遥かな時の彼方から

ちびジュニア

終わり・・・そして新たなるはじまり 1

暗闇の中からじっとこちらを見据える眼差し。姿は全く見えないが金色と銀色の目だけがはっきりと俺の目を捉えている。凄く眩いはずの目はとても澄んでいて目を逸らさずにはいられない。恐らく時間にしたら数秒。だけど俺には永遠に続くのではないかと思わせる程に長い時間を対峙しているように感じた。




 周囲は見るも無惨な最悪な状況の中、死を待つしかない俺は凄く冷静だったと思う。




「何で俺を見てるの?」




 そう問い掛けた俺の頭の中にふいに声が響いた。






「ようやく見付けた。」






 その言葉を耳にしたのを最後に俺は完全に意識を失い、そのまま帰らぬ身となった。




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「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ。」




 ここは一体どこだろう?




 鬱蒼とした森の中を行く当ても無くひたすらに俺は前に走り続ける。振り返る余裕なんてない。走り始めてどれだけの時間が経っているのか、どれくらいの距離を走ったかもわからない。夜の闇が森の中で濃密さを増し、視界はほとんどゼロ。湿った土の匂いと、ざわめく葉音がまるで鼓膜を塞ぐかのように耳に響く。背丈ほどもある草花は鋭い棘を持ち、かき分けるたびに腕に痛みを走らせる。そうしているうちに本来は体力も集中力も限界のさなか、ただ気力だけで走り続けてきたため俺は急に目の前に出てきた出っ張った木の幹に気付けずに足元をとられそのまま転がり込んでしまった。もう体は動かない。俺は地面に倒れ込んだまま、荒い息が耳元でこだまする。冷たい汗が背中を伝い、心臓は今にも破裂しそうだった。




 周囲は相変わらず暗い闇のような森の中、生い茂る木々や草以外は何も見当たらない。空からは月が地上に光を与えてくれているはずだがそれもここまで届かない。




 そんな真っ暗な中で周囲から獣なのか魔物なのか姿は見えないが狙われている気配がする。恐らくは群れを成した複数の獣の気配に加え、さらに遠くから間違いなく殺気をまき散らしつつもどこにいるのか気配を全く感じさせない何かが確実に近づいてきている。




 もう俺は身体を動かすことも出来ない。だけど、






「約束したんだ。約束を果たすまではまだ死ぬことは出来ない。」






 そうやって自分を奮い立たせる。




 だがすでに色んな意味で限界の中、周囲を取り囲まれてさらにじり貧になりつつある状況から何とか動こうと必死になりすぎて周囲への注意が疎かになっていたことに気付いた。




 不意にすぐ近くでビリビリとした肌に刺さるような緊張感が漂い、全身からそれこそ体中の水分が汗になって噴き出ているような気がする。






「グルゥゥゥゥゥ」






 それは唸るように威嚇しながら確実にこちらに接近してくる。






 ドォーン


 遠くにいるはずなのに壮大な足音が響く。




 ドォーン


 一歩一歩確実にこちらに迫って来る。






「これ足音・・・?」






 まさにこれまで聞いたこともないような巨大な生き物らしい足音が一歩つづしっかりと耳に入ってくる。






 そして足音がするたびに「ぐしゃり、ぐしゃり」と地面を踏み潰している。しっかりとした殺意は感じつつも、足音を聞きながら俺はいつしか全く恐怖感が無くなっていた。






「くそっ、身体がもっと言うことをを聞けば、、、」






 ここで力尽きるわけにはいかない。




 いつの間にか周囲にいたであろう獣の気配が全くない。恐らくこれから出会うであろうやつのせいで巻き添えをくらわないように姿をくらましたのだろう。そんなやつの姿を目にするためにひたすら前を見つめていると、ふいに足音が止まった。それから時間にして数秒だろうか。






「グオオオオオオオオオオオオオオオ」






 まさに咆哮だ。地面は震え、周囲の木々をなぎ倒さんとばかりの風が吹き荒れ思わず反射的に目を閉じる。






 目を開けると、頭上の木々がまるで引き裂かれたように消えていた。これまで夜の闇の中だった場所には月の光が差し込み、その中からゆっくりと獣が姿を現す。まるで闇そのものが形を成したようなその姿に、俺は息を呑んだ。






「はぁ、、、、、。」






 その姿は、見たこともない巨大な熊に似ている。しかし背には巨大な翼があり、竜の威厳のような空気を漂わせる。光沢のある毛は月明かりに照らされ、闇に溶け込むかのようなパープルとブラックの毛並が交じり合い、妖しい輝きを放っていた。体調は5メートル?いや、もっとあるだろうか。切れ長で血走った紫の眼球がこちらに視線を向けて離さない。


 月の光に照らされ、普段なら神々しささえ感じられるであろう光沢のある毛は輝いていながら激しく逆立っていたり、血がついていたりと生々しく、目の前の魔獣は現実だと認識させてくる。


 まだ新しく見える傷や、矢がささったり槍がささったりしているのはここにくるまでに何かしらの人間と対峙した際に受けたものなのか、それとも別のところで受けた傷なのか判別は出来ないが、頭に血が昇っているのか怒りにまみれ、充血した目でこちらを睨みつけている。




 そんな絶対絶命の状況の中




「ばさっ、ばさっ」




 魔獣が翼を広げた。ただそれだけの動作なのに更地になった地面に吹き荒れた突風により、すでに動けなくなっていた俺の身体はそのまま飛ばされてしまう。






「まだ死ぬことは出来ない」






 頭の中ではそう思いながらも意識とは裏腹に、突風によって地面に打ち付けられた俺の全身はさらに悲鳴をあげている。




 そんなことはつゆ知らず魔獣は翼を広げたまま立ち上がりこちらに向かってくるが、俺はもう限界だった。すでに俺の身体は痛みも感じず、うっすらと目をあけることくらいしか出来ない。そうして目の前にくる魔獣を見つめながら、






「約束したのに守れなくてごめんなさい」






 そう思ったと同時に俺の意識はまた途切れたのだった。




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 それからどうやら10日経ったらしい。ずっと悪夢を彷徨っていた気がする。いつも同じ夢。




 ゴオォォォォォォォォ


 ガタガタガタガタ、、、、、


 ビュン、ドン、バキバキツ、、、




「ここにいる奴らは全員見つけ出して殺せ」


「おおお」




 飛んでくる火矢、扉を壊す音




「キャー」


「うわー、助けて!」


「ぎゃはははは」


「ほら、そっちは行き止まりだぞ」


「まだ死にたくないよー」


「うわぁぁぁぁん」


「どけっ」


「それをこっちに寄越せ」、




「ぼきっ」、「ぐしゃ」


「あーもう死んじゃったじゃねーか。」


「お前ら、遊んでないでさっさと片付けろ」




 さっきまで叫んでた人が目の前で目を見開いてこっちに倒れてきたまま動かない。人が目の前で殺されたという現実を理解できない。




「片付けろ?」




 俺は竈の中で布をかぶり息を殺して目の前を見つめていた。




「人を殺すのに片付けるって何だ?」




 目の前の凄惨な状況。泣き叫ぶ悲鳴、命乞い、そして助からないとわかってるのに飛び交う罵声や暴言。全然こいつらの言ってることが理解出来ない。人の命は物のように軽く扱う目の前の奴ら。




「おい」


「見付けたか?」


「いや、こっちでは見てない」


「探せ!何のためにこんなところまで来たと思ってるんだ!」


「早くガキを探せ!」




 ガキとは誰のことだ?




 そんなことを考えているとこっちに二人組が近付いてくる。一人は鎧を身に着け、もう一人も軽微や鎧を着ていたが兜はつけていない。




「さっさとガキを見つけて始末しろ!」


「うるせーぞ。お前らだって探せよ」


「ところで確認だが、ちゃんと報酬はこちらの希望通り貰えるんだろうな?」


「・・・」


「知らん。お前たちの報酬の内容などこちらは聞かされていない。」


「ただ・・・」


「んあ?」




 ふと鎧を身に着けている兵士らしき男がこちらに向かって歩いてくる。






 夢の中で俺はそのときもう




「あぁ、俺はここで終わるんだな。」




 と半ば諦めかけていた。






「この中は見たか?」


「いや、見てない」






 兵士に追いついたもう傭兵のような男が俺の被っている布に気付いて近寄ってくる。






「もうダメか」




 そう思ったとき、ふいに頭の中に声がする




「諦めるなよ。まだまだいけるだろ?」




 あのときそう問いかけてきた一瞬記憶を掠めたあの後ろ姿は一体誰だったんだろう?


 どこか愛しさを感じる聞き覚えのある声。思う出そうとしても思い出せない。




 いつもならここで目の前が暗くなるのだが、






「・・・・っつーーーー、いてぇ。」






 全身が痛いし頭もぼーっとするし、夢・・・?






「おぉ。目が覚めたか。」






 目の前にいるのは明らかにおかしな風貌の男の人。いや、男?訝し気に観察していると向こうが近寄ってくる。




「お前さんは10日も寝ていたんだが、その目を見る限りもう心配はなさそうだな。」




「・・・・・」




 とりあえず得体は知れないがそれはお互い様だろう。ただ、俺を助けてくれたらしい。そのことに感謝しつつふと視線を動かすと俺は自分が寝具に寝かされているのに気付いた。




「どれ。熱もだいぶ下がったようだし、傷も治してやったが身体が元に戻るには時間もかかる。もうしばらくは安静にしておけ。」




「あんたが俺を助けてくれたの?」




「まぁ、そうだな。」




「ありがとうございます。」




 とりあえず素直に御礼を言う。御礼は大事。挨拶も大事。






「なに、成り行きだ。ほらこれを飲め。」




 とそこに差し出されたのはコップに入ったなにやら怪しげな色と鼻がもげそうな激臭を放つ液体だった。






「・・・これ何?」




「見りゃわかるだろ?薬だよ。」






 薬?こんな怪しげな色をした液体が?見るからに口にするのをためらいたくなるが、身体が動かせない今は信じて口にするしかない状況だしなぁ。そもそも俺が普段作っていた薬と全然色も臭いも違う。


 恐る恐る鼻をつまみながら口に入れるが思ったよりもドロドロ?トロトロ?していてなかなか喉を通らないし口の中の激臭がたまらない。






「おえっ」






 俺は耐え切れず思わずコップに吐き戻してしまった。






「寝てる時の方が大人しく飲んでくれてたな。はっはっはっ。」




「え?そうなの?」




「そうだ。これでも水で薄めているから最初はもっと酷い味と臭いだったはずだがな。だけどお前の怪我は薄めないで飲まないと間違いなく治らなかった。使う機会なんて無いと思ってたがとっておいたのが役にたってなによりだ。」






 ありえない・・・色々とありえない。なんだこの薬?それに俺そんなに酷い状態だったのか・・・?とりあえずそんなに良い薬なんてこれからどうやって返したら良いんだろ。。




「礼ならいらん。」




 俺の気持ちを見透かしたようにそう告げてくる。




「とりあえず今はそれをちゃんと飲め。他のことは身体が動くようになってからだ。」




 何か負けた気がして悔しいし癪だし、乱暴に吐き出したものをもう一度口に入れる。






「うぅ・・・・」






 不味い。凄まじく不味い。味として表現するならそれ以外の言葉は無い。しかもただ不味いだけじゃない。ほんとに激しく不味い。だけど、何故かそのときこの薬に興味が湧いたのも事実。そんな好奇心もありようやく全てを飲み込み終えた。






「お水下さい。」






 とりあえず口の中をリセットさせたい気持ちもあったがずっと寝ていたせいか喉が凄く渇いていたし、世話をしてもらっている身でもあるため遠慮がちに俺は声をかけると、目の前の人物は無言で立ち上がりすぐに水を差し出してくれた、そして俺は水を口にして安堵する。






「ありがとうございます。」






「良いよい。それより、もうひと眠りしておけ。目が覚めたら今よりもっと回復しているはずだ。水も置いておくから目が覚めたら飲んだらいい。」




 すっと俺の額に手を当てる。そうするとひんやりとした手の感触がありつつ内側から何とも言えない温もりを感じ俺はそのまま瞼を閉じることになった。

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