刻竜~kokuryu~
白雪れもん
第1話 歪む空
東京の街並みは、いつも通りの喧騒に包まれていた。忙しそうに行き交うサラリーマン、スマートフォンを手に談笑する学生、何かに追われているような表情を浮かべる人々。そんな中、芥川大輔は自らの存在が、この喧騒の一部でしかないことを強く感じていた。普通の高校生として過ごしながら、彼には誰にも言えない秘密があった。
「刻竜」。時を刻み、過去を変えることができる異能力。その力を持つ者は、歴史の流れに干渉し、運命を左右する存在となり得る。だが大輔は、その力を使うことを避け続けていた。
理由は単純だった。彼は「過去を変えること」が恐ろしかったのだ。自分の選択がどのような影響を未来に与えるのか、予測することはできない。何かを変えれば、必ず何かを失う。それは、彼が過去にたった一度だけ能力を使って痛感したことだった。
「やっぱり、何もしない方がいいんだよな…」
大輔は独りごちると、ふと足を止めて空を見上げた。いつもと変わらない青空が広がり、雲はゆっくりと流れている。その瞬間、何か異変を感じた。――空が、歪んでいる。
「……!?」
視界の端で、何かが揺れた。それは、一瞬だった。空の一部が波打ち、歪んで消えた。まるで時空そのものがひずんだような感覚。驚きで大輔は目をこするが、次の瞬間、その異変はさらに大きくなっていた。
空の中央が、まるで何かに引き裂かれるかのように裂け始めたのだ。光が渦巻き、周囲の音が一瞬でかき消される。その裂け目の向こう側には、何もない――ただの「無」が広がっていた。
「何だ、これは……?」
周囲の人々もその異常に気づき、騒ぎ始める。だが、大輔は周りの反応を気にする余裕がなかった。目の前で広がる光景が、彼の頭に直接響くような不快感を与えていた。
「刻ノ時」――頭の中で、言葉が響いた。それは、ただの幻聴などではない。刻竜の能力を持つ者にだけ聞こえる、謎の世界の名前だ。
「刻ノ時? まさか、本当に……」
大輔は自分の心臓が鼓動を早めるのを感じながら、立ち尽くしていた。空の裂け目はさらに広がり、やがてそれは一人の女性を飲み込んだ。女性は悲鳴をあげる暇もなく、そのまま消え去ってしまった。
「助けないと……!」
一瞬の躊躇の後、大輔は意を決し、能力を使うことを決断した。空間が歪む中で、彼の手から見えない「時の流れ」が解き放たれる。時計の針が逆回転し、彼の周りの時間が静止する――いや、むしろ「動いていない」ことに気づく。これは、刻竜の力によるものだ。
「過去に戻るしかない。あの女性が飲み込まれる前に……」
だが、そこで異変が起きた。時間が巻き戻る感覚が途中で途切れ、彼の力がうまく働かなくなったのだ。まるで、何者かに邪魔をされたかのように。
「……嘘だろ?」
驚愕と共に大輔は手を握りしめる。時を刻む力が制限されている――いや、封じられているのだ。何者かが刻ノ時の中でこの現象を操っている可能性がある。彼はその場に立ち尽くすしかなかった。
「刻竜の力は……封じられている?」
周囲の人々の叫び声が耳に届いた。空はさらに大きく歪み、今度は複数の人々が次々と「刻ノ時」に引き込まれていく。街の騒がしさが次第に消え、静寂が広がり始めた。
「くそ……俺一人で何ができるっていうんだ……!」
その時、彼の目の前に突如として現れた人物がいた。黒いマントをまとい、顔を覆い隠すフードを深くかぶった男。その男の姿は、まるで異世界から現れたかのように非現実的だった。
「ようやく来たか、刻竜の持ち主よ」
男は冷たい声でそう言うと、ゆっくりとフードを外した。現れたのは無表情の顔、そして彼の瞳には大輔の心を見透かすような鋭い光が宿っていた。
「誰だ……お前は?」
「俺は『時守』。お前のような刻竜の使い手を監視し、制裁を下す者だ」
「時守……だと?」
その言葉に大輔は動揺を隠せなかった。時を操る能力を持つ者が、他にも存在しているということか? 彼はその可能性をこれまで考えたこともなかった。
「今からお前には、刻ノ時の中に入ってもらう。そして、自分の役目を果たしてもらうんだ」
「役目……だと? 俺にそんなつもりは――」
「選択肢はない」
時守の声が響いた次の瞬間、空間が歪み、大輔の体は強制的に引きずり込まれていった。気づいた時には、彼は「刻ノ時」の中に立っていた。
――刻竜の力を持つ者として、逃れることのできない運命が、今始まったのだ。
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