第12話

 馬車に乗った時に自然とエリッタの横にアシュトンが座り、向い合せの席にサディアスとダダルが並ぶ。ダダルは何か言いたいことがありそうな雰囲気だったが、チョコレート店に着くまで口を開くことはなかった。


「ありがとう、アシュトン」


 馬車を降りる時、アシュトンから手を差し伸べられたエリッタは礼を言った。努めて元気に振る舞っているのは全員わかっていた。それでも顔色の悪さは隠せていない。店に行きたいと希望したエリッタの意向をくんで、結局揃って店へと入っていく。


 こじんまりした真新しい店はカウンターがあり、そこに宝石のようにツルツルで四角く切られたチョコレートが並ぶ。カウンターの向こう側には中年の店主がおり、注文を受けては紙でチョコレートを包んでいく。


「見た目はそれほど惹かれないな」


 サディアスがチョコレートをしげしげと眺めながら言った。茶色の塊は照りがある。それが美味しそうかと問われればなんとも答えようがない。焼く前のクッキー生地が茶色く変色して固まっているようだ。


 店内に居た女性客たちにはアシュトンのほうがよっぽど美味しそうに見えているに違いない。視線はアシュトンに釘付けだ。当のアシュトン本人は視線を注がれることに慣れていてまるで気にする素振りはない。


「でも美味しいと評判なのでしょう? 食べてみたいわ」


 試してみたそうなエリッタの言葉に後押しされて、サディアスはとりあえず人数分のチョコレートを注文した。店主はそそくさと言われた分を包んでよこし、四人は店の端で包みを開けた。


「はい、取った取った」


 サディアスに促されエリッタはチョコレートを手に取った。


「いただきます」


 臆することなく口に放り込んでもぐもぐと口を動かしていく。ひと噛みするごとにエリッタの目が見開かれていった。そして最後にゴクリと飲み込むと満面の笑みで自分の頬を押さえた。


「頬が落ちてない? 大丈夫? 美味しすぎてどうしようかと思ったわ!」


 後からチョコレートを手にした三人のうち、ダダルが続いてチョコレートを食べ、それにサディアスも続いた。


「確かに美味いな」


 ダダルは飲み込んでから直ぐに美味しいことを認め、サディアスも「こりゃ、評判になるのも納得だ」と頷いた。


 アシュトンだけはチョコレートを自分の口には入れず、エリッタの口へと持っていった。


「もう一つ食べると良い。顔色がまだ良くないから」


 口に近づけられたチョコレートにエリッタの目は寄ってしまっていたが、最終的には口を開いてアシュトンにチョコレートを入れてもらっていた。再び天にも昇りそうな恍惚とした表情を浮かべて飲み込んだ。


「本当に美味しい! ありがとう、アシュトン」


 アシュトンが返事をしようと口を開きかけると、店のドアが開いて鼻にかけた声が響く。


「アシュトン様!」


 一斉に声の主の方へと顔を向けた。パタパタと女がアシュトン目掛けて駆けてきて、アシュトンに腰を落として挨拶をした。


「このようなところでお会いできるなんて、運命がそうさせるのですね」


 歯が浮くようなセリフにエリッタが「ワォ」と呟き、後ろからダダルに小突かれた。


「ああ、メリンダ……」


 アシュトンは先ほどとは打って変わり、絵画のような強張った笑みを貼り付け小さく挨拶をした。アシュトンの横顔を確認してから、サディアスがとびきりの笑みを作り、エリッタ達にメリンダを紹介する。


「こちら、メリンダ・ブレイク公爵令嬢だ。メリンダ、この二人はエリッタとダダルだ」


「許嫁であることも言っていただきたいわ、サディアス様」


 エリッタ達の存在はまるっきり視界に入らないようで、メリンダはサディアスに拗ねてみせた。エリッタとダダルは密かに視線を交わしたが、メリンダに自己紹介するのはやめて成り行きをただ見守っていた。


「ああ、そうだったね。時にメリンダ嬢、チョコレートを買いに来たのかい?」


「ええ。そうしたら店の外で女の子たちが店内にアシュトン様がいらしているって騒いでて飛んできてしまいました」


 相手をしていたサディアスからアシュトンへと顔を移すとメリンダは「もっとお会いする機会が増えないかしらと考えていたらこれですもの。本当に感激いたしました」とアシュトンの目を見つめていた。アシュトンはそれとなく視線を外してチョコレートを指さした。


「チョコレートは評判通りおいしいらしい。買ってくると良いでしょう」


「一緒に選んでくださらないの?」


 メリンダのこれにエリッタが口を挟む。


「選ぶほどないわ。皆同じよ」


 しかし、メリンダはエリッタの声は一切聞こえない態度をとると決めているらしい。


「アシュトン様、お付き合いいただけます?」


 メリンダがエリッタを無視したことにアシュトンが眉間に皺を寄せてみせた。


「今日は体調の優れないエリッタに、元気になってもらいたくてこちらにやってきた。悪いが我々はこれで失礼するよ」


「アシュトン様。そんな……せっかくお会いできましたのに」


 今にも泣き出しそうな顔をしたメリンダだが、アシュトンは心を動かされることはなく、礼儀正しく軽くお辞儀をしてからエリッタの腕を掴んだ。


「さぁ、倒れてしまう前に送り届けよう」


 アシュトンはさっさとエリッタを連れて歩きだす。それを追いながらサディアスはメリンダに「病人は放っておけないからな。許せよ、メリンダ嬢。ごゆっくり」とだけ告げて店を出ていった。

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