第23話

 姚神狐ヤオシャンフー有限公司の本社は、EGG STUDIOのすぐ裏手にある。十階以上はありそうな背の高いビルの周りにも、たくさんの警察車両が停まっていた。制服警官たちのあいだを、逢坂は背筋を伸ばして堂々と進んでいく。二式もまた、模造刀を握り締めたままで逢坂の後を着いていく。


「っと、二式」

「何や」

「その棒切れ。置いていけ」


 今から、姚神狐ヤオシャンフー有限公司の社長に面会するのだ。本物ではないとはいえ武器を手にして行くのは正常な人間が取る行動ではない。逢坂の言葉は間違っていない。

 だが、二式は首を大きく横に振る。


「お断りや。僕はもう、あんたの命令は聞かん」

「俺の命令ってわけじゃなくて、映画製作会社の幹部がうろうろしてる本社内に武器を持ち込むなって言ってるんだよ。分かんないのか?」

「分かっとるし、武器やない、これは」


 ──お守りや。

 逢坂はうんざりした様子で溜息を吐くと「勝手にしろよ」と言い捨てて、本社社屋に足を踏み入れてすぐの場所にあるエレベーターのボタンを押した。

 ガラス張りのエレベーター。階下に停まる大量の警察車両と、制服、私服、両方の警察官たちがうろうろと動き回っているのが見える。──社長室は、七階にあった。


「なんや。こんなでかいビル建てといて、社長室は最上階やないんやな」

「曰く、七階の方が縁起がいい」

「は……アホくさ。人殺しや強姦犯を平気で野放しにするくせに、験担ぎには熱心なんやな」

「……それは、社長に直接言ってやってくれ」


 ひっそりと笑う逢坂の前に、スーツ姿の男性がふたり立ち塞がる。社長秘書か、ボディガードか、さもなくばその両方か。二式にとっては心底どうでも良い話だった。交渉はすべて逢坂に任せる。心を開いてもいない相手に広東語を喋ってやる気などない。

 逢坂が早口の英語で何かを言う。スーツ姿の男が応じる。お互いの表情が強張るやり取りが数回あり、最終的に逢坂と二式は社長室への入室を許可される。模造刀は、没収されなかった。


 驚くほどに何もない部屋だった。テーブルと椅子と書棚だけがある。白い部屋。壁いっぱいに取り付けられた書棚はただ存在しているだけで、本も、雑誌も、ポスターも、何も置かれていない。

 空虚だ。

 その空虚の中に、ひとりの女性が立っていた。

 白いスーツに身を包み、白髪混じりの黒髪を引っ詰めた長身の女性。

 引退した俳優だと説明されれば信じてしまいそうな端正な顔立ち。切長の目。真っ赤なくちびる。


「您好,總統先生(こんにちは、社長)」

「……逢坂、あなたの広東語は相変わらず上達しない」


 社長──と呼ばれた女性が、低い声で言った。逢坂は低く笑うと、


「それは申し訳ない。しかし、あなたの日本語はいつ聞いても自然ですね」

「何をしに来た? すべてを引っくり返した詫びでも入れに来たのか?」

「今日ここに来たいと言い出したのは、俺じゃありません。こっちの、」

「葛原二式」


 足を一歩踏み出し、逢坂の言葉を遮った。


「知らんとは言わせへん」

「……二式」


 真っ直ぐに伸びたまつ毛を僅かに揺らして、目の前の女は二式をじっと見詰める。


「面影がある。……劉紅花リウ・ホンファ

「さよか。僕は生きてるお母さんにうたことがないから、そんな風に情感たっぷりに言われても全然なんにもひとっつも実感が湧かへんけどな」

「正直な意見を言って許されるとするならば……惜しいことをした、と思っている」

「……はあ?」


 本当に、他人事のような物言いだった。香港に足を踏み入れたばかりの頃の二式なら、彼女の言葉を受けて即激昂していただろう。殴り掛かっていたかもしれない。そうして部屋の外に待機しているボディガードたちに制圧されて、警察官に引き渡されてジ・エンドというわけだ。

 だが、今はもう、無理だ。あまりにも多くのものを見、聞き、知りすぎた。無惨な死も、非人道的な行いも、それに、信用できる人間、信用してくれた人間が、今の二式にはいた。

 その瞬間だけの感情で、憎い相手に手を上げることができなくなっていた。

 これは成長だろうか。それとも、停滞だろうか。


「惜しい? 何や今更。悪いけど、全部聞いたで。そっちが思うよりも色々なことを僕は知ってる。あんたらがめちゃくちゃにして殺したんやろ、女の人を、大勢」

「命令をしたのも、手を下したのも私じゃない。私の前の社長の頃の話だ」

「嘘言いな。社長の交代が最後に行われたのは1952年。あんたが社長就任したんがその年のはず」

「違う」


 白いスーツの女が、厳しい口調で言い放つ。


「あの頃──1952年に社長の座に着いたのは、私ではない。兄だ」

「なん……僕は三会會Triadと契約しとる情報屋から直接この会社の歴史を聞いた。事件についても。情報屋が僕に嘘を言う理由はない。その上で言うわ、聞いた話と違うけど?」

「私の兄は。……やり過ぎたんだ」


 迷いのある口調だった。逢坂は何も言わない。

 目の前の女が本心から言葉を吐いているのか、演技をしているのか、二式には分からない。


「あの頃、二十年前。私たちの会社は確かに大きく成長しようとしていた。それで……、結果的には誤った判断をしたのかもしれないが、香港全土を取り仕切る三会會Triadとも手を結び、会社のために、映画のために、できるだけのことをした」

「もともとこの土地で映画を作ってた人らを殺して、会社を潰して、それができるだけのこと、か?」

「二式、阿二、おまえのような子どもにいったい何が分かる? 大陸から香港へと移住をし、それからすぐに大陸では碌に映画を作ることもできなくなった。歴史が証明している。私たち一族には先見の明があり──そして、何をなげうってでも映画を作り続けるという責務があった」

? 何を……言葉の選び方……あんた、ほんまに責務って言葉の意味知っとるんか? 他人を不幸にして、追い詰めて、殺人を犯してまでやらなあかんことやったって言うんか、映画作りが!」

「その通りだ!」


 凛と、声が響き渡る。

 二式は一瞬、気圧されていた。

 後退りをする。白いスーツの女が、二式の頭のてっぺんから爪先までを舐めるように見詰める。


「その通りだ。そうだ。私たちは映画を作る。作り続ける。これまでも、これからも……姚神狐ヤオシャンフー有限公司の通称を、知らないわけではないだろう?」

「と、東洋のハリウッド、やろ。そんぐらいは知っとるで」

「そうだ。東洋のハリウッド。私たちは、この王冠に見合う働きをしなくてはならない。そのためにはどのような犠牲も出す。映画を作り、姚神狐ヤオシャンフー有限公司の名を世界に轟かせる。それが何よりの弔いだと信じているからだ」


 飲み込まれそうになる。朗々とした演説だった。

 文字通り、神の狐──というよりは、まるで昔見た絵に描かれていた蛇のようだと二式は思った。獲物を締め殺すまで強く巻き付き、カッと大きく口を開いて。鈍く輝く鋭い牙。チロチロと動く真っ赤な舌。葛原二式は、姚神狐ヤオシャンフー有限公司という名の巨大な蛇に頭から丸呑みにされそうになっている。

 右手に引っ提げた模造刀を、強く握り直す。

 ここで倒れるわけにはいかなかった。


「僕の母親が死んだ……その理由は聞いた」

「そうか」

「それで、僕の通訳まで死ななあかんかった理由は何や」

「……郭封鈴カク・フーリン?」


 そこで僅かに、隙が生まれた。

 白いスーツの女の顔に、嘲りの色が浮かんだ。


「くだらない質問だ。あの女は喋り過ぎた。それだけだ」

「喋り過ぎた……?」

「昔、アベルチャンと日本に撮影に行った話をしただろう」

「それは、聞いた」

「余計なことを言うからだ。だから、罰を受ける羽目になった」

「罰?」


 そう、罰だ。白いスーツの女は、うっそりと笑う。


「アベル張は戻ってくる。私がそうする。彼は私たちの会社の王だからな」

「両手の指で数え切れんほどの人殺しに関与した人間を、罪にも問わずに映画俳優の王様として扱う理由が僕には分からんな」

「分からないなら、おまえは一生そこにいると良いよ、二式。所詮おまえはその程度。香港人にも日本人にもなれない半端者だ」


 手の中の模造刀で、目の前の女を殴れば良い。

 誰かが耳元で、そう囁いていた。

 小柄な二式でも、模造刀を使えば女をひとり殺すぐらいは容易いだろう。ましてや、目の前で笑う白いスーツのこの女は、二式の実母の仇のような存在なのだ。


 殺せ。

 殺してしまえ。


 今ここで二式が女を殺したとしても、逢坂が揉み消してくれる。なぜだろう、得体の知れない自信があった。

 姚神狐ヤオシャンフー有限公司はきちんと呪われている。

 この世界に存在している価値もない。


「二十年前」


 二式の口から、言葉がまろる。

 あまりにも唐突で、二式自身が呆気に取られた。

 誰かが二式の口を使って、勝手にを読み上げているかのようだった。


「──あなたは女性だから、社長になることができなかった。本気でそう思っている? だとしたらあまりにも愚かな話だし……あなた自身、そんな言い訳を信じているわけではないだろう」

「……おい、半端者、何を言っている? 誰に対してものを言っているのか、分かっているのか?」


 白いスーツの女社長が、苛立ったように唸る。今の彼女は蛇の顔をしていない。人間に戻っている。

 怯えている。

 彼女は、二式の口を借りて喋っている誰かに、心当たりがある。


姫麗キ・リー社長。実兄よりもよほど映画製作会社の社長としての才覚に恵まれていたにも関わらず、女性だからという理由で冠を戴くことを許されなかった。そんな与太を信じている、そうして自身を悲劇の女社長をして誰よりも強く崇め奉っている、あなた、あなたこそが本当の半端者」

「黙れ!」


 キイン、と高く響く声。逢坂が両手で耳を塞いで、二、三歩後退りをするのが見えた。

 しかし、二式にはまるで効果がない。なぜだろう。姫麗キ・リーの喚き声は二式の鼓膜を揺らすことなく、そよ風のように通り過ぎていく。

 二式には、次に


「だから、あなたは、半端者である自分を受け入れることができないからこそ自棄になって、アベル張を、それに三会會Triad黑幫ヤクザたちを唆した。手に負えない女は犯してしまえ。雄として雌を征服してしまえ。それでも思い通りにならないなら、殺してしまえ──」

「何を、何を言っている、おまえ、おまえは誰なんだ、おまえは! 葛原二式じゃないな!? 葛原二式がこんな話を──できるはずがない──あの頃おまえはただの赤ん坊だった! 何の力も持っていない、生まれたばかりの赤ん坊!!」

郭封鈴カク・フーリンはアベル張が日本でも同じことをしていたと知っていた。招かれて撮影に赴いた土地で、アベル張は共演相手の女性俳優を犯して殺した。アベル張を招いた映画製作会社は激怒して、彼は二度と日本に行くことができなくなった──裸の王様は激怒して、あなたにもっと大勢の女を差し出すように要求した。あなたは王のために生贄を準備し続けた。それを郭封鈴は知っていて、伝えようとした。アベル張は日本人を毛嫌いしている。思い通りにならないから。キングである自分自身を受け入れない国を認めることができないから。それに、このような言い方は正確ではないかもしれないが、彼が執着した劉紅花リウ・ホンファを永遠に彼から奪ったのも日本人だから。郭は警鐘を鳴らそうとしていた。それで──彼女は──」


 なぜこんなことを知っているのだろう。淡々と喋る二式自分の姿を二式自身が客観的に見詰めている。幽体離脱でもしているかのようだった。

 言葉は無限に吐き出される。つい先ほどまで第五撮影所で全力で暴れ回った肉体は疲れ果てているのに、脳味噌だけが異様な勢いで回転している。見たことのない景色が見える。聞いたことのない声が聞こえる。それを二式の口が、流れるように吐き出している。

 逢坂もまた、不気味なものを見るような目で喋る二式をじっと見据えている。


 教えてくれ。

 


 葛原二式はとうに黙りこくっている。


 今喋っているのは、何者だ?


「自分が女で、損をしていたから、他の女たちにも同じように損をさせようと思っていたんだろう。ああ、それに、これはとても大切な話だけれど、。美男俳優として有名だった彼の周りには常に多くの女たちが侍っていて、スカウトを受けて俳優として名を馳せるようになった彼は毎日、それこそ日替わりで自由につまみ食いを楽しんでいた。姫麗キ・リー社長、あなたも選ばれる準備をしていた。いつでもアベル張の腕に抱かれることができるように、身嗜みを整えて。だが、どんなに待ってもアベル張があなたに手を伸ばすことは、なかった。あなたは愛されなかった。あなたは選ばれなかった。社長としても──女性としても」

「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい黙れ! おまえに何がわかる、おまえは……おまえはなんなんだ、いったい何を見たというんだ!」

「何を見た? 本気でそれを尋ねるのか? いいだろう、お答えする。私は──


 ──ああ、分かった。

 二式は、喋る二式自分の背中を見ながら静かに笑う。

 腑に落ちた。

 理解をしてしまえば、怖いことなど何もない。


「全部を見た。姫麗キ・リー。どうしても思い出せないというのなら、不本意ではあるが改めて名乗ろう。私の名前は葛原くずはら十士郎じゅうしろう。満州で日本人の父と大陸出身の母のあいだに生まれ、それから香港に流れ着き、言葉を多く操ることができるという理由で三会會Triadのお墨付きを得て映画製作会社に雇われた。その会社はあなたたち一族が率いる姚神狐ヤオシャンフー有限公司に押し潰されて消え去ったが、私の背後には三会會Triadがいた。引き続き仕事をするよう申し付けられた。姫麗キ・リー、あなたが社長になれなかった理由は、あなたが女だったからではない。あなたには見抜くことができなかった。私以外にも何人もの三会會Triad姚神狐ヤオシャンフー有限公司の中を闊歩していたが、彼らは私のことを知っていた。あなたの兄も同様に。彼が私に劉紅花リウ・ホンファと夫婦になるよう命じたのはほかでもない、。満州出身の日本人であり、広東語と日本語を操る三会會Triad、それが私。葛原くずはら十士郎じゅうしろう姫麗キ・リー、今更あなたに説明をしても何の意味もないが、私はあなたたち一族に命じられるがままに、劉紅花リウ・ホンファ、そして彼女が産んだ男児とともに家族として生活をした。


 白いスーツの女──姫麗キ・リーがその場に崩れ落ち、失禁するのが分かった。葛原十士郎。葛原二式の血の繋がらない父親。劉紅花リウ・ホンファが人生の最後に、心から愛し信じた男の名。

 姚神狐ヤオシャンフー有限公司を、一族を呪うことができる唯一の存在。


姫麗キ・リー。私の言葉が聞こえているか?」

「や──やめて! 来ないで! 近寄らないで!! 逢坂、逢坂! 誰かを呼んで! この男を摘み出して!! 葛原!! 葛原十士郎!! 嘘だ! 葛原十士郎はもう死んだ!! 日本でくたばった!! だから私は──私たちは──なぜ葛原を──葛原二式、やめろ、やめろ!! 私を見るな!! 違う、私じゃない、私が殺したんじゃない、私は何も、何もしていない、信じて、お願い、誰か、誰か助けて……!!」


 床を這いずって逃げようとする姫麗キ・リーを冷え切った眼差しで見下ろしながら、逢坂が煙草に火を点けている。そうして紫煙を吐きながら、葛原二式のマネージャー兼通訳、そして日本・大阪東條組の黑幫ヤクザでもある男は言った。


「残念だが、俺にはあんたを助けることができない。あんただけじゃない、一族全員が葛原十士郎に呪われるだけの理由を背負っている。……あ〜あ、残念だ。姚神狐ヤオシャンフー有限公司絡みの仕事は、俺としては良い小遣い稼ぎの一環だったんだがねえ」


 逢坂の独り言は姫麗キ・リーはもちろん、葛原二式──葛原十士郎にも届いていなかった。床をのたうち回る姫麗キ・リーの顔の上に、葛原十士郎は黒い紙切れをひらりと落とす。


「あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!あ゛!」


 聞くに堪えない悲鳴が響き渡る。「見覚えがあるだろう」葛原十士郎が言う。


「第五撮影所。あの場で殺された女性たちを、グゥワイへの生贄とするために張り巡らされた札、それに結界。わざわざ祈祷師まで呼び付けて、姫麗キ・リー、あなたたちはあの場で死んだ女性たちを死して尚凌辱し続けた。いったいどういうつもりであなたたちが彼女たちへの恨み憎しみを募らせたのか……済まないが、私には想像することすらできない。また、想像したいとも思わない。そしてあなたひとりに責任を問うのは──些か偏った話だとは思う。だが、姫麗キ・リー。もうあなたしかいないのだ。一族として金に執着し、正気を保った最後のひとり。残念だが、何もかもがここで終わる。良いか? 姫麗キ・リー。その目を大きく開いて、終わりをきちんと、引き受けてくれ」


 黒い紙切れには──劉紅花リウ・ホンファの名。葛原二式が模造刀で真っ二つに斬り裂いたことで効果を失った札を見せつけられた姫麗キ・リーの視界にいったいどのような光景が広がっているのか──逢坂にも、そして葛原二式にも分かるはずがなかった。

 死者の魂をグゥワイへ差し出すための札。葛原二式が母親への、そして郭封鈴への想いを込めた一刀で斬り裂いた札は、これまでに積み重なった多くの呪いを今、激しく痙攣しながら悲鳴をあげる姫麗キ・リーの上に降らせている。


「誰か、誰か、誰か、誰か来て、厭、ああ、厭、いや、厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭…………………………………………………………………………………………………………張哥、張哥たすけて、お願い、助けて、助けて、いや、ああ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ助けて、助けて助けて、助けて助けて、助けて助けて、助けて助けて、助けて助けて、助けて助けて、助けて、厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭厭…………………………………………………………………………………………………………」


「……うわ、臭っ」


 ふと我に返ると、目の前で、糞尿に加えて涎と鼻水を垂れ流し、白目を剥いた状態の姫麗キ・リーが失神していた。思わず飛び退いた二式は逢坂を横目で睨み、逢坂は「俺は何もしてない」と顔を顰めて応じる。


「おまえさん、大した演技派だな葛原二式。全然気付かなかったよ」

「はあ? 何の話や」

「もう出よう。女社長さまに失禁脱糞その他を強いた罪で逮捕されるのは避けたいだろ?」

「だからほんまに、何の話やって!」


 言い募る二式をじっくりと眺めた逢坂が、


「俺の仕事は終わったよ」


 と呟くように言った。

 二式は小首を傾げ、


「仕事って……ああ、言うとったな、日本人の罪は日本人がそそがなあかんとかなんとかかんとか……」

「結局俺は何もしてない。全部おまえがどうにかしちまった。まったく。俺はにどう説明をすればいいんだ?」

「上? ……なんや、逢坂にも上司とかおるんか?」

「いるよ」

「碌に説明できんで叱られたらええんや」

「急に調子に乗るんじゃないよ、クソガキ」


 逢坂、二式と入れ違いに社長室に入ったボディガードたちが何やら大声を上げているのが聞こえたが、気付かなかったふりをしてふたりは七階から一階まで階段で駆け降りた。このビルでも四階に通じる扉が封鎖されているのをちらりと見た二式は「あほくさ」と小さく吐き捨て、逢坂は彼にしては珍しく「まったくだ」と真顔で頷いた。

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