第四十二話 三城会議

軍議から二ヶ月後の年末に俺はセシルとエン殿そして禿頭衆を率いるハンターと共にノーブル殿の居城であるヒューズ城の応接間に来ていた。


同じ卓にはフルデリ城の城主イヴァン、そしてヒューズ城の城主ノーブル殿が座っていた。


ノーブル殿はいつもの様に人の良さそうな笑みを浮かべており背後には険しい顔でこちらを睨んでくるナタリーが付き従っていた。

父はカリンと武官筆頭のバルボを背後に立たせており脚を組んで自分の城かの様にくつろいでいる。


「では、そろそろ始めますかな」

ノーブル殿が席に深く座り直して俺たちに促すと俺と父は深く頷いて席に座り直した。

円卓にあるコマの置かれた絵図を木の棒で示した。

「敵の支配する村は7つ、砦が2つ、そして本城であるオーレンファイド城があります。うち一つの村はイヴァン殿の襲撃によって壊滅、廃村となった」

ノーブル殿が示した村は父上の徹底的な略奪で物資が枯渇して廃村になったらしい。敵に容赦しないのは山賊討伐から分かっていたが本当に我が父ながら恐ろしい……。

その話をされた父上は得意げに鼻を鳴らしている


「そして、本日集まっていただいたのはこの残り6つの村と2つの砦をどうするかと言うことです」

ノーブル殿の言葉にすかさず俺は声をあげる

「各村と砦の兵力はいかほどです?」

「うむ、半年前までの配置しか分からぬが各村の守備兵は30名ほど、砦には200名ずつ歩兵が詰めておりますな。加えて本城には騎兵100、歩兵100に水兵が500ですな。そこに傭兵が最大でで500名ほど加わる可能性がある」


総数は傭兵を含めて約1800か……。守備兵は一般的な歩兵より弱いので総数から差し引いても約1600人近い。

対してコチラは父上が400、ノーブル殿が600、俺が300で計1300人

守りが1600対攻め1300か……。

どう足掻いても不利だな


「数の不利は明白です。各個撃破を目指すしかありませんね」

俺の言葉に父上もノーブル殿も軽く頷いた後席を立って各々のコマを絵図に置いていく

「ワシは砦のうちの片方と三つの村を攻める。ルイはもう一方の砦と残る三つの村を攻めよ」

「私は如何しましょう?」

ノーブル殿の問いにイヴァンはピッと絵図の城を指差す。

「ノーブル殿は本城の包囲をしてくだされ」

父の回答に少々ノーブル殿はたじろいで目を泳がせる。


すると後ろに控えていたナタリーが一歩前に出てきた

「発言をお許しいただきたい。我らは600の兵がいるとは言え城に籠る倍の敵兵を攻めることは難しいかと」

「あぁ、左様だ。赤髪の女性にょしょうよ。だが、我らが砦を攻めている間に城から救援が出てきては不味い。各個撃破のためにも城を包囲して敵軍を外に出さぬ様にしてくだされば良い。何もノーブル殿の兵で城を落とせと言いたいわけではないのだ」

父上の説明にナタリーはフンッと鼻から息をはくと胡乱げな目でこちらを見ていた


「上手い汁だけそちらが吸おうと言うのではあるまいな」

「これっ!ナタリーやめよ!キャラハン家の方々は私達を助けるために救援を下さったのだ。その様な物言いは……」

「いいえ、先に助けたのは我らです。借金を返す債務者に何を媚びへつらうことがありましょうか!」

ノーブル殿が慌てて静止しようとするがナタリーは主君に食い下がって俺たちを睨みつける

それに対して父はやれやれと言った様子でため息をついた

「債務者とは手厳しい事を仰せになる。だがな、ワシらの勢力で城を囲むことは出来んのよ」

「それはなぜだ」

父の周りくどい言い様にナタリーの眉間に皺がよる


「なぜならワシらはこの辺りの地理に詳しくなく抜け道などを見つけられぬ。蜘蛛の子一匹出さぬ包囲を作ることが可能なのは土地勘のある貴殿らの軍だけだ」

父の言葉にナタリーは少し腕を組みチッと舌打ちをしてノーブル殿の後ろへと戻った。

「いやぁ、うちの武官が申し訳ありませんなぁ…。ハハハ……。」

「いえいえ、構いませぬよ。戦場で意見の齟齬そごが生じるぐらいなら今ここでぶつかっておいた方が良いのでな」


父はなんでもない様に手を振ると俺に向き直った。

「ルイ、お前もこれで良いか」

俺は承諾以外はありえないと言う様に事務手続きの様に俺に確認してくる。勝手にエン殿と交渉した一件以来父はどこか俺に対して冷たかった。


俺は振り返って家臣達を見る

エン殿は「どうぞ」とでも言う様に肩をすくめて頷き、ハンターとセシルは直立不動で動かなかった

その様子を確認した俺は父に向き直って頷いた

「よし、これで作戦は立ったな。それと、リュー・エン」

「はいはい、なんでしょう」

エン殿の軽い返答に父は片眉をピクリと動かしたが怪訝そうに息を吐いて言葉を続けた

「貴様のキュエル城からも兵を出してもらう。私はまだ貴様らを盟友とは認めておらぬ。此度の戦働きをもって正式な盟友とする。価値を示せよ」

「うーん、部下はあんまり巻き込みたくはないんだけどねぇ。まぁ出来る限りで頑張りまーす」

エン殿の態度に父の眉間に血管が見え始めたので俺は手を少し動かしてセシルとハンターに指示を出し、エン殿を強制的に退出させた


「父上、必ず兵は出させます故、此度の態度は平にご容赦ください」

俺の言葉に父は席に座り直した

「貴様も仲介者ヅラをしているが当事者だ」

あ、あぁ。デスヨネ。スミマセン

「ルイには軍令無視の罰として今年の収穫の4分の1を我が城に納める事を命ずる」

よ、4分の1か……。税収は増えているとは言えその出費は痛い。だが、俺が自分勝手にし続けては他の武官達の不満も溜まるだろう。ここは言う通りにしておくべきか…。

「ハハッ、承知いたしました」


「うむ、では作戦の決行は来年の年明けでよろしいかノーブル殿」

「えぇ、構いませぬよ」

その返事を聞くと父上は大きく息を吸ってカリンとバルボを連れて大股に部屋を後にした




後に一人残された俺の元へノーブル殿が歩み寄ってきた

「あまりお気になさるな。あぁ見えてもイヴァン殿は父子として接するべきか主従として接するべきか悩んでおられるのだ」

ノーブル殿の励ましもよく理解はできる事だったがそれでもこの世界でいつも俺を肯定してくれていた父からあの一件以来冷たく扱われることに対してはおもうところがないわけではない。


一抹の寂しさと自身の正しさを信じる反発心を持って俺もノーブル殿に感謝を述べて部屋を後にした

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