第2話

〈白の殺し屋〉の初めての仕事が終わって、二年が過ぎた。


 僕は16歳になり、都内にオフィスを借りて探偵事務所を立てた。今日は探偵を初めて二日目。まだ依頼は何も来ていない。僕は入り口から一番奥の机に座って今日の新聞を確認していた。


 殺し屋の方は順調だった。二年間で合計14人のターゲットを葬った。ターゲットは多種多様だった。裏金を使っていた政治家や、脱税していた企業の社長、海外で犯罪を起こして日本に逃亡してきたものなど。それでもアルファやヒストリーに繋がるような情報を持っている人は居なかった。今日の新聞にもアルファやヒストリーが何か行動を起こしたという情報もない。どうしたものだろうか……


 ――カランカラン――


 そんな事を考えていた時、事務所のドアが開いた。


「ごめんください」


 探偵事務所に入ってきたのは若い女性だった。ショートカットで大きな黒い瞳を持った、美しい女性だった。


「ここは探偵事務所であってますか?」


「ええ。合ってますよ。どうぞおかけください」


 僕は読んでいた新聞を置き、相談用の事務所の真ん中にあるソファに腰を掛ける。彼女も僕の対面に座る。


「私は探偵の青山健司です。では、まず、お名前と、今回のご依頼の内容を聞かせてもらってもいいですか?」


 彼女は僕のことを奇妙なものを見る目で見つめている。


「どうかなさいましたか?」


 僕がそう問いかけると、彼女はハッと表情を浮かべて、言った。


「いえいえ、想像していたよりも、探偵さんが若かったから。私の名前は谷口琴美と言います。依頼内容は……彼氏が浮気してないかを調べてほしいです」


 谷口は身を乗り出して、依頼内容を伝える。僕は手元のノートに「谷口琴美、浮気調査」と大きく書く。


「浮気調査ですね。わかりました。では、彼氏さんについて聞かせていただきます。まずお名前、それからお写真など、顔がわかる物はお持ちですか?」


 谷口はカバンから3枚の写真をテーブルに出した。


「彼の名前は溝口陽太。26歳。大手企業で働いていて、私とは2年前から付き合っています」


 写真を見ると個人写真が1枚と二人で写っている写真が2枚ある。溝口は優しそうな顔をした人で、とても楽しそうに笑っている。誠実そうで浮気をしそうなタイプには見えない。


「この写真もらってもいいですか?」


「はい。大丈夫です」


 僕は手元のノートに3枚の写真をクリップで止める。


「では次に、浮気をしていると思った理由をお伺いしてもいいですか?」


「それは……」


 谷口はバツが悪そうにうつむいた。何かわけがありそうだが、言いずらい理由なのだろうか。


「彼の携帯を見てしまったんです。その、覗いたわけじゃないんですけど、偶然メッセージが来ているのを見てしまって。最近は忙しそうだったし、仕事の連絡かと思ってたんですけど……」


 そこまで言って谷口はまた口を閉ざしてしまう。


「具体的な内容を聞いても?」


「……」


 谷口さんはうつむいたまま首を振る。僕は手元のノートに「携帯のメッセージを見た。嘘の可能性アリ」と記入しておいた。


「では、最後に彼の住所を教えてもらえますか?」


 そう言うと、谷口は携帯を出して、彼の住んでいるマンションを教えてくれた。


「ここの703号室です」


 僕はマンションの住所と部屋番号を手元のノートにメモをして、ノートを閉じた。


「一応聞いておきますが、同棲とかは」


「してないです」


 うつむいた顔を上げ、食い気味に言われた。しかもなんだか今の質問で眉間にしわが寄った気がする。多分地雷踏んだ。これ以上、聞けることもなさそうだし、ここで切り上げる。


「わかりました。2週間ほど時間をいただきます。その間で浮気をしていないか、調査をしておきます。今日は以上です。ありがとうございました」


 そう言って僕は立ち上がり、深く頭を下げる。


「あの、お金とかって、」


「お金は調査の結果が出てからでいいですよ」


 殺し屋の方で、生活には困らないぐらいのお金が入っているため、もらえなくても構わない。しかし、一銭も貰わないのは逆に怪しまれるか。料金設定考えておかないと。


「そうですか。わかりました。よろしくお願いします。ではこれで失礼します」


 谷口も僕に一礼してドアの方に向かって歩いていく。


 ――カランカラン――


「よろしくお願いしますね」


 谷口はドアを開けてからもう一度、一礼をして出て行った。


 僕は谷口が来た次の日から調査を開始した。


 僕はまず、溝口が住んでいるマンションに早朝から張り込みをした。溝口は朝の八時にスーツを着て、リュックを背負い、ごみ袋をもってマンションから出てきた。ごみを捨てると駅の方に向かって、歩いて行った。今から職場に向かうのだろう。僕は駅に向かうのではなく、彼が捨てたごみをチェックすることにした。溝口が捨てたごみ袋は強烈な匂いを放っており、思わず鼻をつまみたくなる。


 ――何が入ってんだ……――


 この強烈な匂いを疑問に思いながら、ごみ袋に結び目をほどいてみると煮物や魚など、食品のごみが多く捨ててあった。ここまでの食品の量からして、外食が続いているのは間違いなさそうだ。作ってあるのに外食が多いということは、夜な夜な誰かと会っている可能性が高い。本当に浮気をしているのだろうか。しかし、ごみ箱から女性が居るような形跡は発見されなかった。


 僕はごみ箱を閉じ直し、溝口の後を追った。駅までは徒歩で約五分。電車の中で浮気を行うのは少し考えずらいが、万が一のためにも同じ電車に乗っておきたい。僕は駅まで全力で走った。


 信号に引っかからなかったおかげで、溝口と同じ電車、同じ車両に乗ることができた。この時間帯の電車は混んでいて、溝口は僕の目の前で、吊革につかまっている。


「あの、ごみ付いてますよ」


 僕はあらかじめ持っていた盗聴器を溝口のスーツの襟の裏にくっつけた。これで彼の会話は僕のイヤホンに流れてくる。


「ああ、すまない」


 彼はそう言って会釈した。彼の声は柔らかかった。

 溝口さんは五個先の駅で降りた。僕もそれを追って降りる。職場に行くとみて間違いなさそうだ。さすがに彼の職場は大手企業なだけあって、セキュリティが厳しい。そう思った僕は職場の目の前にあるカフェで彼の会話を聞くことにした。


 入ったカフェは平日な事もあってか、とても空いていて、ほとんど貸し切り状態だった。僕は彼の職場が見える窓際のテーブルに座った。するとすぐに女性の店員が水をもってやってきた。


「こちら、お冷になります。ご注文が決まったらベルでお呼びください」


 若い女性の店員が笑顔で言う。大学生ぐらいだろうか。僕は会釈を返す。その女性の店員がキッチンに帰ると僕は、メニューを見ながら、イヤホンから流れている音に集中する。今は機械音が鳴っている。エレベーターに乗ったところだろうか。


『おはようございます。昨日はお世話になりました』

 溝口がハキハキと挨拶している。


『おお、溝口君。おはよう。昨日は大丈夫だったかい?』


『はい‼ おかげさまで。昨日はとても楽しかったです‼』


『そうかそうか、今度また行こう』


『ぜひぜひ、お願いします。僕はこの階で失礼します』


『仕事、頑張ってね。期待しているから』


『はい‼ また、よろしくお願いします』


 エレベーターが閉まる音がしている。エレベーターが閉まる音が止むと溝口は大きくため息をついた。


 僕はベルを鳴らし、店員さんを呼んだ。

「ご注文をお伺いします」


 やってきた店員はさっきの若い女性で、ニコニコしながら端末を取り出した。


「ホットコーヒーを一つ」


「ホットコーヒーを一つですね。承知しました。以上でよろしいですか?」


「大丈夫です」


「では、ただいま、お持ちします」


 その店員はキッチンに戻っていった。キッチンに戻ると四十代後半の男性店員に話しかけれていた。その男は太っていて、髪はなく、額には汗をかいている。おまけに服はよれよれでふけが出ている。女性店員は嫌そうにしながらもその男の相手をしていた。


 やっぱり人間関係ってどこでも大変だな。


 僕はホットコーヒーを待ちながらそんなことを考えていた。

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