第13話

 馬車に再び乗り込んだ一行だったが、アシュトンは馬車が動き出すと直ぐにエリッタとダダルに詫びた。


「悪かった。メリンダはどうも女性を敵視しがちでね」


 エリッタの方は肩を上げて「そりゃアシュトンの許嫁なら仕方ないわ。ライバルだらけで気が抜けないもの」と意に介さない。どこか残念そうなアシュトンを横目に続ける。


「それに、私たちも自己紹介しなかったからお互い様よ」


 同意を求めるようにダダルを見れば、ダダルも無表情のまま頷いた。


「許嫁と言っても親が酔って決めたものだから──」


「王子だというのに歯切れが悪い。アシュトンは逃げたがってるんだよ。まぁ、わかるだろ? あの調子じゃ先が思いやられるからさ。残念ながら王家ってのは金髪碧眼を代々守ってきているから、中身より見た目重視。メリンダは条件にピッタリなんだ」


 確かにメリンダもアシュトンも金髪碧眼だ。そしてサディアスも。


「それならサディアスも同じじゃない。サディアスが女性なら二人は結婚していたかもしれないのね」


 ふぅと息を吐き出したアシュトンが「髪も目も何色でも構わない。エリッタの赤毛は美しいし、なんならダダルの褐色の肌も悪くない。しきたりなどに縛られるのは嫌でしかたない」と、愚痴を言う。


「あら、私はその目の色が好きだけど。晴れ渡った空の色だもの。私たちの目の色は夕焼けかしら。一日が終わる頃よ」


 向かいに座るダダルの目を熱心に見つめ、色を観察するエリッタに、ダダルはプイッと横を向いてしまった。サディアスはアシュトンとダダルの反応を見ながら、口元を揺らす。楽しいものを見たと言わんばかりに目が笑っていた。


「俺もどっちでも構わないと思う。ただ、因みに俺がアシュトンの従者なのはこの見た目のお陰だ。似てるだろ? 敵に襲われた時に少しでも敵の目を誤魔化せるように似たやつを近くに置くんだ」


 サディアスの説明にダダルが興味を示して、サディアスへと顔を向けた。


「なるほど。貴族に金髪碧眼が多い謎が解けた。そういうことなら確かに妻を娶る時、今の条件のほうがいいだろうな」


 エリッタも「そうね。理にかなっているわ。でも、自由がなくて私なら嫌かも。アシュトンの言う王族であることのデメリットはこの辺かしら?」とアシュトンに問いかけた。


「そうだな。妻は自分で決めたいと思っている」


 そう答えたアシュトンにエリッタ以外は言葉以上の意味を汲み取っていたが、エリッタだけは呑気に「わかるわ」と返していた。


「あ、そうだわ。チョコレートのお礼をしなきゃ! と言っても、高価なものは用意できないけど……何がいいかしら」


 これにアシュトンが答えるより前にサディアスが飛びついた。


「トリオクロン! トリオクロンの中を見させてくれないか? 外部の者は招きがないと入れないらしいじゃないか」


「あー……」


 エリッタはダダルの顔色をうかがう。ダダルは「単なる小さな町だ。面白いものはない」と遠回しに断る素振りをみせた。


「それでも見てみたいと思うのが人間の性だろ? 入れないと知れば、入ってみたいと思うんだ」


 尚も食い下がるサディアスにエリッタが「あなた達二人だけなら良いわよ。他のお供の方はご遠慮してくださればね」と許すから、ダダルはエリッタを睨む。


「えっと……、ダダルが私を睨むのには理由があってね。外部から人を入れるのは本当に慎重なの。それにトリオクロン内で見聞きしたことは外部に漏らさないという誓いを立ててもらわないとならないわ。それでもいい?」


 エリッタの説明にアシュトンが首を捻る。


「単なる町だと言う割には厳重なのだな」


「決まりがあり、それを守ってきたからこそ『単なる町』として存続できている。周りの村々は姿を消したり、あるいはマトリク王国に吸収されたりしたといいことだ」


 なるほどと納得したアシュトンが「では、招いてくれるか? 誓いを立てるし、君たちのやり方に従うから」と、約束した。


 エリッタはダダルの出方をうかがって返事をせず、ダダルの方は眉間に皺を寄せてため息を吐くと全員の空気に負けて承諾した。


「一応、長老に意見を聞くが……長老はエリッタの決定を尊重するからいいと言うだろう」


「そうね! 外から人を招くなんて久しぶりだわ! 時々、結婚して入るものはいるのだけど、それだって……何年前かしら?」


 はしゃぐエリッタをダダルがたしなめる。


「落ち着いてくれ。まだあまり顔色が良くないというのに」


「楽しいことが待ってると思うと元気が湧いてくるじゃない。あ、でも大したおもてなしは出来ないわ。トリオクロンは町レベルだもの」


 とびきりの笑顔を向けられたアシュトンの手がうずいていることにサディアスは気がついて、顔をニヤつかせていた。きっとエリッタに触れたかったのだ。もしサディアスがエリッタにあの笑顔を向けられていたら、反射的にキスをしたか、頬に触れたりしていただろう。アシュトンもそうしたかったに違いない。


「あっと……そんなことは気にしなくていい。本当に君たちのやり方で招いてくれたらいい」


 言い淀むも、しっかり答えたアシュトンにサディアスは笑いを噛み殺さなければならなかった。

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