第40話 皮を被った獣
臆病で考えなし。他人に全てを任せて逃げていた愚かな人間。
ルイシーナはそんな自分を変えることにした。まずは今まで手を出したことがなかった家業を把握することと、煌女としての活動を管理することから始めた。カルロスはルイシーナが勉強したいと言うと快く許可を出してくれたが、ドロテオにするように教師をつけてくれることはなかった。仕方がなく、ルイシーナは書斎を漁って資料を読み、気になったところを侍従長に質問するという方法で勉強することにした。
ドロテオはと言うと、憎いことに表面上はいつも通りの善き弟だった。しかしルイシーナの傍に誰もいないと腰を抱いたり肩を抱いたり、いやらしい手つきで身体を撫でてきた。
だからルイシーナは常にモニカを侍らせ、極力一人になることを避けて生活していた。もちろん寝る時間になってもだ。
モニカに無理を言って、毎晩隣で寝てもらうようお願いしている。モニカは快く引き受けてくれ、「お嬢様と寝られるなんて嬉しいです!」と喜んでさえくれた。
ルイシーナは傍にモニカがいれば何事も起きようはずがないと思っていた。
しかしその考えは甘かった。
カルロスの帰りが遅かった、ある晩のこと。そろそろ寝ようとモニカと共に寝台に上がると、ノックもしないでドロテオが部屋に入って来た。
突然の登場にルイシーナとモニカは言葉を無くした。
「使用人は出ていけ」
ドロテオは低い声を出したが、モニカは臆さず首を振った。
「主人の命令が聞けない奴は辞めさせてやる」
思わず言い返そうと口を開いたモニカの手を握って首を振る。モニカが言い返せばドロテオが揚げ足を取るはずだからだ。
「モニカはわたくしの命令で此処にいるのです。辞めさせはしませんよ」
「これからの態度をよく考えろと言ったのに忘れたのか? そんな態度では貴方もクロエも、その女もどうなるか分からないよ」
「貴方はまだわたくしを脅すのね。わたくしがお父様の許可を得て家業も煌女としての活動も勉強しているのは知っているでしょう? どちらも手に付けられれば、かえっていらなくなるのは貴方なのよ」
「学んだところで、貴方は根本的に俗世に向いていないんだよ。アディ姉さんみたいに野心があるわけじゃない。僕みたいに猫を被って人を騙すこともできない。貴方は椅子に座って人が来るのを待つことしかできない煌女様で、屋敷の中で過ごすことしかできないお姫様なんだよ」
ふ、とルイシーナは口元に笑みを浮かべた。ドロテオが怪訝な顔をする。
「貴方はわたくしのことを何も分かっていないのね」
ルイシーナはすでに椅子に座って成り行きを見ているだけの煌女ではなく、屋敷の外に出たことのない姫でもなかった。ドロテオは、ルイシーナがこの三、四カ月の間で様々なことを経験したことを知らないのだ。
「僕は! 貴方のことなら何でも知っているぞルイシーナ! 僕の知らない貴方がいるなんてあり得ない!」
怒号を響かせる姿はカルロスそっくりで、一瞬ルイシーナをひるませた。しかしルイシーナはぐっと腹に力を入れて足を立てると、ベッドの上でドロテオを見下ろして言った。
「諦めなさいドロテオ。わたくしの全てを知らない貴方がわたくしを手に入れられるわけがないのよ」
「いいや! 貴方は僕のものになる! 絶対に! それも近いうちに!」
「何を騒いでいるの!?」
扉を開けてクロエが現れた。どうやらカルロス顔負けのドロテオの怒号は部屋の外まで響いていたようだ。
クロエの登場で意気消沈したドロテオは舌打ちをして早々に部屋を出ていった。さすがにクロエの前では怪物になれないらしい。
力の抜けたルイシーナが座り込むと、モニカは身体を抱いてくれた。
「格好良かったですお嬢様!」
ルイシーナは笑顔で応え、モニカの背を撫でながらドロテオが最後に言った言葉を反芻していた。
近いうちに、とはどういうことだろうか。ドロテオにはすでに自分を手に入れる計画があるというのだろうか。もしドロテオに何らかの計画があるのならば、阻止しなければならなかった。
それから三日が経って、ルイシーナはドロテオが狙っていたものが何だったのか知ることになる。
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