一 : 黎明 - (3) 傅役
岐阜に移ってきた兄弟だったが、環境はガラリと変わった。それぞれに部屋が与えられ、小姓も付けられた。ただ、生駒屋敷に居た時と比べて、好き勝手に遊んだり何処かへ行ったりという事は出来なくなった。
城には父の側室の子も居たが、他の弟妹に会う機会が
濃姫との対面の翌日、奇妙丸の元に一人の男が訪ねてきた。
「若、お初にお目に掛かります。御屋形様より
「傅、役……?」
平伏する新左に、怪訝な表情を浮かべる奇妙丸。
毛利“
「……何も聞いていないのだが」
突然の事にただただ困惑する奇妙丸が率直な気持ちを口にすると、新左の方も困ったような顔をして頭をポリポリと掻く。まさか昨日の対面の時に何も言わなかったとは露とも思ってもおらず、新左も面喰らっている様子だった。
傅役とは、武家の後継ぎを育てる大事な役目で、通常ならば分別のある年配の者や家中でも特に有力な者が付くとされる。しかし、奇妙丸の見たところでは新左はかなり若く、後見役よりも第一線で働いている方がしっくり来るように感じた。
ジロジロと見ていた
「……その様子ですと、本当に御屋形様から何も伺ってないみたいですので、一つ一つお伝えしていきます」
「頼む」
どういう経緯でこういう事態に至ったのかさっぱり分からない奇妙丸には、新左の口から真実を聞く以外に方法は無い。新左は仕切り直して、再び話し始める。
「若はこの織田家の嫡男であらせられます。御屋形様の跡を継ぐに相応しいよう、色々と覚えてもらわねばならない事が山のようにございます。……それはお分かりになりますよね?」
「うむ」
奇妙丸は長男で、現段階における織田家次期当主の最有力候補だ。長男が必ず嫡男になる訳ではないが、武家の
「本来であれば、筆頭家老の林“佐渡守”様か次席家老の佐久間“
林“佐渡守”秀貞は永正十年(一五一三年)生まれで、五十五歳。先代の信秀の頃から織田家を支える重臣で、主に内政面を担当していた。佐久間“右衛門尉”信盛は
新左が指摘したように、急成長を続ける織田家はやるべき事を多く抱え、重臣に若君の傅役を任せる程のゆとりは無かった。ただ、他にも理由があるように新左は感じていた。
信長にも信秀からの信頼が厚かった平手政秀が傅役に付いたが、若かりし頃の信長は“うつけ”と呼ばれる程の奇行に苦慮していた政秀は、信秀の死後暫くして奇行を止めない信長を諫める為に自刃。父亡き後に唯一の理解者と思っていた傅役の死に信長はひどく悲しみ、行動を改めたとされる。一方で、弟の
「これからは私が剣や槍、乗馬の稽古、武家の作法などをお教え致します。また、学問につきましては別の者をお招きして若に受けてもらいます」
「……それは私が嫌と言えば拒めるものか」
「無礼を承知で申し上げるならば、若に拒む道はございません」
はっきりと言い切る新左。主君の子だからと
「無礼を重ねるならば、御屋形様から『俺の子だからと手加減するな』と仰せ付かっております。嫌であろうと何であろうと、若を一人前に育てていく所存」
そう話す新左の表情からは、並々ならぬ決意が
「……相分かった。それと、試すような事を言って済まなかった。どうか、お手柔らかに頼むぞ。新左」
「ははっ!」
奇妙丸が改めて声を掛けると、新左は
自分が“織田信長の嫡男”である事実は変えられず、受け
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