苺果との邂逅 2

 彼女との馴れ初めは、1ヶ月前に遡る。


 東京の木枯らしが吹く季節、僕は自殺をしようとしていた。


 橋の欄干から落ちて死のうとしていたのだ。


 泣きながら、飛び降りようとした。


 周りは騒然として、救急隊員への通報は間に合っていない。


 そこに臆することなく近づいてきたのが苺果ちゃんだ。

 ピンクのスカートとブラウスに黒のレース。手にはストローの刺さったピンクのモンエナ。

 街を歩くとたまに見かける、地雷系というやつだった。


「お兄さん、死にたいの? ちょっと待ってよ、苺果は何でもお兄さんの言うこと聞くから考え直そ」


 何でも言うこときくから、に惹かれたわけじゃない。僕は人と話すことに飢えていた。


 橋の上に立ったまま、いろいろなことを苺果ちゃんと話した。


「お兄さん、ひとりっこ?」

「うん」


「苺果はね、お兄ちゃんがいたんだけど自殺しちゃった」

「そうなんだ」


「だからね、苺果、お兄さんを救いたい! 自殺をやめてもらいたい! 苺果にできることなら、なんでもするからやめて!」


 少し考える。


「本当に、なんでもしてくれるの?」


 苺果ちゃんは元気に言う。


「なんでもする!」


「じゃあ僕の家に来て、毎日お話して、おはようとおやすみを言って、たまに遊びに連れていってよ」


 期待して言ったわけじゃない。

 でも友達がほしかった。僕には友達がいないから。


 他人からの、おはようもおやすみも、なんにもない。ごはんはコンビニ弁当と外食。誰とも交流はなく、風邪をひいても、捻挫しても、心配してくれる人はいない。

 誰からの影響も受けないということはいいことなのかもしれない。けれど自分の内圧が高まっていくのを日々感じていた。


 内圧の正体は、寂しいという感情と、孤独感。


 虚しい毎日に僕はなんの意味も、価値も、見いだせない。


 だから死んでしまいたい。終わらせたい。平坦な、なんの刺激もない毎日を。


「ふうん、それが望みなんだ。じゃあ苺果、お兄さんの彼女になるよ。だから自殺やめて。LINE交換して、おうち連れていってよ」


 苺果の言葉がこの場限りのものでも、僕は一瞬、救われた幻想をみた。


 苺果の顔をしっかりと見た。舌ったらずで甘やかな言葉を吐くのに、目はどこか怜悧な光を宿しているところを、見た。


 それでいいかと思った。

 苺果の言葉に乗ってみて、ダメだったらまた死のうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る