第五話 決断

「まさか援軍の要請に来たのに、縁談の話が舞い込んでくるとはなぁ」

俺が椅子の背に体をもたれて頭を抱えているとハンターが目の前の椅子に座った


「しかし、この縁談断るという手は無いのでは?兵を100人貸された所で合戦に勝つのは至難の業。それに保証はいらないと言っていたが100人ではどうせ足りないと看破しているから縁談の話も追加で出して来たのだろう。あの男は見かけによらず策士だぞ」


自分でもわかってはいるんだ縁談を受け入れる以外に手は無いということは

だが、前世の日本ではお見合い文化も廃れて自由恋愛が主流だった。だから相手の顔も見ずに結婚というのは抵抗感があるのだ

「ハンター、ついて来てくれ。少し気分転換に街を見てこよう。セシルは荷物の見張りと馬の様子を見て来てくれ」

「承知しました」

セシルの返事を聞いて俺はハンターを連れて港町へ繰り出した


港町には珍妙な物品が多く、露店も多い。反物や食料、家畜、果ては人まで売っている。まぁ、人と言っても職業斡旋の側面が強いようで奴隷市のような雰囲気では無い。

そうしてキョロキョロと辺りを見回しながら歩いているとドンっと正面から歩いて来た者とぶつかってしまい、相手は尻餅をついて倒れ込んでしまった


「も、申し訳ない!お怪我はないか」

俺が慌てて手を出した先には俺より一回り背丈が大きく見える美しい白銀の髪をした女性が座り込んでいた

女性は声をかけられた方を手で探るようにして俺の手に触れた

しかし、掴むでもなく俺の手の形を確かめるようにペタペタと触るばかりだ


「まさか、目が見えないのですか?」

俺が女性に問いかけると女性が答える前に妙齢の女性が群衆の中から走ってくるのが見えた

「姫様!ご無事ですか!」

姫様?こんな所で姫と呼ばれる女性は支配者の娘のみだ

ということは、この女性が例の……。


「下郎め!この方をどなたと心得ますか!ベートン家が次男ノーブル様の姫君でございますよ!」

妙齢の女性は倒れ込んだ女性を支えて身を起こしながら俺たちに向かった怒鳴りつけた

「あんたこそ、こちらの方を誰と心得る!この方は……『ハンター、控えろ』……ハッ」

俺がハンターを静かにさせて姫と呼ばれた女性の前に跪いてその手を取った


「先ほどは失礼いたしました。私、隣接する領地を有するイヴァン・キャラハンが嫡子ルイでございます」

俺が手を取ったことに驚いていた女性も状況がわかったのかホッと息を吐いた

「いえ、私が前をよく見れぬのが良くないのです。久方ぶりの外出についはしゃいでしまいました」

女性は鈴のような声で詩を吟じるように謝罪を述べて俺の手を取って引き上げ、俺を立たせて俺の腰のあたりのほこりを払うように優しく叩いた


ただ、目がよく見えていないせいか俺の肘のあたりをパンパンと叩いていた

「あら?思ったより小柄な方なのね。おいくつなのかしら」

「少し前に14になったばかりでございます」

「そうだったのですか、礼儀のしっかりとした方でしたのでつい年上の方かと思っておりました。名のある方でしたら父の館でまた会えましょう?次会う時はまたゆるりと」

そういうと、彼女はコロコロと笑い妙齢の女性の手を探り当てて引っ張って行ってしまった


「姫ってことはあの方が若様の奥方になる方ですかな?」

ハンターは面白いものを見るように俺の顔を覗き込んだ

「まぁ、若様の様子を見るに心は決まったようですがね」

俺がバッとハンターの顔を見ると奴は両手で自身の耳たぶを触ってみせた

慌てて自分の耳たぶを触るととても熱くなっていた

これでは外から見ても随分と赤くなっているに違いない。しかし、彼のいうとおり俺はすっかりあの二つ上の女性に惚れ込んでしまった


俺がのぼせ顔で館に戻るとセシルにも何かあったのかと指摘されてしまった

ハンターがニヤニヤとしながらセシルにもことの顛末を述べるとセシルも嬉しそうにニコニコとしていた


そうして夕食はノーブル殿に招待されて共に食べることになった

近習は厨房で食べるのが礼儀らしく、セシルとハンターとは別れて俺は一人で食堂へ向かった


食堂に着くとノーブル殿が座っており対面に俺が座ることとなった

「やぁ、ルイ殿!娘から聞いたぞ!既に街で会ったそうではないか!これも運命というものかもしれんな!」

そういうと嬉しそうに笑ってワインをあおった。そうして話していると彼の召使が彼に近寄り、二、三何かを耳打ちすると下がって行った


俺が訝しげに彼を見ていると彼は手をパンパンと叩いた

すると美しいドレスを来た女性が現れた。よく見ると昼に見た姫と呼ばれていた女性だった。しかし、顔は頬は真っ赤に染まっており俯いていた


「ど、どうなされたのです?そのように俯いて」

俺が女性に向けて問うとノーブル殿が愉快そうに笑った

「我が娘エリーは其方が婚約相手になるやもしれないということを知らなかったのだ。それで昼にはしゃいでいるのを見られたことを恥ずかしがっておるのだよ」

ノーブル殿がそう説明するとエリーはより一層顔を赤くして俯いてしまった


そして召使に手を引かれながら俺の横にやって来た

「あ、あの。その、決して昼にご覧になったような粗暴な女ではないのです。ほ、本来はこのようでして……。」

頭から湯気でも出そうな程に顔を真っ赤に染めており今にもパンクしそうだ

だが、そんな様も愛おしく思わず彼女の手を取った

「ご安心召されませ、私は少々元気な女性の方が魅力的に思います」

そう伝えると彼女は節目がちに顔ををあげて俺の真意を伺うようにこちらへと顔を向けてた。


俺たちの様子を見ていたノーブル殿は嬉しそうに笑って声を上げた

「実に似合いだ!どうであろう。ルイ殿、ここで決断なさっては」

く、このたぬき親父め。俺がこの雰囲気では断れないことも見越した上で声をかけて来やがった。まぁ、俺は断る気などないが……。


「そうですな、承知しました。昼の縁談のお話是非ともお受けしたくございます」

俺が頭を下げるとノーブル殿は我が世の春とばかりに呵呵大笑した

「では、これよりは其方は我が義子ということになるな!私のことも義父と呼んでくれて構わぬぞ!ハッハッハ」


彼の笑い声を尻目に俺は頬を桜色に染めるエリーの顔をそっと覗き込んでいた。彼女の瞼は閉じているがそれでも彼女と見つめあっているのだと感じないわけにはいかなかった

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