鬼死道~心優しき青年は鬼を斬る為、鬼と為る~

杉ノ楓

第1話 幽霊が視える

『それでね、お母さんってばはなのこと置いて行っちゃったの。酷いよね?』


「そっか。でもお前の母ちゃんもちょっと忘れっぽいだけかも知れねえだろ。お利口にして待ってればそのうち迎えに来てくれるよ。」


『今までの人もみーんなそう言ってたけど迎えに来て来れなかったもん。花、ず〜っと待ってるんだよ?』


「大丈夫だって。母ちゃんが来るまで俺も一緒に待ってやっからさ。な?」


『う〜ん…お兄ちゃんも一緒に待ってくれるならもうちょっとだけ待ってみる!』



 ニコニコと笑顔を浮かべるの少女——はなと出会ったのは俺——一色優心いっしきゆうしんが大学に入学して直ぐに住み始めた、この事故物件のマンションでだ。


 勉強も運動もこれといって取り柄のない俺だが、唯一特技と呼べるものがある。

 それはこと。


 ここまで言ったら分かると思うが花はもう死んでいる、つまりは幽霊。

 今から8年前くらいに俺が借りてるこの401号室で餓死していたらしい。

 餓死に至った原因は母親の育児放棄。

 まだ5歳の花を置いて、花の母親は何処かへ逃げた。


 幼い霊は自分が死んでいるという自覚がない場合が多い。

 花もその例に漏れず、死んでいることも知らないままずっと母親を待ち続けている。



 ——早く成仏させてやらないとな。



 今までの経験から、霊は未練さえ無くなればこの世からいなくなる。

 推測だが花の未練は“母親と会いたい”、というものだろう。

 だけど会わせていいものか…


 育児放棄をする母親なんて碌なもんじゃない。

 そんな事を花に言える訳もなく、約3ヶ月もの間、適当なことを言って誤魔化し続けて来た。



 ——まあ、卒業まで3年以上あるし後で考えるか。



 難しいことは後回し。

 今日も今日とて花の話し相手を適当にこなしながら、レポートを書いていた……そんな時だ。


“ピーンポーン”とチャイムの鳴る音が響く。

 何か注文したっけな?と疑問に思いつつカメラを除けば、そこには同い年くらいの女性が立っていた。


 髪型はポニーテール、服装は白と紺のセーラー服でギターケースらしき物を背負っている。

 帽子を深く被っているので顔はよく見えないがこれだけは断言できた。



 ——知らない人だ。



 あの制服は分かる。

 近くにあるお嬢様学校…たしか美園みその学園とかいうところの制服だったと思う。

 あいにくと俺は一般校出身だし、そもそもこんなお嬢様の知り合いはいない。

 部屋を間違えたのだろう。

 仕方ない、教えてやるか。



「部屋間違えてますよ。」


『いえ、401号室ですので合ってます。失礼ですが、一色優心さんですよね?』



 こいつ…なんで俺の名前知ってんだ?

 不気味だ。

 美人局か何かか?



「あー……人違いです。」


『あっ!ちょっt——』



 少しだけ考えた結果、俺は通話を切った。



「開けて下さい……開けなさい!私は土御門沙矢つちみかどさや、少し話をしに来ただけです!」



 電話を切った途端、今度は力強くドアを叩きながら大声で叫び出した。

 正直言って……怖い。

 ってか名前聞いてもやっぱり分からないし。



「土御門なんて奴は知らん!ってか近所迷惑だ。さっさと帰れ。」


「近所迷惑だと思うのなら家の中に入れて下さい!」


「嫌だね。知らねー奴だし。つーか知ってても女子高生なんて家に入れれるか。」



 一人暮らしの男の部屋に女子高生なんて入れたら変な噂が立ってしまう。

 後3年は住むこの部屋でそんなのごめんだ。


 ドアを背中で押さえながら、入れろ入れないと攻防を続けていると、急に女子高生が大人しくなった。



 ——お、やっと諦めたか。



 なんて考えた俺が馬鹿だった。

 次の瞬間、女子高生はドア越しにとんでもない一言を放って来たのだ。



「これで最後です。私を家に入れなさい。さもなくば、今ここで貴方に捨てられたと叫びます。既にご近所も騒ぎに気付いている頃でしょう。いいんですか?遊びで女子高生を傷物にした鬼畜大学生として知れ渡っても。」



 ——こ、こいつ……



 昔から霊と喋っていた俺は友達がいない。

 幼い頃に形成された人間関係は意外と続くもので、地元からそう離れてないこの場所では、今でも白い目で見られることが多いのだ。

 そんな俺に、こんな噂が流れてみろ。

 それこそ一巻の終わり、もう地元では生きられなくなる。

 考えた結果……俺は渋々ドアを開けた。



「改めまして。私は土御門沙矢、美園学園の3年生で部活は弓道部に入っています。趣味はこれといってありませんが、特技は——『幽霊退治』です。以後、お見知り置きを。」

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