§3 


「楽しい、ですって……?」


 その時、私はただただ、困惑していた。目の前の子どもの放った言葉が、私の理解のはるか向こう側にあるものだったからだ。しかし、よくよく考えれば私のような本職の人間が事の始まりに偶然居合わせて、ようやく発見できたくらいだ。



 この技術に魔術が関係あろうがなかろうが、これだけの能力があれば、職にあぶれることなどない。それは私にとって、目の前の子どもが発した言葉の信憑性しんぴょうせいを、飛躍的に上昇させるものだった。


「そうだよ。魔術師さまが魔術の虜になったように、俺はただ、盗みの虜になっただけさ。ほら、十人十色っていうでしょ? 俺みたいに盗みの虜になる者だっていれば、殺しの虜になる者だっている。いや、もっと質の悪いものの虜になる人だってきっといるはずさ。だから、そんなに不思議なことではないと思うよ」


「いい加減にしなさい!! 他の誰かがやっているからといって、自分がやっていい理由になるわけないじゃない! あんたみたいな奴がいるから、戦争も差別も犯罪も……、無くならないのよ!!」


「それは……、ごもっともだよ。でもね、俺は別に許しを請うたわけじゃないんだ。ただ、法律、契約、暗黙の了解……。人間の本能を抑制するには、これらの防壁ではあまりに軟弱だ。と言いたかっただけださ。それで、これから俺は刑務所? に行けばいいのかな」



 ここで私は差し迫った問題の渦中にいることを、思い出した。この子の自白を引き出すためについた嘘と向き合わなければならない。


「そうね、でもあんたの場合……」



 そう。私は嘘を見抜く魔術や、所有権を特定する魔術などまったくもって行使することができない。と言うか、私が知る限りそんな魔術は存在しない。



 要は、嘘八百で言いくるめたのだ。



 アルドアにて窃盗罪で刑務所に連れていくには、現行犯もしくは 犯人が罪を認め、それに対して複数の目撃者がいることが条件だったはず。 当然、私以外に目撃者はいない。仮に目撃者をでっちあげることに成功しても、そもそも未遂なので厳重注意で終わる可能性が高い。下手をすれば、私が無実の罪をでっち上げた罪に問われるかもしれない。



 かと言ってこのままこの子を孤児院等に引き渡せば、きっとこれまで通り盗みを続けるだろう。この子が盗みを働く理由は、困窮ではないのだから。この子が私の手に負えないというのなら━━━。


「ついて来なさい。あんたにうってつけの人物に会わせてあげる」



 この子の非道徳を見過ごすことは、私の正義が許さなかった。








「うわ~、一気に雰囲気が変わったね」


「ここはミラザの中でも魔術師が暮らす街よ」


「あー、だからこんな大きな家ばかり集まっているんだ。いい眺めだねぇ」



 あれから目的地に着くまで、この子は一切不審な挙動を見せず、大人しく付いて来た。もしまた逃げようとしたら全霊をもって対処するつもりだったが、結局その心配は杞憂に終わった。


「ここよ」



 魔術師の住宅街の中でも、ひときわ大きな建物を持つその家。5分ほど敷地内を歩いて目的の部屋に到着し、私は扉をノックした。


「入っていいよ」


「失礼します」


「おや、イリーナか。珍しいね、君が客人を連れてくるなんて」



 もう師匠に頼る他ないだろう。





 §4



「師匠、私はこの子をどうするべきですか?」



 驚くべきことに、イリーナが客人を連れてきた。彼女は良くも悪くも一匹狼の気質があるので、この出来事は私にとって予想外のものだった。


「どうする? 君とその子の間に、何かあったのかい?」


「え……。あぁ! すみません。

 実はついさっき━━━」



 それから私はイリーナから客人の子との出会い、ひいてはそこで起こった窃盗未遂の一部始終を聞いた。もしイリーナの言うことが間違いないのなら、とても興味深い話だ。


「なるほど、事情は把握した。ではまず、ところを見せてもらってもいいかな?」


「……いいよ」



 そう答えるや否や、その子の生命エネルギーの波が徐々に静まり、やがてそれは……消えた。エルフの魔術師として100年以上魔術を研究してきた自分ですら、全く前例のない未知の出来事だった。



 それは、才能と一言で片づけるにはあまりに歪で、病的だった。人が生命活動を続ける限り、生命エネルギーも同様に活動し、絶えず波を作り出す。この波が無くなるということは、すなわち死を意味する。



 よわい十にも満たないであろう子が作り出した、本来決して交わることのない生と死が、まるで折り重なっているかのような奇妙な光景。












 とても、美しいと思った。









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