第30話 穢れを持った悪人 3
長い話が終わって沈黙が降りた。
あまりにたくさんのことを知ったルイシーナは胸が詰まって言葉が出てこなくなっていた。けれどもこんなに真剣な話をしてくれたのにただ黙っているわけにもいかず、何とか言葉を探して口を開いた。
「……わたくし、貴方にどんな言葉をかけて良いのか分からない。けれど、貴方がこうして生きていてくれてとても良かったと思っているわ」
「また正しい答えを探しているのか?」
口の端を上げるだけの揶揄うような笑みだった。
「だって、変なことを言って怒らせたくないもの」
「怒らせてくれて良いのに。尤も、君が僕に怒ることはあっても僕が君に怒ることなんてないだろうけれど」
「!」
腰を抱かれて持ち上げられたと思うと、ベルナルドの腹の上に乗っていた。ベルナルドは驚いて目を瞬いているルイシーナの髪を弄びながら続ける。
「万一怒ってしまったらすぐに謝るよ。恐がらせてごめんね、臆病なルイシーナって」
髪に唇を落とし、挑戦的な瞳で見上げてくる。
狡い手を使おうとしているのだろう。
「わたくしを揶揄って遊んで空気を変えようとしているの?」
図星だったらしく、ベルナルドは分かりやすく肩を落とした。
「君がにこりともせず真剣な顔をしているから。こんな話をしたのは僕だけれど、僕は、君にはいつも幸せな気持ちでいて欲しいと思っているんだ。難しいことなんか考えずに。いつも笑っていてほしいと思っているんだ」
「わたくしも、貴方と同じ気持ちよ」
灰青色の目が大きく見開かれる。
「本当に?」
少しだけ勇気を出しても良いだろうか。
ルイシーナは震える唇を開いた。
「わたくしも、いつも貴方には笑っていてほしいと思っているの。だって、わ、わたくしは貴方のことを……あ、愛し……」
ふっとベルナルドの顔が近付いたと思うと、唇に柔らかいものが当たった。
目を瞬いた。今のは何だろう。幻覚だろうか。
「ごめん。言い終わるまで待てなかった。もう一回言って」
甘くとろけた顔でお願いされて、真面目なルイシーナは期待に応えるためにもう一度言おうとした。
「愛して……んっ」
頭ごと大きな手に包み込まれ、強く唇が押し当てられた。
今度ははっきり感覚が分かった。
耳朶を「口を開けて」と熱い吐息が叩く。抗えずに口を開けると深く口付けられた。
溶けてしまいそうだった。いいや。このまま溶けて一つになりたかった。お互いに甘美な蜜をなめあって、頭が痺れる程の激情を感じ続けていたかった。
唇が離れていく感覚が名残惜しい。
しばらく熱い眼差しを交わしていたけれど、ベルナルドはふと我に返った様子でそろそろ戻ろうかとルイシーナを解放した。
まだ夜は明けていないけれど、時期に東の空が白み始めるだろう。そうなってから帰るのはさすがにまずい。
ルイシーナも同意して、二人は帰路についた。
屋敷まで戻って来るとベルナルドはルイシーナをおぶってロープを登り、部屋まで戻してくれた。
「また明日」
別れの挨拶をされて、先ほどまで感じていたぬくもりが急に恋しくなった。ここで別れたら次にいつ会えるか分からない。そう思ったら、手がベルナルドの服を掴んでいた。
「また会いに来るよ」
またっていつだろう。ベルナルドがここに居る限り、次の機会はある。しかしルイシーナはここでベルナルドを帰したくないと思った。狡いことをするなら、悪いことをするなら今だと思った。
「わたくしをおぶって疲れたでしょう。部屋で少し休んでいってちょうだい」
「ダメだ。今部屋に入ったら、僕はけだものになって君を貪り食ってしまうぞ」
恐い顔をして、ベルナルドは脅したつもりだったのだろう。臆病なルイシーナが恐がって拒否してくれれば良いと思って、そんなことを言ったのだ。けれどルイシーナは怖気づかなかった。
「いいの。……いい、から」
服を引っ張ったら激しく唇を奪われた。
そうして砕けて折れた足を掬い上げられ、二人でベッドに傾れこんだ。
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