珈琲14杯目 (14)飲まずには聞けない策

「ほう、私のことか」

 ゼルベーラ隊長は、不敵な笑みを浮かべられました。「いいとも、何でも聞いてくれてかまわんよ」

「ありがとうございます。それではおうかがいいたしますが、ゼルベーラ隊長は、リプホルト氏と面識はございますか?」


 意外な質問だったのか、隊長は片方の眉を上げられました。

「一応、向こうは私の顔を知っていると思う……こう見えても私は、一応この街の警務隊を統括する身だからな」

 セロンブラン嬢が、隊長の前に置かれた空の「珈琲」カップを、おそろしいものでも見るかのような目で眺められました。


「私の方も、巡回の折にリプホルト氏を何度か見かけているから、一応顔は覚えているが……しかし、会話を交わしたことはなかったはずだ。挨拶くらいはしているだろうがね」

「さようでございますか」

 わたくしは、内心安堵いたしました。それでしたら、わたくしの策もになりそうでございます。


「それでは、最後の確認でございます」

 わたくしは、いったん言葉を切り、沈黙という無料の表現効果を使用いたしました。果たしてゼルベーラ隊長――と、クラウ様、セロンブラン嬢――は、固唾を呑み込んで続きの言葉を待たれます。

 わたくしは、しかと隊長の目を捉え、一番重要な問いを発しました。

「隊長は、今回の一件を解決するために、どこまでご協力いただけますか?」


 取りようによっては無礼千万な質問でございますが、ゼルベーラ隊長は寛大にも、わたくしを責めるような言葉も視線も発されませんでした。

「おいおい、それが警務隊隊長に対する質問か?」

 隊長は、にやりと唇の端をつり上げて、頬杖をつかれました。皆様(わたくしも含む)、隊長の目の前に置かれた「珈琲」カップに視線が向かぬよう、必死に努力されておられます。リュライア様だけは、呆れた目でカップを見つめておいでですが。


「リンカロット市民の生命と財産を守るのが、私の仕事だ。何でもやるぞ」

 皮肉な笑みを浮かべつつも、真剣な口調で語られた隊長のお言葉こそ、わたくしが待ち望んでいたものでございます。

「ありがとうございます。おかげをもちまして、わたくしの策もどうにか形になったようでございます」


 どんな策だ、とゼルベーラ隊長が問われる前に、わたくしは先んじてお答えいたしました。

「今回の件、第一に考えるべきは、恋の女神の奴隷と堕したリプホルト殿の財産を、不逞ふていやからから守ることでございますが、それだけであれば、銀行からの融資を差し止めるのみで事足ります。しかし、犯人一味を野放しにすれば、必ずや類似の手口をもって、第二第三の獲物が狙われることとなりましょう」

 そのとおりだ、と隊長は力強くうなずかれましたが、わたくしは、ただし、と釘を刺します。


「一方で、今回の件はまだ犯罪と決まったわけではございません。万に一つの可能性ではございますが、ビシェット氏は額縁と全く関係無く魔導画を売ろうとしており、二人組も約束どおり魔導画と額縁を二千五百ゼカーノで買い取るという展開も、決してあり得ぬお話ではございません」

 まさか、とゼルベーラ隊長は口を開きかけましたが、すぐに唇を引き結ばれました。確かに、まだ一味の通謀は証明されたわけではございませんから。


「かかる状況下でリプホルト氏への融資を差し止めてしまいますと、折角の儲け話を我々が破談にしてしまうのみならず、氏の年齢的にもう二度と来ないであろう恋の機会をも潰すことになってしまいます」

 隊長は、声にならないうめきを発されました。犯罪が証明されない以上、迂闊に動けばビシェット氏に不利益を与えてしまうという可能性――極めて低いが、万一実現すれば恐ろしい結果をもたらす――に、あらためて気付かれたのでございます。


「なるほど、困った事態だな」

 隊長は、嘆声を発されました。しかしそのお顔に暗さは無く、どうやら困っておられるのはリプホルト氏の件ではなく、いかにしてもう一杯「珈琲」を注文されるかということのようでございます。


「ばかに落ち着いてるじゃないか」

 リュライア様が、親友の余裕をからかわれました。クラウ様も、無言ながらにこにこ顔で焼き菓子を召し上がっておいでです。セロンブラン嬢だけは、不安そうに隊長のご様子とわたくしの顔を見比べておられますが、隊長はいつもと変わらぬ口調で、リュライア様に答えられました。

「無論落ち着いているさ。ファルには策があるというんだからな」

 そして隊長は、わたくしに期待のこもった視線を送られました。どうやら、わたくしの策を申し上げる舞台が整った模様です。


「それでは、申し上げます。わたくしの策は――」

 わたくしは満を持して、皆様のご期待に沿うべく、切り出しました。

「今回の件が、犯罪である場合とそうでない場合の両方に備えつつ、詐欺でなければリプホルト氏の儲け話と恋を見守り、詐欺であった場合はリプホルト氏の財産を守りつつ犯人一味に罰を与える、というものでございます」


「すごい! さすがファル!」

 まだ詳細を口にせぬうちから、クラウ様が目を輝かされます。

「素晴らしいじゃないか」

 ゼルベーラ隊長は、満面の笑みで期待を表し、ついでにさり気なく片手を挙げて給仕を呼び止められました。どうやら場の興奮に乗じて、「珈琲」のお代わりを注文されるおつもりのご様子です。


 そんな皆様のご様子を眺めながら、わたくしは隊長に呼びかけました。

「ゼルベーラ隊長。この策には、隊長のご協力が不可欠でございます」

「おう」上機嫌で隊長は応じられました。わたくしは軽く身を乗り出し、隊長の目を捉えます。

「隊長は先ほど、市民の生命と財産を守るためなら何でもするぞ、とおっしゃいましたね?」

「言った」

「何でもする、とおっしゃられましたね?」

「…………い、言ったとも」

 初めて、ゼルベーラ隊長のお顔に不安のかげがよぎります。

 隊長の言質げんちを取ったわたくしは、隊長の「役割」も含めて、皆様に策のご説明を始めました。



「すごいよ、ファル!」

 わたくしが策の説明を終えるなり、クラウ様が円卓越しに抱き着かんばかりの勢いで賞賛なさいました。お隣のセロンブラン嬢も、賛嘆のまなざしをわたくしに送られます。そんな学生組のご様子を、リュライア様は七杯目の珈琲に取り掛かりつつ見守られ、ゼルベーラ隊長は……。


「……実に見事な作戦だよ、ファル。作戦そのものは、な」

 今や逃げも隠れもせず、堂々と葡萄酒の杯を傾けておられる隊長でございますが、確かにわたくしの策、飲まずには聞けぬものかと思われます――隊長にとっては。


「なるほど、この作戦ならどう転んでもリプホルト氏に実害はあるまい。犯罪だった場合は犯人どもを逮捕、少なくとも痛い目には遭わせられて、警務隊としても素直に謝意を述べたい。だがな」

 隊長は、葡萄酒の杯をひと息にあおると、空のグラスで卓をちました。

「私がそんな恥ずかしいことをする必要があるのか!?」

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