第19話  意識の繋がり

佐々木優は、昏睡状態の患者の手元に落ちているペンダントを拾い上げた。古びた金属製のそれには、小さな円形のメダルが付いており、表面には見覚えのある印が刻まれていた。


「これは…田村博士の研究所のマークか…?」


彼は驚愕し、その印をじっと見つめた。田村博士がかつて髪の毛の怪物を生み出す過程で使用していた実験機材には、すべてこのマークが刻まれていた。まるで、それが彼の残した「鍵」であるかのように。


「河野、これを見てくれ」


佐々木は河野にそのペンダントを見せた。河野はそれを手に取り、驚いた表情を浮かべた。


「どうして、こんなものが…」


彼は不思議そうに呟きながら、ペンダントをよく調べた。すると、メダルの裏面に何かが書かれているのに気づいた。


「これは…『E.C.O.』?」


河野はメダルに刻まれた文字を読み上げた。E.C.O.――それは、田村博士が最初に設立した研究プロジェクトのコードネームだった。正式には「意識の拡張と統合(Expansion and Coordination of Consciousness)」という意味であり、田村博士が人間の意識を物理的な形に変換し、新たな生命体を生み出そうとした実験の根幹をなしていた。


「どうしてこのペンダントが、彼の手元に…」


佐々木はその患者の顔を見つめた。彼は30代前半の男性で、穏やかな表情で眠っていた。彼が田村博士の研究所とどのような関係があるのか、佐々木には見当もつかなかった。


「この人、確か田村博士の研究所で働いていた家族がいたんじゃなかったか?」


河野が思い出すように言った。彼はチームのデータを見返しながら、記録を確認した。


「ああ、確か彼の父親が田村博士の初期のプロジェクトに参加していた。だが、髪の毛の怪物が生まれた後、田村博士の研究所が閉鎖された時に、彼の父親も姿を消してしまったんだ」


佐々木は頷きながら、患者の手をそっと握った。彼の脈はかすかに動いているが、その体はまるで魂が抜け落ちてしまったかのように感じられた。


「もし、彼の意識が怪物の中に取り込まれているのだとしたら…」


佐々木はペンダントを見つめながら、ある考えが頭をよぎった。このペンダントが、田村博士の研究に繋がる「鍵」なのだとすれば、これを使えば意識の中で怪物の存在を探ることができるかもしれない。


「このペンダントを使って、彼の意識の中に入ることはできないだろうか?」


彼の問いに、河野は目を見開いた。


「佐々木さん、それは危険すぎます!もし何かあったら、あなたの意識まで怪物に取り込まれてしまうかもしれない」


「それでも、やらなければならない。もし彼の意識の中に怪物が潜んでいるのなら、それを見つけて完全に消し去らなければ、いつまでもこの街は危険に晒されることになる」


佐々木の決意に、河野はしばらく考え込んだが、やがて静かに頷いた。


「分かりました。あなたがそこまで決意しているなら、僕も全力でサポートします。もし何かあったら、すぐにこちらで対応します」


「ありがとう、河野」


佐々木はペンダントを握りしめ、深呼吸をした。彼は患者の傍らに椅子を置き、座り込んだ。


「ペンダントのメダルに触れ、意識を集中させます。彼の意識の中に入るために、自分の意識をそこに重ねるんです」


佐々木はそう言って、ペンダントを患者の手元にそっと戻し、自らの手をその上に重ねた。そして、目を閉じ、意識を集中させた。


「私の意識を、あなたの中へ…」


彼は静かに呟きながら、ペンダントに触れることで、田村博士が開発した意識の繋がりの技術を思い起こしていた。田村博士は人々の意識を共有し、新たな存在を作り出すための研究を行っていた。もしその技術がここに生きているのなら、彼の意識は患者の意識の中へと入り込むことができるはずだ。


次の瞬間、佐々木の意識は暗闇の中へと引き込まれた。彼の体は病室に残ったまま、意識だけが異次元の世界へと放り出されたような感覚に包まれた。


---


佐々木は暗闇の中に立っていた。周囲には何もなく、ただ深い闇が広がっているだけだった。彼はゆっくりと歩みを進め、目の前の空間に何か手がかりがないかを探し続けた。


「ここが…彼の意識の中なのか…?」


彼はそう呟きながら、さらに奥へと進んだ。その時、遠くに微かな光が見えた。彼はその光に向かって歩き出し、やがて一つの小さな部屋に辿り着いた。


部屋の中央には、一人の男性が座り込んでいた。彼は怯えた表情で膝を抱え、何かに囚われたように身を震わせていた。


「あなたは…」


佐々木は恐る恐る声をかけた。彼はその男性が、現実の病室で昏睡状態にある患者と同じ姿をしていることに気づいた。


「あなたは、ここで何をしているんですか?」


彼が問いかけると、男性はゆっくりと顔を上げた。その目は虚ろで、まるで生気を失ったようだった。


「僕は…ここに閉じ込められているんだ」


彼の声は震えており、まるで心の底から恐怖を感じているようだった。


「閉じ込められている…?」


佐々木は眉をひそめた。彼の言葉の意味がすぐには理解できなかった。


「僕の意識は、あの怪物によってここに閉じ込められた。僕だけじゃない、ここにいる人たちは皆、怪物の一部として囚われているんだ」


彼の言葉に、佐々木は息を呑んだ。もしそれが本当なら、彼らの意識は今も怪物の中で苦しみ続けているということになる。


「怪物は…まだ生きているのか?」


佐々木が恐る恐る尋ねると、男性はゆっくりと頷いた。


「怪物は、僕たちの意識を糧にして、まだ進化し続けている。あなたが核を破壊したことで一度は崩壊しかけたけど、今は新しい形を作り出している」


「新しい形…」


佐々木の胸に、嫌な予感が走った。怪物は形を変えて、再びその姿を現そうとしているのかもしれない。


「それを止める方法はないのか?」


彼が問いかけると、男性は静かに首を横に振った。


「僕たちの意識が完全に怪物に取り込まれてしまったら、もう戻ることはできない。でも、今ならまだ、僕たちを解放することができるかもしれない」


「どうやって?」


佐々木は必死に問いかけた。彼は何としても彼らを解放し、怪物を完全に消し去りたかった。


「あなたの意識を、僕たちの意識と繋げて欲しい。あなたの意識が僕たちに触れることで、僕たちは怪物の支配から逃れることができるかもしれない」


「そんなことができるのか…」


佐々木は戸惑いながらも、彼の言葉を信じようとした。もしそれが本当なら、彼は彼らを救い出すことができる。


「分かった。僕の意識を、君たちに繋げてみる」


彼は男性の手を取り、深呼吸をした。そして、自分の意識を彼の中へと送り込むように、心を集中させた。


その瞬間、彼の周囲に無数の光が現れた。光は次第に形を成し、まるで人々の姿をした影が浮かび上がった。


「これが…彼らの意識なのか…」


佐々木はその光景に圧倒されながらも、静かに手を伸ばした。彼の手が光に触れると、光は一斉に彼に向かって集まり始めた。


「助けてくれ…」


「ここから…出してくれ…」


無数の声が彼の耳に響いた。彼らの意識は、今もなお怪物の中で苦しみ続けている。


「必ず…救い出す!」


佐々木は叫びながら、全力で意識を彼らに送り込んだ。光が彼の周囲に集まり、まるで一つの輪を形成するかのように、彼を中心に回り始めた。


その時、彼の目の前に一つの影が現れた。それは、まるで人間の姿をしていたが、その体は黒い霧のように揺らめいていた。


「お前は…怪物の意識か…?」


佐々木が問いかけると、影は静かに笑った。


「そうだ。私は、お前たちが怪物と呼ぶ存在だ。だが、お前の知る怪物とは違う。私はお前たち人間の意識そのものだ」


その言葉に、佐々木は息を呑んだ。


「意識そのもの…?」


「そうだ。私は、お前たちが抱く恐怖、怒り、悲しみ、全ての負の感情が集まって生まれた存在だ。お前たちが私を怪物と呼び、恐れる限り、私は消えることはない」


「そんな…」


佐々木は言葉を失った。怪物は、人々の負の感情そのものであり、それが形を変えて存在し続ける限り、完全に消し去ることはできないというのか。


「だが、私はお前に興味がある。お前は自分の意識をここに送り込み、私と対峙している。お前の中にも、私の力があるのではないか?」


影が静かに囁いた。佐々木の心に、一瞬の迷いが生じた。自分の中にも、怪物の一部があるのだろうか――そんな疑念が彼の心を揺さぶった。


「私は…」


彼は何かを言おうとしたが、その時、無数の光が彼の体を包み込み、彼の心を守るように輝いた。


「お前たちが、私を助けてくれるのか…」


彼は光を見つめ、静かに微笑んだ。彼らの意識は、今も怪物に取り込まれながらも、自分たちを救おうとしている。佐々木はその光を見つめ、再び強い意志を取り戻した。


「私は負けない。お前を消し去り、彼らを解放する!」


佐々木は叫びながら、全力で光を放った。その光が影に向かって突き進み、影は激しく揺れながら後退した。


「くそっ、お前が…私を…」


影は叫び声を上げながら、次第に小さくなっていった。その姿は、まるで消え去るかのように薄れていき、やがて完全に消滅した。


「これで…終わったのか…」


佐々木は息を切らしながら、周囲の光を見つめた。光は静かに彼の周りを漂い、まるで安らぎを得たかのように輝いていた。


「ありがとう…これで、君たちは解放されたんだ」


彼は光に向かって呟いた。その瞬間、光は次々と消え去り、彼の目の前には再び暗闇が広がった。


「私は…」


彼の意識が次第に薄れていく。彼は全ての力を使い果たし、ゆっくりと暗闇の中に沈んでいった。


---


佐々木が目を覚ました時、彼は病室の床に倒れていた。周囲には河野や医師たちが集まり、彼の無事を確認していた。


「佐々木さん!大丈夫ですか?」


河野が彼を支えながら、心配そうに声をかけた。佐々木はゆっくりと体を起こし、深呼吸をした。


「ああ、大丈夫だ…怪物は、もう完全に消えた」


彼は静かに微笑みながら、病室のベッドに横たわる患者たちを見つめた。彼らはまだ目を覚ましていなかったが、その表情は安らかで、まるで何かから解放されたかのようだった。


「君たちを解放できたんだな…」


佐々木は静かに呟き、心からの安堵を感じていた。彼はついに、怪物の呪縛から彼らを解放し、完全に消し去ることができたのだ。


「本当に、ありがとう…」


彼は涙を流しながら、静かに祈った。彼らの意識が再び自由を取り戻し、安らかな眠りにつけることを願いながら。


---


街には再び平穏が訪れた。怪物の脅威は完全に消え去り、人々は本当の意味での平和を取り戻した。佐々木はその後も警察官としての職務を続けながら、怪物との戦いで失われた命を偲び、彼らのために生き続けることを誓った。


彼の胸には、田村博士、村上博士、そして山田彩の意志が生き続けている。彼らの犠牲と勇気があったからこそ、街は再び立ち上がり、平和を取り戻すことができたのだ。


「これで、本当に終わったんだな…」


彼は静かに呟きながら、夜空を見上げた。星々が瞬くその空の向こうに、彼らの姿を思い浮かべながら、佐々木は静かに目を閉じた。


彼らの意志を胸に抱きながら、これからも街を守り続けることを心に誓って――。

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