珈琲15杯目 (24)怒れるリュライア様からのお叱り

 それから二日後。いつもの如く、居間でご主人様が珈琲を楽しんでおられますと、本日非番でないはずのゼルベーラ隊長が訪ねて来られました。

「例の件で、ロットラン氏から謝礼を預かってきたんでね」

 居間にお通しするなり、隊長は小さな包みをわたくしに手渡されました。


「シェンクルトン隊長が、ロットラン氏の良心の呵責を軽くするべく、提案したんだ……今回の事件に要した費用について、当事者に負担させることはしない。しかし寄付であれば受け入れるとね。するとロットラン氏は、警務隊に多額の寄付を申し出ただけではなく、魔術審議会との交渉に多大なお骨折りをいただいたスノート師にも、心ばかりのお礼を進呈したい、と言ってきた」


「いい心がけだ」

 わたくしが包みをお渡しいたしますと、リュライア様は満足そうに包装を解かれ始めました。「現金などという無粋なものでないのも気に入った。美術品か?」

「おそらくは」

 わたくしは、ゼルベーラ隊長にも珈琲をお淹れすべく居間を出ようといたしましたが、リュライア様の放った驚きの叫びに足を止めました。


「いかがなさいました?」

 わたくしが振り返りますと、リュライア様は包みの中身を凝視されておられます。包みの中には木箱が入っており、その中には硝子の覆いで保護された……。

月煌鳥げっこうちょうの羽根!」

 わたくしとリュライア様は、同時に嘆声を放ちました。


「まさか、こんな貴重なものを贈ってよこすとは……」

 遥か北方に棲む、月齢に応じて光を放つ魔獣・月煌鳥げっこうちょう。その羽根は抜け落ちてもなお光を失わず、照明用あるいは観賞用の魔導具――その希少価値ゆえに非常に高価な――として、魔導士垂涎の的となっております。


 昼間でも淡く光る美しい羽根の輝きを、魅入られたように見つめるリュライア様。わたくしは、包みに同封されていた手紙を拾い上げ、目を通します。

「どうやら魔術審議会に納品したものとは別に、ロットラン氏が個人的に購入していたもののようでございます。今回の騒動で、大変お世話になった礼とのことでございますが……」

 そしてわたくしも、硝子越しに光を放つ不思議な羽根に見とれました。


「シェンクルトン隊長は、よほど君らの功績を強調したんだろうな」

 ゼルベーラ隊長も、物珍しげに羽根をのぞきこまれておいでです。

「君ら、か」

 リュライア様は苦笑を浮かべられると、手にされておられた月煌鳥の羽根を、わたくしの目の前に突き出されました。

「実際に謎を解いたのはお前だ。これはお前がとっておけ」


「は……」

 わたくしは困惑しましたが、絶対に引っ込めんぞという固い決意をたたえたご主人様の目を見て、遠慮は無用と悟りました。

「それでは、リュライア様からの贈り物として、ありがたく頂戴いたします」

 わたくしは一礼し、ご主人様からのご褒美を受け取りました。


「ま、大事にすることだ。お嬢さんには、内緒にしておいてやる」

 ゼルベーラ隊長が不敵な笑みを浮かべられましたが、わたくしは手遅れでございますとかぶりを振り、窓の外に視線を向けました。

「クラウ様が、お庭を駆けてこられています。ものの一分で、この居間に飛び込んでこられるでしょう」


「すぐに隠せ!」リュライア様が叫ばれました。「リリー、窃盗で逮捕しろ!」

「まだ何もしていないだろう」

 ゼルベーラ隊長が呆れながら来客用の椅子に腰を落とされました。わたくしは、恐慌をきたすご主人様に、つつましく提案いたします。

「ここはひとつ、賭けをいたしませんか?」


「何?」

 リュライア様の動きが止まりました。代わりに、眉がひくりと揺れておられます。

「クラウ様が月煌鳥の羽根を目に留められれば、必ずや欲されることでございましょう。そこでもし、わたくしがクラウ様を説得し、羽根などいらないとのお言葉を引き出せれば、わたくしの勝ち。できなければ、リュライア様の勝ちでございます」


「奴が羽根を見た上で? 諦めさせる?」

 リュライア様の口元に、余裕の笑みが浮かびました。「乗ったぞ。私が勝ったら、その羽根をもらおうか」

「ではわたくしが勝ちましたら」わたくしは、表情を消して申し上げました。「リュライア様が、クラウ様に謝っていただきます」


「謝る? 何にだ?」

 問われたのは、ゼルベーラ隊長でございます。わたくしは、隊長とご主人様のお顔を交互に眺めつつ、説明いたしました。

「本件の直前、もしクラウ様が誘拐された場合、身代金を払うかどうか話題となりましたが、リュライア様のお口からは、ついぞクラウ様を安堵せしめるお言葉は聞けずじまいでございました」


「…………」

 リュライア様は、苦いお薬を水なしで飲み込まれたような表情をされましたが、わたくしは容赦なく続けます。

「リュライア様が、ご家族思いのお優しい方であることは重々承知しております。しかしそのお気持ちも、口に出さねば……」


「わかったよ」

 苦い表情のまま、リュライア様はうなずかれました。「もし賭けに負けたら、奴に謝った上で、万一の時も身代金はちゃんと払うと言ってやる。それでいいな?」

「結構でございます」

 わたくしが莞爾とうなずくと同時に、玄関の扉が開く音が聞こえてまいりました。


「こんちはー! ……って、えっ!? 何その羽根!」

 居間に躍りこまれた次の瞬間、クラウ様はリュライア様の机の上に鎮座する物体を目に留められました。その直後、クラウ様のお体が、ふわりと宙に浮きます。

「!! ちょ、ファル!?」


「あちらは、今回の事件解決の礼として、ロットラン氏から贈られた『月煌鳥の羽根』でございます」

 わたくしは、クラウ様の瞳をのぞきこみながら、優しく説明いたしました――クラウ様を横抱き、いわゆる「お姫様抱っこ」しながら。


「いかがいたしましょう? しばらく、このままの姿勢を続けますか? それとも、羽根をもっとよくご覧になられますか?」

 わたくしは、さりげなく指先――特にクラウ様の腰に触れている指――に力を込めつつ、間近に迫るクラウ様のお顔にささやきかけました。


「このまま続けるのでしたら、どうぞ両の手をわたくしの首にお回しください」

 半ば恍惚の表情でわたくしを見上げておられたクラウ様は、ためらうことなく腕をわたくしの首元に巻き付けられ、お体を密着させてこられました。


「おや……クラウ様は、あの貴重な月煌鳥の羽根よりも、わたくしとこうしている方がよろしいので?」

「う、うん」今にも額と額が触れそうな距離で、クラウ様はうなずかれます。

「羽根とわたくし、どちらが欲しいですか?」

「羽根なんていらない。欲しいのは、ファルに決まってるよ……」

 頬を赤らめるクラウ様に微笑んでから、わたくしはちらとリュライア様のお顔をうかがいましたが、描写をためらうような形相でいらっしゃいます。


「リュラ、君の負けだな」

 ニヤニヤ顔のゼルベーラ隊長が、大鬼オウガも逃げ出す憤怒の表情を浮かべたご主人様の肩を、ぽんと叩かれました。

「……反則だ」

「お嬢さんは、羽根なぞいらんとはっきり口にした。何かを餌に断念させることは、別に禁じていなかっただろう?」


 敗北をお認めになられたリュライア様は、かろうじて怒気をこらえて息を吸い込まれました。そしてクラウ様に向け、賭けの代償を支払います。

「……クラウよ。この前はすまなかった」

 クラウ様の意識は完全にわたくしに向いておられますが、賭けに敗れたリュライア様は、嫌でも続きを口にしなければなりません。

「お前がもし誘拐されるようなことがあっても、心配するな。無事に帰ってくるよう、身代金でも何でも払ってやる」


 よく言った、とゼルベーラ隊長が親友の背をどやしつけました。リュライア様は、これでいいか、とわたくしに目で問うておられます。

「いかがでしょう、クラウ様? リュライア様は、あのようにおっしゃられていらっしゃいますが」

「え? どうでもいいよ叔母様なんて。それよりもっと、こうしていたいな……」


 クラウ様の夢見心地なご発言を受け、リュライア様は隣で忍び笑いを漏らされているゼルベーラ隊長に、無機質な目を向けられました。

「リリー、すまんが今日は帰ってくれ。奴がファルの腕から降りたとき、警務隊がいると都合が悪いんでな」


「ははっ、ならお嬢さんが、ファルに抱っこされているうちは大丈夫だな。ファル、そのままお嬢さんを抱きかかえていてやってくれ」

「かしこまりました」

 うなずいた拍子に、わたくしの頬がクラウ様の頬に触れました。クラウ様が小さく歓喜に喘ぎ、リュライア様は今にも髪を逆立てて激発せんばかり。


 今宵は怒れるご主人様からお叱り(意味深)を頂戴することになりそうでございますが、月煌鳥の羽根の光に照らされた寝室でのお叱り(意味深)は、いつもよりおもむき深いもの(意味深)となりそうでございます。

                             珈琲15杯目 了

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