第二章:遭遇

リオは、目の前の青年――カインにじっと視線を向けた。彼はただの旅人ではない。鋭い目つき、そして躊躇なく敵を倒すその動きから、相当な経験を持っていることがわかる。


「カイン…俺はリオって言うんだ。村からここに来たんだけど、目的があってこの森を抜けたいんだ。」



リオは少し緊張しながら、自分の目的を簡潔に話した。アイリスを救うため、光の泉を目指していることも伝える。


「光の泉、ね…。あそこを目指すとは、どうやらお前、ただの坊やじゃないみたいだな。」



カインは腕を組んで考え込むように言った。その表情には、何かを見定めるような真剣さがあった。


「だったら、ちょっと手を貸してやるか。どうせ俺もこの森の出口を探してたところだしな。」



彼はそう言って軽く肩をすくめた。


「本当に?ありがとう、カイン!」



リオはカインの申し出に感謝し、胸が少し軽くなった気がした。これで少しでもアイリスを救う希望が近づいた気がしたのだ。


「ま、助けるのはいいけど、ちゃんと俺の指示には従ってもらうぞ。無茶な行動はしないこと、わかったか?」



カインはリオを鋭く見つめ、少しでも危険を感じれば即座に行動に移す準備ができていることを示した。


「わかった。俺、一刻も早く光の泉に辿り着きたいんだ。アイリスを救うためにも…」



リオは決意を込めてそう言った。


「お前のその覚悟、無駄にするなよ。」



カインはにやりと笑い、手早く道具を準備し始めた。二人は、迷いの森を抜けるための新たな旅路へと進み始めた。


森の中は不気味な静寂に包まれていた。木々が生い茂り、道がどこに続いているのかもわからない。しかし、カインは迷いなく進んでいく。彼の背中には確固たる自信が感じられた。


「リオ、ここでは周囲に注意を払え。何が飛び出してくるかわからないからな。」


カインはリオに目配せしながら、慎重に進んでいく。リオもその言葉に従い、森の中を警戒しながら歩いていた。彼はアイリスのことを心に思い浮かべながら、一歩一歩確実に進もうとしていた。


「カイン、どうして君はこの森にいたんだ?」


リオはふと疑問に思い、カインに問いかけた。


「俺か?まぁ、旅の途中ってやつだ。いろんな場所を見て回ってるんだよ。ちょっと厄介な依頼も受けたりするけどな。」


カインは軽く肩をすくめて答えた。その言い方から、彼が単なる気のいい旅人ではなく、何らかの過去を抱えていることがうかがえた。


「依頼って、何か特別なことをやってるのか?」



リオはさらに質問を続ける。彼はカインに対して少しずつ興味を持ち始めていた。


「まぁな。俺は、困ってる奴を助けるのが性分でね。だから、あちこちで人助けして回ってるわけだ。」



カインは軽く笑いながら言ったが、その瞳にはどこか影が感じられた。


「でも、お前の目的はしっかりしてる。そんなお前の決意を、俺は無駄にしたくない。」



カインの言葉には、リオへの信頼が感じられた。それがリオにとっては大きな支えとなった。


森を進む中で、リオとカインはさらに奥深くへと入っていった。その途中で、奇妙な音が響いてきた。まるで風がうねるような音だが、その中には不自然な気配が混じっていた。


「リオ、止まれ。」



カインが鋭く言うと、リオはすぐに足を止めた。カインは周囲に目を光らせ、剣に手をかけた。


「出てくるぞ…準備しろ。」


次の瞬間、茂みから飛び出してきたのは、複数の目を持つ巨大な昆虫のような怪物だった。その体は硬い甲殻に覆われ、毒々しい紫色の光を放っている。


「行くぞ、リオ!」



カインは素早く剣を抜き、怪物に向かって突進した。リオも短剣を握りしめ、カインに続いて突撃する。しかし、カインの動きはあまりにも速く、怪物は一瞬でその剣閃に斬り裂かれた。


「すごい…」


リオはカインの圧倒的な戦闘能力に驚愕した。


「何ぼーっとしてる。油断するな、まだいるぞ!」



カインが警告すると、別の怪物がさらに迫ってきた。今度はリオも全力で応戦する覚悟を決めた。


「アイリスを救うためにこんなところで負けるわけにはいかない…!」


リオは短剣を振りかざし、敵に立ち向かう。その動きはまだぎこちないが、強い意志が彼を突き動かしていた。


「いいぞ、その調子だ!」


カインが背後からリオを援護しながら、次々と怪物を倒していく。リオはカインの助けを得ながらも、自分の力で戦い抜くことを意識していた。


二人が連携して戦い抜いた後、ついに森の出口が見えてきた。リオは息を切らしながらも、達成感に満ちていた。森を抜け、リオとカインは広がる草原を見渡した。陽光が緑の大地を照らし、遠くには山々が連なっている。風が穏やかに吹き抜け、二人の頬を撫でていく。


「この先に進めば、光の泉への道が開けるはずだ。」



カインが地図を見ながらそう言った。


「でも、まだこの旅は始まったばかりだな。」



リオは少し緊張した面持ちで続ける。カインの戦い方を見て、自分ももっと強くならなければと強く感じていた。


「緊張しなくていい。焦らずに、少しずつ進めばいいんだ。お前には覚悟がある。それがあれば、あとは経験でいかようにもなる。」



カインは励ますようにリオに言葉をかける。


「うん、わかってる。一歩ずつ進んでいくよ。」



リオは小さく頷き、前を見据えた。二人が草原を進む中で、ふと遠くから楽しそうな声が聞こえてきた。気になった二人はその声の方に向かうことにした。丘を越えると、そこには見たことのない鮮やかな衣装をまとった少女がいた。彼女は楽しげに何かの呪文を唱えながら、まるで踊るように魔法を操っている。


「おい、あの子は…?」


リオが驚いて声を漏らすと、カインも少し目を細めた。よく見ると楽しげに踊る少女の足元には巨大な怪物の骸が数体分。おそらく彼女がやったのだ。


「見かけによらず、かなりの魔法使いだな。あれほど自在に魔法を操れるのは、普通じゃない。」



カインは警戒を解かず、リオに注意を促す。少女がリオたちの存在に気づくと、くるりとこちらに振り向き、にっこりと笑った。


「こんにちは!こんなところで出会うなんて、奇遇だね!」



彼女は明るい声で挨拶しながら、軽やかにこちらに歩み寄ってきた。


「こんにちは。俺はリオ、こっちはカイン。君は…?」


リオは少し戸惑いながらも、自分たちの名前を名乗った。


「私はメリッサ!ちょっと旅の途中で魔法の練習してたんだ。君たちも旅してるの?」



彼女は無邪気な笑顔を浮かべながら尋ねた。


「そうだ。俺たちも旅をしているんだけど、君みたいな魔法使いがいるなら頼もしいな。」


リオが少し感心したように言うと、メリッサは得意げに胸を張った。


「そうでしょ?私、どんな魔法でも使えるんだよ!回復もできるし、戦闘だって任せて!」


彼女は楽しそうに言ったが、その明るさには底知れぬ自信が感じられた。


「へぇ…それは頼もしいな。ただ、お前の行動が危険を招くこともある。無鉄砲な行動だけは控えてくれよ。」


カインは注意を促しつつも、彼女の実力を認めていた。


「うんうん、大丈夫!ねぇ、私も一緒に行っていい?なんか楽しそうだし、みんなで旅する方が絶対面白いよ!」


メリッサは期待に満ちた目でリオを見つめた。リオは一瞬迷ったが、彼女の無邪気さと明るさが自分たちにとっていい影響を与えるかもしれないと感じた。カインも静かに頷き、それを了承する。


「わかった、じゃあ一緒に行こう。これから光の泉を目指すんだ。」


リオがそう言うと、メリッサは満面の笑みを浮かべた。


「やった!みんなで冒険するなんて、最高だね!よろしくね、リオ、カイン!」


彼女は嬉しそうに二人の手を握りしめ、ぴょんぴょんと跳ねた。こうして新たな仲間を得たリオたちは、旅を続けていく。彼らの絆は少しずつ深まり、互いに支え合いながら困難に立ち向かう準備が整っていった。




リオ、カイン、メリッサの三人は、渓谷の入り口に立ち、目の前に広がる険しい道を見つめていた。空気は冷たく、渓谷の奥からは風の音と共に不気味な響きが漂ってくる。渓谷の岩壁には苔が生え、薄暗い空間がまるで不吉な影を落としているかのようだった。


「ここを抜ければ、次の村にたどり着ける。その村に、俺たちにとって頼もしい仲間がいるんだ。」


カインはリオたちにそう告げ、地図を広げながら歩き出した。


「その人って、どんな人なの?」


リオが尋ねると、カインは慎重な口調で答えた。


「エリナという女だ。冷静で腕も立つが、少し人付き合いが苦手なところがある。でも、頼れる仲間になるはずだ。」


リオは少し不安を感じながらも、頷いた。新たな仲間と出会える期待感と共に、これまでよりも厳しい試練が待っていることを予感していた。

渓谷の道は、まるで生き物が這い回った後のように捻れ、曲がりくねっている。岩陰には不気味な影が揺れ、低い唸り声が風と共に響くたび、メリッサが小さく肩をすくめた。


「なんだか、嫌な感じがするね…。ここ、ただの渓谷じゃないみたい。」



メリッサは不安げに呟いた。

「油断するな。この辺りは、昔から『死者の谷』と呼ばれていて、怨霊や魔物が出るって言われているんだ。」


カインが鋭い目つきで周囲を見回しながら警告する。


「死者の谷…。」


リオはその言葉を繰り返し、自然と足が速まった。ここに長居するのは危険だという直感が働いていた。

しばらく進むと、前方に細身の女性が立っているのが見えた。黒いローブを身に纏い、冷たい目でリオたちをじっと見つめている。


「カイン、遅かったわね。」


彼女は低い声で言い、目線をリオたちに向けた。


「エリナ、探してたんだ。」


カインが前に出て彼女と短く挨拶を交わした後、リオとメリッサにエリナを紹介しこれまでの事情を説明した。


(この人がエリナか…。)


リオは緊張しながらも挨拶する。エリナはじっとリオの目を見つめた後、短く頷いた。


「助けが必要なら、私は協力するわ。でも、私に足手まといは許さない。自分の身は自分で守ること。いいわね?」



エリナは冷たい口調で言い放った。彼女が仲間になることにしたのは、自分の経験から彼に教えられることがあると感じたからだった。


「もちろんだ、全力で頑張るよ。よろしく。」


リオは真剣な眼差しを返し、エリナの言葉をしっかり受け止めた。カインはそのやりとりを見て、満足そうに頷いた。





「よし、エリナも加わったことだし、この渓谷を抜けよう。ここを越えれば村があるが、その前に厄介な連中が出てくる可能性が高い。」


四人がさらに奥へと進んだ時、突然、異様な気配が漂い始めた。空気が重く淀み、耳鳴りがするような不快な振動が伝わってくる。リオは無意識に短剣を握りしめた。


「この感じ…何か来るわ。」



エリナが冷静に呟いた瞬間、渓谷の岩陰から複数の赤い目が浮かび上がった。岩壁から滑り出るように現れたのは、鋭い牙を持ち、四つん這いで這う異形のものたちだった。彼らは腐敗した獣のような姿をしており、体からは不気味な黒い霧を発している。口から垂れる毒液が地面に落ちると、ジリジリと煙が立ち上がった。


「やばい、こいつら…!」



リオは身構えたが、その動きが鈍い。初めて見る異形の魔物に、体が竦んでしまう。


「リオ、しっかり!」



メリッサが支援魔法を準備しながら叫ぶが、魔物たちは一瞬の隙を見逃さず、牙をむいて一斉に飛びかかってきた。


「行くぞ!」



カインが先陣を切り、剣を振りかざして魔物を迎え撃つ。剣は見事に魔物の体を切り裂くが、切断された体からはさらに黒い霧が噴き出し、空気を毒するような不気味さが広がった。


「こいつら、ただの魔物じゃないわ…霊的な要素も混ざってる。」



エリナが鋭い観察眼で状況を分析し、魔法で影を操りながら敵の動きを封じる。しかし、数が多く、次々と湧き出るように現れる魔物に、四人は徐々に追い詰められていく。


「まずい、数が多すぎる…!」


リオは短剣を振るいながらも、すでに体力が限界に達しつつあった。彼の剣は魔物に届くが、すぐに新たな魔物が襲いかかってくる。


「無理をするな、リオ!ここは一旦退くぞ!」


カインが必死に叫ぶが、リオはその言葉を理解しながらも、目の前の敵を倒すことに必死だった。


「アイリスを救うために、ここで引くわけには…!」


リオが渾身の力で短剣を振るった瞬間、鋭い爪が彼の肩を引き裂いた。激痛が走り、リオはその場に崩れ落ちる。


「リオ、しっかりして!」



メリッサが駆け寄り、すぐに回復魔法を施すが、敵の猛攻は止まらない。カインもエリナも、全力で応戦するが、状況は悪化する一方だ。


エリナは険しい表情を浮かべ、退路を確保しようと影を操るが、次々と押し寄せる魔物に対して効果は薄かった。その時、渓谷の奥から、重い足音が響き渡った。全員が一斉にその方向を見つめると、現れたのは一人の黒衣の男だった。長い黒髪を持ち、冷たい瞳でリオたちを見下ろしている。


「誰だ…?」


カインが剣を構えたまま、男に問いかけた。


「俺の名はレイヴン。ここから先に進む者は、その覚悟を示さねばならない。」


レイヴンは冷ややかに笑い、漆黒の剣を構えた。


「レイヴン…この人相当の手だれよ…!」



エリナが睨みつける。


「そう睨むな。お前たちがこの先へ進むに相応しいか、それを試すために来た。」



レイヴンが一歩前に踏み出すと、その周囲に黒い霧が集まり、彼の力を増幅させた。魔物たちもまた、その霧の影響で凶暴さを増し、リオたちに再び襲いかかってきた。


「全力で奴を倒す!」


リオは叫ぶ。4人は再び戦闘態勢に入った。しかし、レイヴンの力は圧倒的であり、リオたちは次々と追い詰められていく。


(強すぎる…!)


リオは必死にレイヴンに立ち向かおうとするが、その力の差に絶望感を覚えた。


「俺たちはまだ足りない…!」


カインは自分の無力さを痛感し、全員が窮地に立たされている状況に焦りを感じた。


「みんな、ここで死ぬわけにはいかない…!」



カインが叫び、再び剣を振るったがレイヴンの一撃で吹き飛ばされてしまった。


「一旦退くぞ…!このままでは全滅する!」


エリナは冷静に判断し、退路を確保しようと試みる。それほどリオたちとレイブンとの力の差は圧倒的であった。


「くそ…今は逃げるしかない…!」

「ふっ、試すほどでもなかったか。」


撤退を開始する彼らをみてレイヴンは追撃をやめた。すでに興味を失ったようで合った。リオは悔しさを胸に抱えながら、必死に仲間たちと共に魔物から逃れるため渓谷からの脱出を目指した。




夜が明ける頃、リオたちはまだ疲労を引きずりながらも、次の目的地に向かう準備を進めていた。渓谷での敗北は、リオにとって心に重くのしかかっていた。レイヴンとの戦いで見せつけられた圧倒的な力に、自分の無力さを改めて実感し、そのことが彼の決意を揺さぶり続けていた。


「リオ、大丈夫?」


メリッサが心配そうに尋ねた。彼女は常にリオのことを気にかけていて、特に昨日の戦い以来、リオの表情が沈んでいることに気づいていた。


「うん、大丈夫…でも、もっと強くならなきゃって思うんだ。あのままじゃ、アイリスを救うどころか、みんなに迷惑をかけるだけだ…。」


リオは自分に言い聞かせるように呟いたが、その声には自信が感じられなかった。


「強さは少しずつ身につけていけばいいさ。一度に全部できるようになろうとするのは無理なんだよ。」


カインが優しく声をかける。彼もまた、自分がかつて同じような焦りと向き合っていた経験があるからこそ、リオの気持ちが痛いほど理解できた。


「焦る気持ちはわかるけど、無理に力を引き出そうとすると、逆に自分を壊すだけだわ。」


エリナも静かに言葉を添える。


「そうだね…ありがとう、みんな。」


リオは皆の言葉を聞き、自分を少し冷静に見つめ直すことができた。今は焦らずに、一歩ずつ進むことが重要だということを理解し始めていた。


その日の午後、リオたちは次の村にたどり着いた。そこは小さな山間の村で、光の泉に向かう旅の通過点として知られていた。村人たちは親切で、リオたちを温かく迎え入れてくれた。


「ここで少し休息を取って、体力を回復させよう。」


カインが提案し、全員がそれに同意した。村の宿で部屋を借り、彼らはそれぞれの時間を過ごすことにした。リオは宿の中庭でひとり、短剣を振る練習をしていた。彼は何度も何度も同じ動きを繰り返し、己の技術を磨こうとしていた。しかし、動きがぎこちなく、焦る気持ちが動作に現れていた。


「そんなに力んでも、技は鋭くならないわ。」



不意に背後から声が響いた。エリナが、腕を組んでじっとリオを見つめていた。


「エリナ…」


リオは少し驚きながらも、その場に動きを止めた。


「あなたは一生懸命なのはわかるけど、その焦りが自分の動きを鈍らせているのよ。力を抜いて、もっと冷静に状況を見極めることが必要よ。」



エリナは静かにアドバイスを続ける。その目には、ただ指導する以上に、リオが成長することを願っている優しさが見えた。


「わかってるんだけど、どうしても…」


リオは悔しそうに言葉を詰まらせた。頭では理解していても、心がついてこない。アイリスを救いたいという気持ちが強すぎて、それが逆に彼を縛っているのだ。エリナはリオの様子を見て、ため息をついた。


「誰かを守るために強くなりたい、その気持ちは素晴らしいわ。でも、自分自身を見失うほどその気持ちに囚われてはいけない。まずは、あなたがあなた自身を冷静に保つこと。それが本当の強さよ。」


その言葉はリオにとって大きな気づきだった。彼はただ強くなりたいと思っていたが、そのためにはまず、自分の心をコントロールしなければならないことを教えられたのだ。


「ありがとう、エリナ。俺、少し焦りすぎていた気がするよ。」


リオはこの旅の中で自分が能力的にも精神的にも大きく成長することを心に誓った。




翌日、リオたちは村を出発する準備を整えた。新たな決意を胸に、リオは自分の成長を感じ始めていた。焦らず、確実に進む――その思いが彼の表情を引き締めていた。


「次に向かう場所は、さらに険しい山道が待っている。でも、ここを乗り越えた先に、光の泉への道が見えてくるはずだ。」


カインが地図を見ながら説明する。


「私たちなら、乗り越えられるよね!」


メリッサはいつもの明るさを取り戻し、元気いっぱいにリオたちを見上げた。彼女の笑顔は、リオの胸の中に小さな勇気を灯してくれる。


「うん、そうだね。今度は冷静に状況を見て動くよ。焦らず、一歩ずつ進んでいこう。」


リオはしっかりと頷き、自分に言い聞かせるように言葉を口にした。その姿に、カインもエリナも安心したように微笑んだ。


「よし、それじゃあ進もう。この先の山道は険しいが、俺たちならきっと乗り越えられる。」


カインは地図を確認しながら、リオたちに合図を送る。山道は細く、足元の岩場が不安定な場所が続いていた。風が強く吹き付ける中、リオたちは慎重に一歩ずつ前に進んでいく。周囲の木々はひしめき合い、時折不気味な鳴き声がどこか遠くから響いてくる。


「気を抜くな。ここは自然の危険だけじゃなく、魔物が出没する可能性も高い。」


カインが警戒を呼びかけ、エリナも静かに頷いた。彼女は何かを察知したかのように、手を軽く広げ、影を使った魔法をいつでも発動できる状態にしていた。リオもまた、周囲に気を配りながら慎重に歩を進めていた。焦りは抑え、冷静に自分の役割を果たすことに意識を集中していた。


「カイン、この山道を抜けたら、光の泉に近づくって本当?」


リオが尋ねると、カインは少し険しい表情を見せた。


「確かにこの山を越えれば、光の泉へ繋がる道があるはずだが、そこはさらに危険な領域だ。強力な魔物や、古の守護者が待ち構えていると言われている。」


カインの言葉に、メリッサが少し怯えた様子を見せた。


「強力な魔物って、どんなのがいるのかな…。大丈夫かな…。」


彼女の不安を察したリオは、軽く肩を叩いて励ました。


「心配するな、メリッサ。みんなで協力すれば、どんな困難も乗り越えられるよ。」


リオの言葉に、メリッサは少し安心したように微笑んだ。山道を進むうちに、次第に霧が濃くなってきた。視界が狭まり、風も冷たさを増していく。まるで何かが彼らを試すかのように、不穏な空気が漂い始めた。


「気をつけろ。この霧の中では、視界を奪われて敵の位置を見失う可能性がある。」


エリナが冷静に状況を分析し、リオたちに指示を出す。


「ここは慎重に進もう。互いに目を離さないように。」



カインも同意し、全員が声を掛け合いながら進むことにした。

だが、その時――


「ぐるる…」


低く唸るような声が、霧の中から響いた。その音は、まるで何か巨大な獣が息をひそめているかのようだった。


「来るわ…!」


エリナが声を上げた瞬間、霧の中から鋭い爪が光を反射して飛び出してきた。それは、巨大な狼のような影。だが、その目は赤く輝き、体には禍々しい黒いオーラが渦巻いている。


「こいつはただの狼じゃない。霧を操る霊獣だ…!」


カインが叫び、剣を構えた。リオはその姿を見て一瞬怯んだが、今度は動きを止めなかった。自分を冷静に保ち、仲間たちと連携することを第一に考えた。


「エリナ、霧を散らす技は使える?」


リオが尋ねると、エリナは短く頷いた。

「できるけど、それには少し時間がかかる。だから、その間、敵を引き付けて。」


エリナは集中し、影を操りながら霧を払う準備を始めた。


「了解、任せて!」


リオはすぐにカインと目を合わせ、互いに無言で作戦を確認した。カインが前衛で敵を引きつけ、リオはその隙を狙って短剣を素早く突き刺す。メリッサはその後ろから支援魔法で仲間をサポートしつつ、リオとカインが動きやすいように攻撃を分散させた。


巨大な霊獣は鋭い爪を振り下ろし、恐ろしいスピードで襲いかかってくる。その動きは霧の中で見えづらく、リオは何度もかわし損ねそうになったが、今回は焦らずに冷静に対処した。


「落ち着け、リオ…冷静に対処すれば、やれる!」


彼は自分に言い聞かせ、敵の動きを見極めて正確に短剣を繰り出した。少しずつだが、着実に霊獣にダメージを与えていく。


「今よ!」
エリナが叫び、影の魔法が発動された。霧が一気に払いのけられ、周囲の視界が広がった。


「今がチャンスだ、リオ!」


カインが合図を送り、リオは渾身の力で霊獣の弱点に短剣を突き刺した。霊獣は激しく咆哮し、その場に倒れ込んだ。彼らは息を切らしながらも、ついに敵を打ち倒したことを実感した。


「やった…!」

リオは安堵の息を吐き、地面に膝をついた。だが、その顔にはかつての焦りではなく、自分が一歩成長したという確かな自信が感じられた。


「見事な連携だったな。焦らず、冷静に動けていた。」


カインがリオの肩を叩き、笑顔を見せた。


「ありがとう。みんながいたから、冷静でいられたんだ。」


リオは素直に感謝の気持ちを述べた。エリナも、静かにリオを見つめながら頷いた。


「あなた、少しは成長したわね。」



その言葉は、リオにとってこれ以上ない褒め言葉だった。

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