珈琲15杯目 (12)推理合戦――馬鹿みたいに単純な説
「珍しく
ゼルベーラ隊長は、隣の同僚をひとにらみしてから、われわれに視線を転じました。「私の推論を言おう。だが先に白状すると、まだ的を絞り切れていない」
「間違いなく素面だな」リュライア様が、真面目なお顔でうなずかれます。「自分の弱さを認められるのは、酒が入っていない証拠だ」
「同情ありがとう。昼食のとき、酒を注文できない私を散々なぶりものにしたことは、絶対忘れないからな。それはともかく、私の考えを言おうか」
気を取り直された隊長は、居ずまいを正されました。
「まず犯人についてだが、屋敷内部の人間が犯人という説には懐疑的だ。もちろん内部から、多少の情報は得ていたかもしれんが」
「屋敷の使用人とかが、それと知らずに犯人に内部の情報を渡してたかもしれないってこと?」
クラウ様のお尋ねに、ゼルベーラ隊長はそうだとうなずかれました。
「ま、具体的が誰がどうやって渡していたかは知らん。それこそ、そこのおじさんがさっき言ったとおり、犯人を捕まえれば分かることだ」
軽くあごを振って、隣の「おじさん」を示した隊長は、馬車が角を曲がるのに合わせて、上体を揺らされました。
「私が内部犯を否定する理由は、現金の無い時期に誘拐したという一事に尽きる。もう少し待てば、商会は大きな取引を終えて、自由に使える金がうなるほど手に入るというのに、何故それまで待たずに誘拐して、半端な額の身代金を要求したのか? それは単純に、犯人が商会の金の流れを掴んでいなかったからだ」
「では君は、犯人の目的は純粋に身代金のみだと?」おじさん、失礼、シェンクルトン隊長が片眉を上げられると、ゼルベーラ隊長は小さくうなずかれました。
「ええ、その点はシェンクルトン隊長と同意見です。ただし私は、犯人が『公式ニセ金貨』の存在を知っていたとは考えていません。あの秘密はそう簡単に漏れるものではないし、仮に漏れていたとしたら、犯人は普通のゼカーノ金貨や金塊、あるいは宝石類といったもので身代金を要求するでしょうね」
「じゃ、どうして身代金の受け渡し場所を、魔術審議会の別館なんて変わった場所にしたんだろ?」
クラウ様が首をひねられると、ゼルベーラ隊長は、「正直、わからん」と率直に返されました。
「何か理由があるかもしれんし、無いかもしれん。展示室の魔導具を盗んで金に換えるという説には私も否定的だが、魔導具の収集家という奴の考えることは分からん……盗品と知りつつ買い取る手合いもいるからな」
それから、ご自分の言葉でハッと閃いたように、座席から背を浮かせかけました。
「あるいは、魔術審議会の連中が犯人か!? 奴らが金目当てに……」
「はいはい、そこまで」リュライア様が、親友の暴走を手で制されました。
「確かに奴らは極悪非道な連中だ。だが、営利誘拐を実行する度胸も知能も無いよ」
「それに、ゼルベーラ隊長案のいいところは、『小細工無用の正統派誘拐事件』ってみなしてるところだよ! 利害関係を複雑にするようなのは、らしくないと思う」
クラウ様も、隊長をお
「ゼルベーラ隊長は、何事も馬鹿みたいに単純なところがいいんだから!」
「……なあ。お嬢さんは、私のことが嫌いか?」
悲哀に満ちたまなざしをクラウ様に向けられるゼルベーラ隊長は、笑いの堤防決壊寸前のシェンクルトン隊長の足を、思い切り踏まれました。すでに堤防が決壊し、笑いの奔流をわたくしの腕に顔を埋めることで処理されておられるリュライア様には、さすがに危害は加えられませんが。
「え? 大好きだけど?」きょとんとした表情で返されるクラウ様に、ゼルベーラ隊長は苦笑を浮かべる以外ございませんでした――隣で必死に笑い声を殺す同僚の足に、もう一撃加えることはいたしましたが。
「というわけで、私は単純明快、『身代金目当ての外部犯』説だ。なに、正しいことは犯人を捕まえて証明してみせるさ。 ……ではいよいよ、お嬢さんの番だな」
ゼルベーラ隊長は、にやりと笑ってクラウ様を指名されました。
すでに心の用意はできておられたクラウ様は、ご指名を受けるや、すっと背を伸ばされます。しかし、意外な切り出し方をされました。
「僕の推論を言う前に、シェンクルトン隊長にひとつだけ確認してもいいですか?」
「もちろん」興味深げに眉を上げた第三隊隊長は、好意的に応じられました。
「何でも聞いてくれたまえ」
「はい。さっきロットラン邸で、誘拐事件のことを知っている人について僕が尋ねましたよね? そのとき、乳母のルネージュさんは知らないって話でしたけど……」
そのとき、馬車が大通りの角を曲がったため、クラウ様は質問を中断され、わたくしの体に寄りかかることに専念されました。遠心力が働けば、クラウ様のお体は反対側に振られるはずなのですが。
やがて道が直線に戻ってから、クラウ様は続けられました。
「その時シェンクルトン隊長は、屋敷で会議があるから子供たちを母親の実家に移すよう、執事のベルーレさんを通じてルネージュさんにお願いしたって言いましたよね? 子供を実家に避難させることを最初に言い出したのは、隊長なんですか?」
「ちょっと待ってくれ……」シェンクルトン隊長は、あごに手を当てて記憶をたどられました。が、すぐに思い出せたようでございます。
「ああ、水を向けたのは私だが、提案したのは執事だったな。私が、最近帝都で子供の誘拐未遂事件が起きたことを口にすると、執事のベルーレ氏が、お子さん方の避難を提案したんだ。奥方もすぐに賛成されて、執事から乳母に伝えてもらうことになったというわけさ」
「ありがとうございます」
クラウ様がお礼を述べられると、ゼルベーラ隊長が口を挟まれました。
「そういえばお嬢さんもリュラも、誘拐されたロットラン氏本人より、そのお子さんに興味があるようだったな。奥方への質問は、お子さんに関するものばかりだったじゃないか」
「それに、子供部屋にも行ったりね」シェンクルトン隊長も同調されます。そして真剣な表情で、クラウ様に問われました。
「もしや君は、子供たちが父親を誘拐したと思っているのかね?」
「はい。犯人は、ミリエル嬢とカルス君です」クラウ様は即答されました。
そして、愕然と口を開きかけたリュライア様に向かい、悠然と語を継がれます。
「嘘だよ。そんなわけないじゃん」
「……リリー、こいつをブッこ」
「ははっ、警務隊長二人の前で口にする台詞ではないぞ」
ご主人様の殺意みなぎる視線から愛弟子をかばわれるように、ゼルベーラ隊長は鷹揚に笑い飛ばされました。
「うむ。この状況で冗談を口にできるとは、なかなか肝が据わっているな」
話を振ったシェンクルトン隊長も、すっかりご満悦のご様子です。
帝都の治安を絶望されるリュライア様とは対照的に、クラウ様はうれしそうでいらっしゃいます。が、すぐに表情をあらため、咳払いとともに本題に入られました。
「僕の一連の質問の意図は、犯人の目を欺くためです。こいつらは乳母を疑っている、あるいは誘拐犯の真の狙いは子供だと誤解している――そう犯人を油断させるための、囮の質問でした」
そして、聞き手から質問が放たれる前に、決然と告げられました。
「犯人は、屋敷内部の人間です」
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