灰色と薔薇色のキャンバス

棺あいこ

1 ラブレターの差出人

「やっぱり……、いたのか」


 俺の名前は五十嵐侑いがらしあつむ、桜が舞い散る坂道で彼女と出会った。

 彼女とは二度と会いたくなかったから……、彼女が選びそうな高校を全部避けたけど。結局、俺はどこに行っても彼女から逃げられないのか? 成績もいいくせに、どうしてもっと良い高校に行かなかったんだろう。普通は将来のために……、もっと良い高校を選ぶだろ? 分からない。


 本当に、分からない。


「おはよう、五十嵐くん。また同じ学校だね?」


 いつもと同じ穏やかな声。

 どうして……、俺の前で何もなかったように笑っているんだろう。七沢雪美ななさわゆきみ

 4月、俺たちは同じ高校に通うことになった。

 また……、彼女と3年を———。また…………。また…………。


「五十嵐くん? 具合悪いの……?」


 俺のところまで歩いてきた七沢さんが……、さりげなく俺のひたいに手のひらを当てる。つま先立ちをして、熱を測っているけど、そんなことで分かるわけないだろ。そしてつらそうに見えたから、軽く彼女の手首を掴んだ。


「大丈夫ですよ、七沢さん。ちょっと……、びっくりしただけです」

「そうなんだ……。心配したよ、五十嵐くん」


 小さい声で俺のことを心配してくれる七沢さん、どうして……そんな余計なことをするのか分からなかった。

 そのまま彼女と一緒に学校へ向かう。


「今年も、同じクラスだったらいいね。いろいろ話せるし……」

「そうですね」


 同じ学校に行きたくなかった俺のプランは見破られて……、この後は運に任せるしない。クラス分けは思い通りになるもんじゃないから、七沢さんと距離を置くためには神様に祈るしかなかった。


「よぉ、侑。お前、どうしてこの学校に来たんだよ」

りく……」

「あれ? これはこれは……、春山中学校のアイドル七沢雪美じゃないか」

「お、おはよう……。北山きたやまくん」


 彼の名前は北山陸きたやまりく。同じ中学校出身で3年生の時、七沢さんと同じクラスだった。

 178センチの高い身長のおかげでけっこう人気があった人。

 そしてスポーツ万能。


「あっ。そうだ、おめでとう! 侑」


 俺の肩に手を乗せて、いきなり「おめでとう」と言う陸。

 人が多くて、俺はまだ確認しなかったけど……、まさかあれなのか。


「どういうことかな?」

「今年も七沢と同じクラスだな。侑。お前、いつも運が良すぎる」


 やっぱり、そうだったか。

 そしてそばにいる七沢さんがニヤニヤしていた。


「それに! 俺も同じクラスだ。俺もついてるな」

「よかったね。陸」

「今年は噂されないようにな。侑。と言っても……、この学校に入学した生徒たち中には同じ中学校出身のやつもけっこういるからダメか」

「そうか、ありがとう。気をつけるから……。そして……俺たちはそういう関係じゃない、陸」

「出た。あの『俺たちはそういう関係じゃない』。誰もそう思わないのにな」

「…………」

「そうだ。お前はどうする?」

「何を?」

「部活のことさ」

「ああ……」


 その時、七沢さんが俺の袖を掴んだ。

 そして俺と目を合わせる。

 それだけで分かってしまう。七沢さんは今「クラスに行きたいから、早く話を終わらせて」と言っている。3年間、七沢さんと一緒に学校生活をしていたから、言わなくても分かってしまうことがたくさんある。

 ほとんど、叩き込めれたことだけど……。


「…………」


 そして彼女に友達って呼べる人はなぜか俺だけだった。


「ごめん。後で話すから、陸」

「ああ、すみません。彼氏の時間を取っちゃって」

「陸……」

「あはははっ」


 ……


 入学式が終わった後、当たり前ように一緒にクラスに戻る。

 そして周りの視線が気になる。

 七沢さんは美しく可憐な女の子だから、その視線を理解できないとは言わない。その黒くて長い髪と白い肌、そして……相手の心中を見抜くような大きい瞳。だけを見ると、この学校で七沢さんより可愛い女の子はいない……とそう思ってしまうほどすごい女の子だった。


「あのね、五十嵐くん」

「はい。七沢さん」

「今日……、五十嵐くんと一緒に行きたい場所があるけど、いいかな?」

「今日は予定がないので、大丈夫だと思います」

「よかったね。実はうちの学校からちょっと離れたところにね、すっごく美味しいデザート屋さんがあるの。この前にネットで確認したけど、そこのチーズケーキがおすすめだって! 絶対食べるべきだって!」

「分かりました。一緒に行きましょう」

「うん!」


 俺は七沢さんと会う前まで女子について何も知らなかった。

 声もかけないし、女子は性別が違う人間。俺の中ではそれくらいだった。

 でも、中学3年間、俺は女子について少し分かったことがある。女子たちは甘いものがすごく好きだったってこと。俺は中学3年間、七沢さんといろんな甘いものを食べてきた。


 それは高校生になっても変わらなかった。


「私は本当に運のいい人だよ。五十嵐くん」

「はい。そうだと思います」

「同じ高校、同じクラス、そして隣席。これ以上の幸せはあるのかな?」

「どうでしょう。運についてはよく分かりません」

「確かに、ふふっ」


 そのまま席に着いて担任の先生を待つ時、隣席の七沢さんが俺の肩をつついた。


「はい?」

「五十嵐くん、手を出してみて」

「はい……」


 そして俺の手のひらに白い封筒を乗せる七沢さん。


「すみません、これは……?」

「教室に戻ってきたら、この封筒が私のカバンに入っていたの。なんだと思う?」


 表に何も書かれていない。

 そしてこの白い封筒……、どう見てもあれだよな。


「五十嵐くん、気になるなら……開けてみてもいいよ? 私は気にしないから」

「いいんですか? 俺が開けても。これ……七沢さんに———」

「いいの。早く開けてみて」

「はい……」

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