればプレゼント選びに出発!」

「おうよ!」


 ぬいぐるみを袋に包んで周囲に視線を巡らせれば、先程まですっかり忘れていた中学生達が居た。

 悪い事だとは思うが、見せつけるように乃愛の頭を撫でる。


「良かったな、乃愛」

「はい。でも、瀬凪さんのプレゼントが一番嬉しいですからね。ゲームセンターの景品とか関係ありませんから」


 にこにこと満面の笑みを浮かべる乃愛。

 その笑顔に頬を緩めていると「おーい!」と翼に呼ばれた。

 置いてかれる訳にはいかないので、片手はぬいぐるみを持ち、片手は乃愛に抱き締められながら後を追うのだった。

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