フカシギ茶房の御台帳 -ようこそ、駆け込み喫茶『えとわぁる』!-

紀田春希

序文: 薄明ノ怪 -0

『いいかい、____ 』


黄昏の中、誰かの声が脳裏に響く。繋いだ指先の温度は冷たく、まるで真冬の湖面のようだ。

静謐な声につられるようにそっと顔を上げれば、そのひとは確かに、こちらを見ていた。


『きみは黎明を告げるひと。その幼いまなざしはきっと導くだろう』

「あたしが、みちびく……?」

『そうさ。巡り、廻る──うつくしい、薄明の空を!』


広げられた腕の先で、星々が瞬いた。黄昏を呑み込む明星に目が眩んで息を止める。その青年は蜂蜜色の髪と瞳を揺らしながら指先を解く。雪解けのように、体温が戻った。


『さあ、お行き。

ぼくはきっと、ずっときみを待っていたんだ』


とん、と背を押された瞬間の背の力で爪先が石畳にたたらを踏む。

振り返る果てに、そのひとはもうすっかり姿を消していた。

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