世界が君を忘れさせてくれない。
あざみ みなり
第1話 始まり
昨日までの世界が夢かもしれない。
そんな気分になったことはあるかい?
もし君もそうだとしたら人間は行動の多くを感覚に大きく依存している生き物なのだから仕方ないのかもしれない。
けれど、例えば僕の場合視覚に少し障害があり色盲なのである。
しかしそれほど重度の症状出ない。そのため余計に考えてしまっているのかもしれない。
他の人に見えている世界と僕の見えている世界は似ているようで全然違うものなんじゃないかと。
もしこれが重度の症状だった場合は自分が見ている世界との大きなギャップで逆に普通の人にはどんな世界が広がっているのかある程度推測できるのではないかと考えているだろう。
しかし、僕の見える緑と本来の緑には色の名前を変えるほどのズレがない。よって、勝手に見えているのもが同じとされてしまう。
もちろんそれはそれで違った悩みや苦悩が当事者たちにあるということは重々わかっている。それに対して何か口出ししたいわけではない。
今回言いたいのはそういった話でない。
僕のような軽度な感覚のずれを持っている人は常人と同じ扱いをされるのでたまに自分が普通の人間であると錯覚してしまうのだ。
それだから他者に違いを見つけられたときに、自分がこの世界の異端者なのではないかと考えてしまう。
しかしどうだろう。
逆に考えれば、人とは異なる感覚を持つ僕たちだけが何者かからの洗脳をとこうとしているのではないか。
大衆の奴らはいいようカプセルの中で気持ち良い夢でも見させられてる状態なのではないか。
それと同時にこの僕が本来の僕ではなく、「本当は夢の中にいるんだぞ」と本物の僕がアピールしているのではないかそんなことを考えてしまう。
しかし、洗脳している側にとって一番危険な中学生みたいな自己陶酔を出来ている時点でこの世界は現実で本物なのだろう。
本当に嫌になる。
「はあ。」
「最悪だ。」
本当にため息をつくしかない。
「お兄ちゃん。」
体を前後に大きく揺らされた。
「なんかブツブツ言ってるところ悪いんだけどアイスとって。」
いくら妹でも兄貴の前でパンツ姿なのは無防備すぎるだろ。
「おいおいまだ気が早すぎるんじゃないか、妹よまだ四月の二週目だぞ」
冷蔵庫の中身を見るが冷凍食品よりもアイスのファミリーパックのような箱の方が多かった。
「ここの奴らは年中アイス食べるような奴ばっかりだったのか?」
不思議に思うかもしれないがそれにはきちんとした理由がある。
「今までの生活と一緒にしないでよ。」
「今月から快適だったあの都会の暮らしからこんなわけのわからない離島で暮らす羽目になったんだから。」
そう、僕等はわけあって引っ越ししてきたのだ。それからまだ少ししか経っていないからまだ一度も冷蔵庫を僕は開けていなかった。
「暑くてしょうがないのよ。」
「確かにそうだな。」
無視して何かと突っかかってこられたら面倒だったので適当に相槌をしておいた。
「それにしてもこの調子だと夏になるとどうなっちゃうんだろうな?」
僕が無視したらボロカスに言ってくるくせに自分は無視するのかよ。
「でもなにも平日の朝っぱらそんなもん食う必要ないだろうよ」
アイスを食べながらタブレットをいじる妹に遠回りに注意する。
「はいはい」
「あなたと私は違うので」
この切り返しで分かるように確実にこいつと僕の感じている世界はかけ離れているだろう。
というか、それはこいつが生まれてから十五年も一緒にいれば明らかだった。
「それはそうと、こっちの中学校はどんな感じなんだ? さすがに中学三年生からの参戦はどこに行ってもきついものなのか?」
また無視だ。
「まさかだけど学校行きたくないからそんなにダラダラしているのか?」
そっちがその気ならこっちも遠慮するつもりはない。
「違う違う関係ない、別にいじめられてないから。」
そんなのは重々わかってる。こいつがいじめられることはない。
「学校自体はこんなに本土から離れているのに一応ちゃんと学年別に授業ができてる。一クラスしかないけど二十人ずつはいるかな。」
学校へ向かう準備をしつつ僕の聞いてもない学校事情を教えてくれた。
「思ったよりいるんだな。」
「それでも今までと比べたら五分の一以下だけどね。」
僕に対してそんなにつめてこられても引っ越しはどうにもならないぞ?
「それでも学校が教室一つで済んでしまうような地域もあるらしいからまだましなほうかもしれないぞ。」
そうだとしても根っからの都会っ子であったこの子には耐えられないのは容易に想像できる。
けれど僕はあまり気にしていない。それにこんな島に流されたんだめんどくさい受験勉強なんて金輪際しなくて済みそうだしな。
「やっぱりパパ本当にひどい」
「そうだな、今まで将来安泰なんて豪語していたのにいきなりこんな島に左遷されやがって」
僕らの親父はまごうことなき超エリートの会社員だった。
これは自称ではない。社会評価によるものだ。
それだけに人生何があるのか本当にわからないし、親父のように素晴らしい学歴を持っていてもこんなに人生が不安定なのだから正直勉強する気も失せる。
「それで?」
「お兄ちゃんこそ朝からきもいんだけど、学校でなにかあったの?」
「正直お前に言うか迷ってたんだけどな」
「ここ一週間自問自答を繰り返していたんだけど自分だけじゃ状況をうまくつかめなかったから伝えるわ。」
「なになに⁉」
妹の興味のパラメーターが久しぶりに僕に向いた気がした。
「もしかしてそっちこそ転校早々いじめにでもあった⁉」
自分がいじめられているならさっきそんな質問しないだろ。
「私も最初は完全にコミュニティができちゃっててはじめは大変だったけど一週間もたてばうまくやれるようになったよ」
それはシンプルにすごいな。
いくら少人数だといっても、たぶんそいつら生まれた時からの縁みたいのがあるだろうし、そもそも僕みたいな陰キャには無理なことだ。
そこに関してはこいつを心から尊敬できる。
「いや、違うよ」
「そんなつまらないことじゃない」
「じゃあ、一体何なんのよ?」
口をごもらせてハッキリしない僕に少し苛立ちをみせる。
「再会したんだよ」
彼女は教材の準備していた手を止め、僕に再び意識を向ける。
「なに言ってるの? こんな初めて来た離島に知り合いがいるわけないじゃない。」
「違うそうじゃない。お前も知っているやつだよ」
「そんな人いたっけ?」
「そうなんだよ」
「誰よ?」
僕はもう二度と思い出したくない、そして呼びたくなかった名前を仕方なく伝えたのだった。
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