第四話 自立歩行〜言語習得期

 ――――一才を過ぎた。


 この頃になると、長時間は無理だが自立歩行が出来る様になり、トートシン語も日常会話をするには不自由しない程度に理解した。

 とはいえ、


「父よ、この世界の社会、経済、文化、魔法、常識を知りたいのでまずは読み書き習得の為近くに図書館等があれば行ってきていいだろうか?」


 なんて事は当然一才の赤ん坊姿で言えるはずもないので、ある日の朝……


「とーさん」

「ん?サンノ、どうした?」


 恥ずかしいのかプライドが許さないのか、昔から父はあまり赤ちゃん言葉を使わない。

 しかし俺は知っている。

 代わる代わる来てくれていた乳母さんの前では絶対に親バカっぽい事をしなかったが、俺が起きている時間に父が独り晩酌をしていた時は隠し切れない親バカっぷりが出ていた事を。

 恐らく、本心では赤ちゃん言葉を使ったり俺にもっとベタベタしたいけど、俺や周りの目を気にして普段からそうしない様に気を付けているのだろう。


 だから俺は、父にクリティカルヒットするおねだり方法を考えてみた。


「抱っこ、抱っこ」

「もう、しょうがないなぁ」


 俺が両手を掲げて抱っこをせがむと満更でもない様子で抱き上げてくれた。


「とーさん、僕ご本が読みたい」

「本?まだお前には少し早いんじゃないかなぁ?」

「読みたい読みたい〜」


 すかさず父の首に抱き着き、そしてさらに顔を擦り付ける。


「分かった分かった、じゃあ明日絵本を買って来てやる」


 堕ちた。流石自称堕天使、堕ちるのが早い。

 でも俺はさらにもう一手畳み掛ける。


「ほんと!?やったぁ!とーさん有難う!大好き!」


 そう言って俺は父の頬にキスをした。


「ちょ!おま!本当は男同士でキスなんかするもんじゃないぞ」


 と顔を真っ赤にして俺をゆっくり地面に下ろしたが、わざわざ「本当は」とか言うのはきっと俺と父は例外指定したいのが何となく分かる。


(この父、チョロい……)




 ――――翌日、起きたらどこかのサンタクロースが来たのか、枕元には本が大量に積み上げられていた。


 しかもご丁寧に上から順番に、


 読み書き練習帳

 絵本

 文法の教科書

 少し複雑になった絵本

 単語帳

 図鑑

 ・

 ・

 ・


 という感じで、きっと息子を溺愛する父がわざわざオススメの読む順番で並べてくれたのだろう。


(やばい、俺もチョロかった……何か嬉しくて泣きそう……)


 一番上にあった本だけ持ってお礼を言おうと部屋を飛び出したら、リビングには父が呼んだ乳母さんしかいなかった。

 乳母さんとして来てくれていた人だがもう乳離れしているので今はお手伝いさんという位置付けだ。


「おはよう、【バタン】さん」


 そう言うとキッチンに立っている、大衆食堂にいそうな感じの元気で少し恰幅のいい獣人族の女性がこちらに振り返った。


「や、おはようサンノちゃん!

 ベッコウは家の事私にお願いしてもう仕事行っちゃったから顔洗って来たら朝ご飯にしよ!

 一人でお顔洗えるかい?」

「洗える〜有難う〜」


 バタンさんが作ってくれた朝食のいい匂いがする。

 本を部屋に置き、洗面所で顔を洗って食卓に戻って来たら、俺が戻って来た事に気付いたバタンさんが俺をヒョイっと持ち上げて俺用の椅子に座らせてくれた後、自分は俺の斜め前に座った。


「いただきます」

「あぁ、いただきます」


 俺が食前の挨拶をすると思い出したかの様にバタンさんが続けた。

 というのも、基本的にこの世界では食前に手を合わせたり「いただきます」と言う習慣や文化はないらしい。

 聞いた話しでは、どこぞの宗教に入っている家庭では食前食後のお祈りがあるとの事。

 また、食後の「ご馳走様」と言う習慣はこの世界でもあるが、手は合わせないし言うのも稀だ。

 それなので俺も手を合わせはしないが、かといって誰かが作ってくれた料理を前にして無言で食べ始めて無言で立ち去るのもモヤモヤするので、「いただきます」「ご馳走様」は必ず言う様にしている。

 最初こそ父も、代わる代わる来てくれるお手伝いさん達も不思議がっていたが、説明したら皆分かってくれて、最近では俺に合わせて言ってくれる様になった。


「サンノちゃん、ベッコウから「今日あいつは本を読みまくりたいんじゃないか」って聞いたけどどうするんだい?」

「うん、読みたい!」

「じゃあ私は掃除洗濯してるからリビングで本読むのはどうだい?」

「うん、そうする〜」


 朝食を食べながらそんな会話をし、食事を終えた俺は家事をしてくれているバタンさんを横目に読み書き練習帳から始めた。

 途中、本のページをめくった瞬間等一息つくタイミングでバタンさんは声を掛けてくれて、おやつや昼食を出してくれた。

 その細やかな気遣いにすごく感謝を伝えたいが、一才の赤ん坊が、


「毎回絶妙なタイミングでお声掛けしてくれて有難うね」


 なんて言えるはずもないのがもどかしい……




 ――――数日が経った。


 父からもらった本は図鑑等を除いてほとんど読破した。

 読み書きや文法を理解してまず分かった事は、トートシン語は日本語に近い気がした。

 文法は、英語の様に「私は持っているペンを」ではなく、日本語と同じ順番の様だ。

 さらに、日本語の様に敬語や丁寧語等もあり、活用変化を覚えるのは大変だが覚えたら使いこなすのに苦労はしなさそうである。

 しかも多少の方言の様なものはあれどこれが全世界共通の公用語なんだから異世界ヒャッホーだ。



 言語学習のついでに家の中を歩き回ったり庭に出る事も多くなった。

 俺の家は辺境の町ダクツ内の少し郊外に区画整理された場所にある平屋建ての一軒家だ。

 ゆったりとした広さの土地が並ぶ建て売り住宅街っぽいが、前世不動産屋の俺としては賃貸なのか持ち家なのか、価格はどれぐらいなのかが気になる。


 間取りは平屋ながら独立した三部屋と、そこまで広くはないリビングダイニングとキッチンスペースがある3LDKだ。

 水回りは日本の一般的な住宅と同じ様に上下水道完備していて、キッチンや洗面台、浴室それぞれ蛇口の横に温度調整用のレバーもある。



 この世界は魔力依存と転生前に聞いていたので、これら快適生活の源が気になって家の外周を回ってみると、電気水道ガスに代わる、魔石という人の頭ぐらいの大きさのキラキラした石が各家の外に配置されていた。

 このキラキラした光が弱まって黒色に近付いたら、国や町に公共料金を支払って交換してもらう様だ。

 まるで地球のプロパンガスやウォーターサーバーの水タンクの様なので、ひとまず俺は勝手にプロパン魔石と呼称する事にした。


 このプロパン魔石からの魔力は家の中の必要な場所に必要なエネルギーとなるのはもちろん、下水を吸い上げて簡易ろ過してタンクの代わりにもなるらしいので、地下配管もいらないし当然電線もいらない。

 ただ、上水は化学変化で説明が付くのかもしれないが、ろ過した下水のタンクは物量的に全く理解が出来ない……

 質量保存の法則やプロパン魔石の大きさなんて考えたらダメなのだろう、きっと魔法は全てを解決するのだ……

 いずれにせよ、もしこの魔石を地球に持って行けたら街作りや建物建設に革命が起きそうだと思った。

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