一 : 黎明 - (10) 南蛮寺
翌日。奇妙丸と新左はフロイスが言っていた教会を訪ねた。堺の街の中心部に程近い場所にある教会は、元は寺だった建物を改修した……とは近所の住人から聞いた話だ。建物の屋根には耶蘇教の象徴である金色の十字架が掲げられていた。
教会には吉利支丹や耶蘇教に興味を持った者が大勢訪れており、関心の高さが窺えた。
「お武家様も入信希望かい?」
不意に、隣の女性から声を掛けられた。
「いえ、巷で噂の耶蘇教なるものがどのようなものなのか知りたくて来ました」
奇妙丸は適当な理由で濁すと、女性は「あら、そうなの?」と少しガッカリした反応を見せた。
「アタシはね、年老いた母が重い病に
「ほう……そういう事情があったのですか」
女性の話に、真面目な表情で頷く奇妙丸。熱意のある話振りに思わず聞き入ってしまった。
どうやら、昨日フロイスが話していた貧しい者達への慈善活動は本当の事らしい。他にも食べ物を分けてもらったとか衣服を譲ってもらったという証言も出てきた。
そうこうしている内に、伴天連と
初めて来た人達に向けた話が終わり、散会していく。目新しさで来たものの「こんなものか」とあまり興味を示さなかった者、始めから好意的で伴天連から説明を受けて確信を得た者、未知の宗教に熟慮を重ねる者など、十人十色な反応だった。
奇妙丸も家路につく人の流れをかき分けて、先程の伴天連の元に向かう。耶蘇教について質問したい人が列を成しており、奇妙丸もその最後尾に並ぶ。この列に並んでいるのは特に興味を抱いている者達ばかりで、一人一人がかなり熱心に質問を重ねていた。通訳の者を介しているのもあって、一人が列を離れるまでは時間が掛かった。奇妙丸達にとって幸いなのは、時間的制約がない事だ。中には次の用事があるのか途中で諦めて列から離れる者も何人か見られたが、予定の無い奇妙丸達は幾らでも待てた。
そして、ようやく奇妙丸達の順番が回ってきた。ここまで何人も質問攻めに遭い、初歩的な質問や内容が重複する事もあっただろうに、伴天連と通訳はニコニコと笑みを浮かべて待っていた。
「すみません、デンベエという者はこちらに
奇妙丸が質問すると、二人は意外そうな表情を見せた。伴天連の方も“デンベエ”の名が出て、入信希望者でない事を悟った様子だった。一応通訳の者が南蛮の言葉に訳して伝えてから、そのまま通訳の者が答えた。
「伝兵衛はフロイス様と共に、京へ行っている。数日は帰って来ないだろう」
「では、その伝兵衛について知っている者を知りませんか?」
重ねて訊ねる奇妙丸に、今度は伴天連の方に心当たりがあるみたいで何か話してくれた。それを受けた通訳の者が訳して伝える。
「『この街に住む、“小西隆佐”という人物を訪ねてみなさい。彼ならきっと何か知っていると思います』、そう仰っています」
「ありがとうございます」
教えてくれた事に対して奇妙丸が頭を下げると、伴天連は目の前で手を十字に切ってから二人に向けて何か語り掛けた。何と言っているのか分からず固まる二人に、通訳の者が説明してくれた。
「“貴方達に神の御加護があらんことを”と言っています」
奇妙丸も新左も吉利支丹になった訳ではないのでどう受け止めればいいか分からずにいると、通訳の者がこう付け加えてくれた。
「まぁ、要するに“貴方達に良い結果が
解説されて合点がいったような、いかないような……
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