第20話  そして終わりからの始まり

「髪の短い先輩も見てみたいと思いますが…結局は長い方が似合ってるよねって落ち着きそうです」


 正直必要ない情報の話だったけど思い返しながら喋ってたらつい話してしまった。

「後日に皆んな驚いてたよ。バッサリ切ったから失恋でもしたのかって……恋愛感情を持ってる事に気付かなかった私がだよ」

 少し自嘲気味に返す。


「まぁまぁ、そこは中学生だったからって事でいいんじゃないですか?それより先輩のお母さんが言ってた事は何となく私も分かりますね」

 少し頷きながら目を瞑り考え込む雨湯児さん。

「あら?そう言うご経験がおありでー?」

 私ばかり話してるから少しぐらい聞いてもバチは当たらないだろう。

「まぁ、恋愛かは分からないですけど学生時代に憧れてた先輩にそう言う人が居たことを知った時は何とも言えない感情になりましたね」


 ほう、どんな男なのか気にはなるけど。

 雨湯児さんは紅茶を飲んで言葉を続ける。

「先輩もそう言うことがあった…と言うことですね?」

 

 そう、修学旅行中に気付いた事だ。

「まぁ、そう言う事になるかな。少し話は飛ぶけど修学旅行中に飲み比べとか食べ比べしてたんだけどね…」


「あー、嫉妬に気付いたと言う事ですか…」


 さすがに分かりやすい話の流れだ。


 修学旅行中の1日自由行動の日に色々回って色々食べたりとしてた時だ。

 目の前で愛華が他の女の子と仲良く食べ比べ、飲み比べしてたのを見ていた私は喉に、胸に何かしこりができてるような感覚に襲われて味や匂いが分からなくなっている事に気付いた。


「その時も女同士だから当たり前だと思い込もうとしてたけど皆んなが向ける愛華への好意と私の好意は別物だと気付いたよ、皆んなで手を繋いで写真撮った時だって愛華の手の方ばかり気にしてて顔が引き攣ってたもの」

 両手を肩の高さで掌を上に向けて首を傾ける。

「先輩…」

「じゃあどうして仲違いしたか…」

正確には仲違いではないのかもしれない。

 私は言葉を続ける。

「女って微細な変化に敏感なんだよ。男の浮気がバレるのは態度や言動の違いにすぐ気付くから。私が愛華にバレちゃったんだ」




 三学期の終わりに一緒に帰ってる時の事だ。


「どうしてバレちゃったんですか?まぁ結果はもう分かってますが思い出したくない事と関係が?」

 雨湯児さんが当然の疑問を投げかける。


「三学期の終わりにね、寒い帰り道で手を繋いだの」

「手を繋いだだけですか?」

「そう、手を繋いだの。それだけで私は緊張したしすごい照れてしまったの」

「……………」

 雨湯児さんはじっと見てる。

「そしたら彼女は『もしかしたらさなぎっちの好きってそう言う好きなの?』って」

「…………」

 雨湯児さんは目を瞑る。

「私は『私にとって愛華は特別な人だよ』って子供ながらにも伝えたよ」

「…………」

 雨湯児さんは紅茶を取り水面を見つめてる。


「返って来たのは『私にとってその感情は気持ち悪いかな』だったよ」

「…………」

雨湯児さんは再びじっと私を見る。


「それからは気付けば家にいたよ」

 私も紅茶を飲む。


「そしてね、翌日から愛華は私の事を無視し始めたの」

「え??」


「女子からは誰も話しかけてくれなくなったし、最低限の連絡事項しか言わないし、私の返事も待たないでどっか行くし、話しかけてくるのは男子の一部だけ、残りの男子は女好きの女だから関わるだけ無駄だぞーって私に関わる男子を揶揄する始末だったよ」

「えっ…え?」

 雨湯児さんは目を見開き瞬きを数回する。


「他のクラスの人達にも同じ事をされたし、ご丁寧に新入生にも浸透してたよ」

「…………」


「それが一年続いたよ。まぁ開き直って勉強してそれなりの高校には入れたけどね。あの子は別の私立に行ったし。おかげでファスにも会えたから…別に…良いんだけど」

「………」


「それが今あの子も同性が恋人なわけだよ。だったら初めから…私じゃダメだったのって……思うのは少し薄情なのかな?欲張りなのかな…。私の大好きな人はもうこの世に居ないのにって思うのは見苦しいかな…」

 せめてあの子の相手が男性なら納得できたと思うけど今回ばかりは如何ともし難い。


「先輩……ごめんなさい…言葉が出ないです」

「雨湯児が謝る事なんてないでしょうに、それに夕食は奢りなんでしょ?私がお礼言わないといけないんだから」


「いえ、送ってもらってますし…」

 と、なぜか気まずくなったところでラストオーダーの知らせが来た。

「ラストオーダーの時間ですがオーナーがケーキの残りが二つで泣いてる女の子には割引サービスだそうですがいかがなさいます?」

 何とも批評が来そうなサービスだ。

「それ本当なんですか!?」

 雨湯児さんが吠える。

「店員さんも泣いて三人で泣いたら三つ目があったりする?」

 と冗談を楽しんだ後ケーキを食べた。


 帰り道は静かだった。

 ケーキが本当に50円引きだった事で少し話した後は二人とも会話はしなかった。

 雨湯児さんはスマホでずっと何かを調べてる様子だった。

 

 雨湯児さんのアパートまで後少しのところで雨湯児さんが口を開く。

「今日お母さんに部活の先輩という事でデリス先輩と先輩のことを話しました」

 私の事まで?

「それで?いい話できた?迎えに行った時スッキリした顔してたけど」

「はい、お母さんと話して前向きに考える事が出来ましたし、先輩のさっきの話を聞いて決心がついた気がします」

 決心?


 雨湯児さんのアパートに着いたけど車内で会話を続ける。

「私のお母さんは大学生の頃に第二外国語でロシア語を選択してたみたいなんです。まぁ地獄を見たそうなんですけど」

 なるほどと私は思った。先ほど少しロシア語を喋ってたのはそのおかげかと思った。

「それで?」

 続きを促す。

「先輩はロシア語の諺は知ってますか?」

 

「ロシア語では分からないけど『首吊り自殺した人の家ではロープの話をするな。』って

言うのは見たことあるよ、割とお気に入りだけど」

 意味は…

「『相手が触れてほしくないことをわざわざ話題にするな』ですね、ドン・キホーテ・デラ・マンチャの一節らしいですね、私は読んだ事はありませんが」


 さらりと解説までする雨湯児さんに関心する。

「へー、作品の一部だったんだ。知らなかった」

 その時雨湯児はシートベルトを外してこっちを向いた。


「今の先輩にピッタリかは分かりませんが母にロシア語の諺を教えてもらいました、そして私の『気持ち』も決まりました」

 少し真剣な表情の雨湯児さんに私も向ける。

「え?なになに」

 興味津々になってる自分がいる。

「『Горе не море, выпьешь до дна』意味は悲しみは海ではないから、すっかり飲み干してしまえる、と言う意味です」

 ゴーリェ ニ モーリェ…後は聞き取れなかった。

 けど確かに意味だけなら前向きな諺だろう。

「ゴーリェ ニ モーリェ、ヴイプエシ ダ ドゥナ です」

「え、あ、うん、ありがとう雨湯児さん」

 丁寧に読み方まで教えてくれた雨湯児さん、ありがとうございます。


「先輩は今日、寝れそうですか?」

 正直、ファスの事と愛華の事で多分寝れない。

「多分嫌なこと思い出して寝れないと思う」


「普通そうだと思います。すーー…はーーー」

 何故か彼女は深呼吸をする。

「先輩」

「ん?なに?」

 雨湯児さんの手が私の両頬に添えられる。

「んん?ど、どうしたの?」


「今の先輩の悲しみは一人じゃ飲みきれないと思いますから私が少し、いただきます、先輩」


 雨湯児さんの顔が迫って来て、私は、自分の唇に柔らかく温かい心地良い感触に意識が持っていかれた。


 数秒後に小さくちゅっと音を立てて彼女の唇は離れていった。


「それじゃ先輩、また月曜日に!」

 ドアを開け外に出て行く雨湯児さんに意識が戻る。

「あ、うん。あ!雨湯児さん今の––」

「紗凪先輩、また月曜日に」


 ドン、とドアを閉められ一人残される。

 彼女は急足でアパートの2階にある自室に駆けて行った。


 ただでさえ月曜日にどんな顔していけば良いか悩んでたのに…

「どんな顔して月曜日仕事行けば良いのさぁ」

 憂鬱な思いから照れくさい思いに変わってしまった。

「でも……」

 彼女の唇は心地良く美味しかった…

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