第56話 ヴァタウ 20

「今回のレンテラ様の件でおわかりいただけましたでしょう。今のアイゼ様を嫉妬で興奮させるとオルクスの祝福を暴走させ、手が付けられなくなります」


 リキミニが真剣に私を含めた側室たちにそう話した。

 皆は側室のため、臨時に建てられた木造の離れに居た。アイゼの屋敷は客人が泊まれるほど広くなかったのもあって、私たちの寝床は必要だった。その離れの広間へ側室たちが集められていた。


「すんません。王子があまりに素敵だったもので、ついを引き合いに出してしまいました……」


「ええ、それはわかります。王子を讃えたくなるレンテラ様のお気持ちはよく分かります」


 レンテラというこの剣士には恋人が居た。ただ、今回のことがあって恋人とは別れたのだそうだ。まあ、他の男と寝たのだ、見限るのが普通だろう――と思っていたら、レンテラから見限ったらしい。ナルーシャという弓士の女もタルサリアへ着くなり恋人と縁を切っていた。私が言うのも何だが、こいつらは血の気が多すぎる。


「――ですが、これから先もアイゼ様には心穏やかに交わっていただかなくてはなりません。そのためにも雑念は捨てましょう」


「はい」

「わかった」

「承知いたしました」


 あれからひと月、アイゼが祝福を自分のものとしつつある今、他の側室たちとも少しずつ慣らされているところだった。――アイゼは恥ずかしがっているがな。側室たちが乗り気なのだ。アイゼも腹を括って欲しい。


 まあそんな中でレンテラが殿しんがりを務めていたところ、アイゼが嫉妬で刺激され暴走したらしい。レンテラ本人はそれでも善がっていたが、リキミニからすると少なくとも、アイゼが祝福をモノにするまでは禁忌と言うことらしい。



 そもそもの所、側室を集めて話す内容がアイゼとの閨事というのがまた可笑しかったが、本人たちは真剣だった。一応、私もだがな。加えてリキミニは『地母神の秘儀』を伝えていた。それは女として生きていくために必要な知識であったが、タルサリアにはそう言った知識は無いのだそうだ。


 タルサリアでは出産で妊婦と赤子、加えて幼い子供が命を落とす事が極めて多いという。高地ハイランドの人間からすると、妊婦が死亡するなど想像もつかない。そのようなこと、地母神様が許すはずがないのだ。スワルタリアでもそこまで酷くはなかった。スワルタリアの属州民の多くが地母神様の民だったし、そうでない者も綺麗好きの帝国市民だったためタルサリアほど酷くはなかったのだ。


 そういうこともあって、リキミニによる側室たちの勉強会はタルサリアの女たちに真剣に聞き入れられ、さらには側室以外の女たちにも『地母神の秘儀』を広めていた。そしてこの勉強会には男はもちろんの事、アイゼさえも立ち入り禁止を言い渡されていた。



 ◇◇◇◇◇



「ラルバ! 元気だった!?」


 更にひと月ほどして、アイゼに連れ立って屋敷へやってきたのはあのラルバだった。ラルバは前線に居て、昼の間はアイゼやリキミニと行動を共にしていたり、時々前線へ顔を出す私とも会ったりしていたが、屋敷を訪れるのはこれが初めてだった。


 アイゼの隣に立つラルバへ駆け寄ったのはイレーザを含めた4人。イレーザたちはオークに囚われている間、ラルバを始めとした女オークにずいぶん助けられていたのだそうだ。彼女たちは彼女たちで辛い思いをしたかもしれないが、アイゼの妹分だったラルバが率先してできる限りを尽くしたようなのだ。そのおかげか、同じオークでもラルバだけは彼女らに受け入れられていた。


「イレーザ、お久しぶりですね。こちらでは新参となりますゆえ、ご指導くださいませ」


 相変わらず、見た目に似合わぬ言葉遣いのラルバだったが、見慣れてくると何ともかわいいものである。


 アイゼはあれからしばらくしてオルクスの祝福を自分のものとした。オークたちと同じく、その呪いは完全に封じられたわけではないが、リキミニは今のアイゼなら心配ないだろうと、エイリスは望みが叶って子を宿した。そして今日、ラルバを招いたのだ。



「ではラルバ様、お部屋へご案内いたしましょう」

「アイゼ、エイリス様、後ほど」


 そう言ってリキミニが案内し、アイゼやエイリスと別れ、離れへ向かった。



 ◇◇◇◇◇



「皆、そのようなものをお召しに!?」


 ラルバが驚くのも無理はないな。離れでは側室たちはそれぞれに好きな格好をしていた。特に気に入られているのが、小さな布を腰の両側で結ぶ形の下穿きスブリガークルムだった。アイゼが好きだと言ってくれたからと、高股上ハイライズやら低股上ローライズやら、或いは革製の外穿きやらと、妙なところで競い合っていた。


「かわいくないですか? これ」


 ルーゼがくるっと回ってみせると上衣が広がって低股上ローライズの下穿きが丸見えになった。上は股が辛うじて隠れる程の丈の、裾が広がった短衣チュニックを着ていた。私でも目を逸らしてしまうような恰好だ。どちらかというとリキミニのような肌を隠す服を着ていたラルバも困惑していた。


「ルーゼはあざと過ぎ」

「レンテラ様だって似たような恰好ではありませんか!」


 レンテラも確かに同じような格好で広間の長椅子で寛いでいた。


「私はアイゼ様に逢いに行くときはちゃんとした格好してるし。普段からちゃんとしてるゼラ様ほどではないけどさ」


 ゼラは今、ノラと一緒に前線へ詰めている。側室たちも普段から訓練を欠かさなかったが、アイゼが落ち着き始めてからは交代で前線へ出向いていた。ただ、今は魔王軍も静かなため、昂ぶりを発散できるわけではないようだ。


 前線で彼女たちへ向けられる周囲からの目は私も気にしていたが、問題は無い様子だった。何より、エイリスを始め一部の女たちは私から見ても逞しい。蔑まれようものなら殴りかからん勢いの者ばかりだったからだ。――まったく、アイゼの女なのだから淑やかさを身に着けて欲しいものだ。


「ゼラ様、縛り編みレース職人に命じられてとってもなまめかしい下穿きと胸押さえをこしらえておられましたよ? アイゼ様にお褒め頂けたと喜んでおられました」

「えっ、マジで?」

「アウルラ、それ本当!?」

「そういえば先日、ゼラ様上機嫌でしたよね」


「いやいや聞いてないぞ、私にも詳しく教えろ」――思わず身を乗り出した。


 皆で問い詰めた結果、ゼラが帰ってきたらアウルラが交渉してくれることとなった。何だかんだと皆、アイゼの気を引こうとして競い合っているのだ。


「皆、普段からこのような様子なのです?」


 厚手の布の、ケープのような肩覆いで顔を半分隠し、照れた様子のラルバが問いかける。


「いや、普段はもっと酷いぞ。アイゼとの閨事の話ばかりしておる」

「まあ!」


「仕方があるまい。しばらくはアイゼの祝福を何とかするために皆、懸命だったのだ」

「そうでしたか……いえ、そうですわね。父たちの苦悩を見てきましたからわかります。アイゼに同じ思いをさせたくはありません」







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 『美しかろう――と、あの人が言ったから』で競い合ってます。


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