第17話
EGG STUDIOの二階──今はもう使用されていない第五撮影所までの階段は、異様に長かった。少し登る度にたくさんの箱馬や鉄屑たちに足止めをされるせいで、余計にそう感じたのかもしれない。
「クソ、どうしても第五撮影所には関係者以外を入れたくねえようだな」
箱馬を掴んで階段の下に投げ落とす
「藍さんや情くんを呼んでくれば良かったな、箱馬片付け係として」
「はは、そいつぁ面白え。だが
「え? そうなん? せやったら……情くんと喧嘩になったら僕が勝つかな?」
「さあ……あいつは人と喧嘩もしねえし、でかい声も出さない大人しい野郎だから、てめえがあの剣幕で迫ったら泣くかも……」
「うはは! 全部終わったら情くんのこといじめてみよ!」
「ほどほどにしとけよ……っと!」
(……
奥歯を強く噛み締める。彼女が犠牲にならなければいけない理由はただひとつ。夜、
葛原二式という人間は、生まれてはいけなかった。
そういう意味では自分こそが鬼なのかもしれないと二式は思う。
自分さえいなければ。
生まれてこなければ。
「阿二!」
「ん! 何や!」
「ドアだ!」
最後の照明機材をぶん投げて、
「封鎖って……ここもされとるんか? 冗談やろ……」
「いや、この扉はさすがに開くはずだ。そうじゃなかったら」
「どっかの釘とかネジとかが外れとるはず……」
「鉄板ごと引き剥がすんじゃ無理か?」
「当たりも付けんでそれやると、一発でおまえの手ぇが使い物にならんくなるで、阿空」
「む……」
「まだ頑張ってもらわな困んねん。僕ひとりでできることは限られとる」
ペタペタと鉄板、それに木製の扉に触れながら言う二式の傍らで、
「ようやく認めたか、阿二」
「あ? 何や急に」
「そんなんだからてめえは半人前なんだよ。俳優としても、人間としてもな」
「何やそれ。僕がまだ若いってことを言いたいんか? 年齢差はどうやっても埋められへんやろ」
「そういう話をしてるんじゃねえんだよ。幾ら年を食ってもな、てめえは結局一人前にはなれねえ」
「おい……こんな時に喧嘩売っとるん?」
「てめえは」
見つけた──木製の扉に打ち付けられた鉄板。その釘が二ヶ所、外れている場所がある。この鉄板を引き剥がせば、完全に封印されているように見せかけてある扉を開くことが可能になる。
鉄板に手を掛ける二式の手に自身の血まみれの指を重ねて、
「いいか? 負い目を捨てろ。もっと頼れ」
言葉と同時に、力任せに鉄板を引き剥がす。勢い余って
(もっと……頼れ?)
「えっ……何やこの匂い。お香……?」
「血だ」
「え!」
シャツの裾で両手の血を拭いながら
「間違いない。血の匂いがする」
「それをお香で……誤魔化しとるとか?」
「いや。香を焚いているのはおそらく、どこかに何かを祀っているから──」
転瞬。
ふたりが完全に第五撮影所内に入り込むのを待っていたかのようなタイミングで、バタン! と大きな音をたてて扉が閉まる。
だが、二式も
情報屋・春の言葉を思い出す。
第五撮影所は、あるけれどない、ないけれどある、そういう場所だった。最初からそうだった。
『四の字は縁起が悪いといって、EGG STUDIOには最初から第四撮影所が存在しない。でもねおふたりさん、四という数字をすっ飛ばしたからといって……第五撮影所は所詮四つめの撮影所でしかないんだよ』
縁起を担ぐとか、気の持ちようとか、そういった一般人の感覚は春には通用しないようだった。
だから二式と
「上か」
撮影所というにはあまりにも低い天井だった。たとえばここで、何を撮影することができるだろう。二式は考える。派手な殺陣があるようなシーンはまず撮れない。
「血……?」
滴る。
天井から、真っ赤な液体が。
鉄の匂いがする。
二式の二の腕に滴った血液を、
灼けるような激痛に二式は小さく唸り声を漏らす。「阿二」という声に「大丈夫や」とどうにか応えを絞り出す。
血糊じゃない。本物の血がポタリポタリと──
「郭女士……!」
郭封鈴はここで何を見た。
何をされた。
「阿二!」
二式をほとんど抱え込むように庇う
「人がいる!」
懐中電灯の頼りのない光の先でぐったりと横たわっているのは。
「……
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