第6話 強くなるために

 剣を振りかぶるイラーリオに対して

ニーナとニーナをかばうように前に立つアーロン。

 背の低いアーロンを越えて私の頭上に綺麗に剣は落ちてくるだろう。

真剣白刃取りをすべく両手を挙げるニーナ…


 ドコォォォォン!


 という音がしたと同時に


ドコッ!ドコッ!ドコッ!ドコッ!

カララ~ン!


「うわぁぁぁぁっ!」


 え?と目を開けてみるとクロがイラーリオの襟を咥えて持ち上げていた。

猫の子のようにぶら下がるイラーリオ。


 ブヒヒヒーン


 イラーリオを咥えたまま嘶き左右に首を振るのでイラーリオも左右に振られる。


「わわわわわぁぁぁぁぁぁっ!」


「クロ!!ありがとう!!」


 ブヒンッ!


 ドヤ顔なクロ。


「なんだよ!この化け物!」


「あなたが言っていた豚に食べられた馬?かしらねぇ」


 ジロッと咥えた生き物を睨みつけるクロ。手で制する。


「ねぇ、鍛練で模擬剣を当てるのってしていい事だったっけ?

ましてや女性に対して剣をふりかざすってどうなの?」


「はぁぁぁ?女性なんかいないだろ?」


 カチッ!

クロをチラッと見る。

任せろ!と言わんばかりに子猫のようにぶら下がったイラーリオを左右に振る。


「わぁぁぁぁぁぁ!」

「いいんだっけ?どうする?クロ、揺らすなんて生ぬるい。飛ばしちゃう?」


 チラッとクロを見る


「ダメダメダメ!すみませんでした!もうしません!許してください」


 アーロンの方を見る。


「アーロン、もしかしていつも模擬剣でぶたれていたの?いつも?」


 コクンとうなずくアーロン。

この可愛い弟を痛めつけていたのか!このイラーリオが!!怒りで血が体中を巡る。


「い~つ~もぉ?」


 転がっていた模擬剣を拾う。

クロにぶらさがっているイラーリオに向かって模擬剣を振りかざす。


「やめて!」


 アーロンが後ろから抱き着いて私を止めた。



「なんで?いいの?同じ思いさせたくないの?痛かったでしょ?」


 模擬剣を捨ててアーロンの頬や頭を撫でる。袖をめくると痛々しくアザになっている。痛そうで思わずこっちが涙が出てきそうになる。


「だからといってニーナがするのは違う」


(た、確かに)


「じゃ、アーロンがする?」


 また模擬剣を拾ってアーロンに手渡す。


 構えるアーロン。ぶら下がりながらも両手をクロスにして頭をかばうイラーリオ。振りかぶるアーロン。


 ブンッ!


 風を切ったかと思ったら


 カラ~ン


 遠くに模擬剣が飛んでいった。


「え?いいの?アーロン」


 こぶしを握り締めてうつむいたまま


「いい。ボクが強くなって自力でイラーリオを倒せばいい!クロにぶら下がっているイラーリオをやってもそれは違う」


(くぅぅぅ!うちの弟ってばなんてできた子なの!)


 抱きしめて撫で繰り回したいのを我慢する。チラッとクロに目線を送るとクロはうなずくかのようにイラーリオを下に置いた。

 イラーリオは腰を抜かしたのかお尻をついたまましばらく立ち上がれなかった。二人で手を掴んで立ち上がらせた。


「ははっ」


 乾いた笑いをしながらもイラーリオは目尻を濡らしていた。


「はんっ!女と馬に助けられて情けないヤツ!」


 クロに睨まれてイラーリオは慌てて逃げかえっていった。


 謝る事もなく、立ち上がるのを助けてあげたお礼も言う事もなく悪態をつくなんて、ほんと、情けないヤツ。イラーリオを辺境伯の跡取りに選ばなかったお父様を見直した。


「クロ!ありがとう!助かったわ!まるで騎士ね!」


ブヒンッ!


 誇らしげに嘶くクロ。


 厩舎を見たら見事に出られなくするための馬栓棒が折れていた。最初のドコォォォォン!は折られた音だったのね……馬栓棒の意味ないっ!


「さ、戻りましょ」


 クロと厩舎に向かって歩いていく後でアーロンが俯いて両手を握り締めている事に気づく事ができなかった。




 ニーナのいるラウタヴァーラ辺境伯は一度帝国に反旗を翻したことがある。それから領主が私団を持つことが禁止となった。

 

 私団の代わりに帝国騎士団が各領土へと派遣するとなっている。ラウタヴァーラ辺境伯も例外はなく、それどころか隣国と接しておりいつ領土が侵されてもおかしくないために、より強固な防衛を求められている。

 

 そのため騎士団は国境の近くに駐屯所があり屋敷には騎士団から護衛として昼と夜で交替で騎士が派遣されている。


 屋敷の入口にちょっとした仮眠もできるようになっている建物もありニーナは『派出所』と心の中で呼んでいる建物がある。毎朝決まって身体ならしに鍛練をしてから交替する。


 辺境伯の帝国騎士団は隣国が侵攻してきた際にすぐ応戦しなくてはならない。いわゆる前線地区だ。そのため腕に自信のある平民出身の騎士が多い。つまり精鋭の集まりだ。そのため朝の鍛練といえど結構激しい。


 その朝の鍛練に混ざりたい!とアーロンが懇願した時は本当に驚いた。さすがに勝手に決める訳にはいかないと騎士団長であるシルヴィオを呼んでお願いする事になった。


 シルヴィオは短髪の白髪交じりの銀髪の壮年のガッチリとした筋肉粒々の男性で、顔にまで傷跡があり本当に戦で活躍している事が一目で分かる男性だった。


(か、かっこいい!大好きだったボクシング映画の第4弾のロシア人ライバルみたい!大きい!キレてる!キレてますっ!)


心の中でマッスルな方への掛け声がついつい出てしまう。


「本当に一緒に鍛練なさりたいとお思いですか?」

「はい!お願します!」


 シルヴィオの獲物を射るような厳しい目に怯むことなくまっすぐ騎士団長を見つめるアーロン。


「騎士団は剣術のお教室じゃぁないのですよ」

「分かっております。私も守られる人間ではなく守れる人間になりたいのです」


 なおも怯む事なくしっかりと答えるアーロン。しばらく見つめあう二人。


 フッと力をシルヴィオが抜いた。


「分かりました。ただいきなり基礎もできていない人間が混ざる事は容認できません。

 こちらの士気も下がりますので。まずは基礎を身に着けていただきたいと思います。

 彼らには彼らの仕事がございますので、基礎を身に着けられるまでは私が指導をさせていただきたいと思います」

「やった!」


 両手でガッツをついしてしまうアーロン。貴族らしくない行動にすぐ気付き取り繕うようにピシッとするのが愛らしい。


「あら、基礎を教えていただけるのならば、私も一緒にいいかしら?」

 ニーナの一言にピシッと空気が凍る。


「お姉さまは女性ですよ?剣術など習わなくてもいいのではないですか?」


 喰いつくようにアーロンが反論してくる。あら、イヤだ。アーロンたらこの世界の男尊女卑な考え方に洗脳されているのね。


「え?女性だからダメとか言わないでいただきたいわ。

この辺境地はいつ前線になるかも分からないところよ?

やっぱりそこで私がアーロンの言うただ守られる人間になっていたらただの足手まといでしか無いわよね?

自分の事は自分で多少は守れるようになっていないといけないと思わない?」


 えぇ?と愕然とする顔を隠せないアーロンに何かを察したのかシルヴィオが額に手を当て俯き肩を揺らしてる。


「ふふっ、分かりました。お嬢様にも基礎を身に付けていただいて

有事の際の足手まといから卒業していただくといたしましょう。」


 やった!と喜ぶ私と反対にアーロンはなんだかガッカリしているような気がする。 

 男尊女卑の洗脳恐ろしいわね。アーロンにはそんな古い考えが当たり前のような残念な男に育って欲しくないわ。

 これからしっかりとその洗脳を解いていかないと!と決意を新たにする。


 それからは週に3日シルヴィオが来てくれる事になった。とはいえ騎士団長だ。忙しい合間を縫って来てくれているのでこちらも敬意を忘れない。


 まずはシルヴィオがニーナの実力を見るべく一対一で相手してくれる事になった。ニーナは右足を半歩前に出し中段で剣を構える


「お、剣を構える形は意外とやるね」


 シルヴィオがニヤッとしながら構える。

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