ブレイジング
K
第一章:旅立ち
青く澄み渡る空の下、穏やかな風が草原を撫でる。太陽の光が温かく降り注ぎ、鳥たちのさえずりが辺りに響く。リオは村の高台に腰掛け、目を閉じて風を感じていた。この場所は彼にとって特別な意味を持つ、心の安らぐ場所だ。幼い頃から、彼はここで空を見上げ、夢を語り、そして友人たちと過ごしてきた。
「リオ、ここにいたんだ。」
リオが目を開けると、隣にはアイリスが立っていた。彼女の笑顔は、いつもリオにとっての光だった。幼なじみとして長い間一緒に過ごしてきた彼女は、リオにとって唯一無二の存在だ。
「またここでぼーっとしてたんだね。」
アイリスは、リオに優しく語りかけながら隣に腰を下ろした。その声には、どこか優しい響きがあった。
リオは軽く肩をすくめて笑みを浮かべる。
「なんだかここにいると、全部忘れられる気がするんだ。何も考えずに、ただ風を感じてるだけで、安心できる。」
リオの言葉に、アイリスは小さく頷いた。彼女もまた、この場所に特別な思いを抱いていた。二人が幼い頃、共にここで夢を語り合い、未来を想像していた記憶が鮮明に残っている。
「ねぇ、リオ。将来、私たち、ずっとこうして一緒にいられるのかな。」
突然の問いに、リオは少し驚いた。彼女の声には、微かに不安が混じっている。
リオは空を見上げ、答えを探すように少しの間黙った後、しっかりとした声で答えた。
「もちろんさ。俺がいる限り、アイリスを守るって決めてるから。どんなことがあっても、ずっと一緒にいよう。」
その言葉に、アイリスは嬉しそうに微笑んだが、少しだけ首を傾げた。
「ありがとう、リオ。でもね、私はただ守られるだけじゃなくて、お互いに支え合いながら一緒に進んでいきたいの。きっとそれが一番楽しいんだと思うの。」
リオは少し考えた後、軽く頷いた。
「確かに…そうだな。ただ守るだけじゃなくて、もっと一緒に成長していくことが大事だよな。」
リオは少し恥ずかしそうに笑った。それでも、彼の中にある「守る」という気持ちは変わらない。彼にとって、アイリスは何よりも大切な存在だからだ。
そんな二人のやり取りを見守っていた村の広場では、いつも通りのにぎやかな声が聞こえていた。子どもたちが元気に走り回り、大人たちが日々の仕事に精を出している。リオとアイリスは、その風景を一緒に眺めながら、穏やかな時間を楽しんでいた。
「リオ、今日は広場でお祭りがあるんだって。一緒に行かない?」
アイリスが嬉しそうに提案する。その瞳はキラキラと輝き、まるで子どもみたいに無邪気だ。
「お祭りか。いいね、楽しそうだ。」
リオもその提案に乗り、二人は村の広場へと向かうことにした。
広場に着くと、賑やかな音楽と笑い声が響き渡っていた。屋台が立ち並び、村の人々が楽しそうにお祭りを満喫している。リオとアイリスは、そんな村人たちの間を抜けて歩いていた。
「リオ、あれ見て!リンゴ飴!」
「リンゴ飴がそんなに好きだったっけ?」
「子どもの頃からずっと好きなの!甘くておいしいんだから。」
その言い方が可愛らしく、リオは思わず笑ってしまった。
「じゃあ、一緒に食べようか。」
そう言ってリオは屋台でリンゴ飴を二つ買い、アイリスに手渡した。二人は肩を並べてリンゴ飴をかじりながら、夜空を見上げた。星が瞬き、空はまるで宝石箱のように輝いている。
夜も更け、二人は再び村の高台に戻った。空には満月が浮かび、静かな夜風が心地よく吹いている。
「リオ、ありがとう。今日は本当に楽しかった。」
アイリスは感謝の気持ちを込めて、リオに微笑みかけた。その笑顔が、リオにとっては何よりも大切だった。
「俺も楽しかったよ。…またな。」
リオはそう言ったが、胸の中には根拠の不安が渦巻いていた。この平和が、長くは続かないかもしれない――そんな予感が。
「きっと大丈夫だよ、リオ。前にも話たよね、私たちなら、どんなことがあっても一緒にいられる。」
アイリスは優しくリオの手を握り、彼を励ますように言った。その手の温かさに、リオは少しだけ不安を和らげることができた。
「…そうだな。ありがとう、アイリス。」
リオも手を握り返し、笑顔を見せた。しかしその夜、彼は眠れぬまま星空を見つめ続けていた。
翌朝、村にはいつもと変わらぬ平和な空気が流れていた。太陽が昇り、村の人々がそれぞれの仕事に取り掛かり始める。リオもまた、いつもの朝と変わらず、外に出る準備をしていた。だが、その胸中には昨日から続く不安の影があった。
アイリスと過ごした穏やかな時間の裏に、どこか異質な何かを感じていたのだ。特に理由もないのに、なぜかこの平和な日常が壊れそうな予感がしてならない。それは些細な胸騒ぎだったが、リオにとっては無視できないものだった。
「リオ!大変だ、アイリスが…!」
突然の叫び声が村中に響き渡った。リオは一瞬で目を見開き、振り返った。そこには、慌てた様子で駆け寄ってくる村人がいた。息を切らしながら、彼は続けた。
「アイリスが倒れたんだ!急いで家に来てくれ!」
リオは胸騒ぎが現実になったことを感じ、心臓が一瞬止まったかのように感じた。彼はすぐに駆け出し、アイリスの家に向かう。
彼女の家の前には、心配そうに見守る村人たちが集まっていた。
「アイリス…!」
リオは家に駆け込むと、そこで横たわるアイリスの姿を見つけた。彼女は苦しげに呼吸をしており、顔色は青白い。
「アイリス、しっかりして!」
リオは彼女の手を握り、呼びかける。しかし、彼女の意識は朦朧としており、まるで遠くにいるかのようだった。
「何があったんだ…どうして急にこんな…」
リオは混乱し、何とかアイリスを助けようと必死になったが、どうすればいいのかわからなかった。
その時村の長老がゆっくりとリオに近づいてきた。彼は知識と経験豊富な人物で、村の人々から信頼を集める人物だ。
「リオ、アイリスの症状は尋常ではない。これは、普通の病気ではない可能性が高い…」
長老は険しい表情で言った。
「普通じゃない?じゃあ、一体どうすれば…」
リオは必死に食い下がる。
「おそらく、これは『魔の病』だろう。かつてこの地に暗黒の力が満ちていた時代に広まったとされる恐ろしい病だ。」
長老は静かに語った。その言葉に、リオの顔が青ざめる。
「そんな…じゃあ、このまま放っておいたら…」
リオの心は不安と恐怖でかき乱される。彼は何とかしてアイリスを助けたい一心で、長老に問いかけた。
「助ける方法はないんですか!?何でもいいから、アイリスを助けたいんです!」
リオの声には、絶望感と焦りがにじんでいた。長老は一瞬黙り込み、深くため息をついた。そして、重い口を開いた。
「唯一の方法は、遥か彼方にある『光の泉』にたどり着くことだ。そこにある清浄な水が、この病を癒す力を持っていると伝えられている。しかし、その道のりは険しく、危険が伴う…」
長老の言葉は重く、リオの心に突き刺さった。だが、リオは迷わない。アイリスを救うためなら、どんな危険にも立ち向かう覚悟はできていた。
リオは長老から光の泉への行くための道を聞き、すぐに準備を始めた。アイリスの元に戻り、彼女の手を握りしめる。
「待っていてくれ、必ず助ける…!」
道中必ず通らればならない東の森は昔から「迷いの森」として恐れられていた場所だ。入ったが最後、無事に帰った者は少ないと言われており、森の中にはさまざまな怪物が潜んでいるという噂があった。
しかし、リオは迷わず森へ足を踏み入れる。アイリスを救うためなら、恐怖に立ち向かう覚悟はできていた。
森の中は、昼間だというのに薄暗く、木々がうねりながら生い茂っている。枝葉が風に揺れるたび、不気味な音が響き渡る。リオは注意深く進みながらも、心の中で何度もアイリスの顔を思い浮かべ、決意を新たにしていた。
迷いの森は、昼間にも関わらず、薄暗い闇に包まれていた。木々はうねり、枝葉が揺れるたびに不気味な音が辺りに響いていた。
彼はふと、森の奥から何かの視線を感じた。だが、気のせいだと自分に言い聞かせ、足を止めずに進むことにした。
「絶対に…絶対にアイリスを救うんだ…!」
その時、森の奥から低い唸り声が聞こえた。リオが立ち止まり、音のする方を見つめると、暗闇の中から何かがこちらに向かってくるのが見えた。姿を現したのは、鋭い牙を持つ狼のような怪物だった。目は赤く光り、今にもリオに飛びかかろうとしている。
リオは腰に差していた短剣を握り締め、怪物を睨みつけた。恐怖を感じながらも、アイリスのために一歩も引かないという覚悟が彼の中にあった。
「ここで倒れるわけにはいかない…!」
そう決意を固めた瞬間、リオの背後から、鋭い声が響いた。
「無茶するな、素人!」
その声と共に、目にも留まらぬ速さで風が通り抜けたかと思うと、狼のような怪物が一瞬で倒れ込んだ。リオが驚いて振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。黒髪に鋭い目つきをしたその青年は、軽やかに剣を回しながらリオをじっと見つめていた。
「一人で突っ込むなんて、大した根性だが、無謀すぎる。」
青年は苦笑しながら言った。リオはまだ状況を理解しきれず、混乱したまま問いかけた。
「君は…誰なんだ?」
青年は剣をしまい、リオに手を差し出した。
「俺の名前はカイン。迷える坊やを助けるのが趣味な旅人さ。」
そう言って、彼はニヤリと笑った。
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