第32話 大渓谷

【採取者の勘】

 フィールド上で一度も会敵せずに4時間採取し続けることで習得する。戦闘回避アイテム使用時は時間がリセットされる。

 採取アイコンの視認範囲が2倍になる。


 

 なんか思ってたのと違うスキルを習得してしまった。4時間敵に会わないなんてできんのか?絶対無理だろ…いやまあ、、実際できたってことは方法が色々あるんだろうが。視認範囲が2倍はまたすごいな。

 

 よくわからないながらも、ステータス画面越しに周りを確認する。



「おお、見えるじゃん。あんな先まで」



 一気にずいぶん先のアイコンまで見えるようになった。これまでの苦労は何だったって話だが、これは【採取】レベルが上がればさらに範囲が伸びるだろう。単純計算で【採取Lv9】で60mということになる。

 


「あ、ゴルバさん、あそこに6個固まってます。あれ全部採取したら終わりです。行きましょう」


「ん? 6個? どこだ?」


「あそこ、30mくらい先にありますよ」


「30m? なんだ急にそんな遠くまで見えるようになったのか」


「あ、はい。急にスキルを獲得して」


「ほう、そうか。異人の成長は早えな。じゃあ行ってみるか」


 遠くに小さく見えるアイコンに向かって歩いて行く。視認範囲は広がっても敏捷は1のままだから、移動にはこれまで以上に時間がかかることになる。歯痒い時間が増えるな、これ。


 ようやく半分ほどまで辿り着いた時だった。横から派手な装備に身を固めた青いアイコンつまりプレイヤーの一団がやってくるのが見えた。真ん中には顔に銀仮面をつけキラキラと水色に輝くローブを纏った女性プレイヤー。その周りをごっつい装備を身に着けたごっつい奴らがごっつ囲んでいる。



「ウェイブ様、こちらに6つ固まってます。どうされますか?」

「採取するに決まっておるだろうが。いちいち聞くな。それとついてくるな」



 俺の4倍はあるだろうスピードで颯爽と6つのアイコンに向かっていく一団。折角ここまで歩いてきたのにこのまま取られてしまうのか。でも最後まで諦めずに…



「採取完了、おめでとうございます。これでクエスト完了です。それでは街まで…」

「戻らんぞ」

「はい?」

「まだ、採取しただけではないか。この先まで行くに決まってるだろう」

「え、この先にですか?」

「このわたしになんか文句でもあるのか」

「いえ、ございません。ご一緒させていただきます」



 うん、やっぱり余裕で間に合わんよな。採取は到着優先。文句はない。文句はないけど…。


「ん? なんだ貴様。その目は我々に対する宣戦布告か?」

「…あ、いや、違います」

「じゃあ、なんでこっちを睨んで…」


 苛立ちまぎれに恨めしそうに見つめていたらばれてしまい、取り巻きがこっちに向かってくる。しかし、その前に巨体が立ちはだかる。



「おいおい、兄ちゃんたち。そこまでにしといてくれねえかな」


「なんだ、お前…へっ? NPC? 誰?」


「俺はこいつの護衛を任されてるゴルバっていうんだがな。こいつに何かあると俺がやばいんだわ。だから悪いけど、手出さないでくれる?」


「な、なにを? なんでNPCの護衛なんかがいるんだよ」

「手ぇ…出さねえよな?」



 ゴルバさん、そう言って咥えていた爪楊枝を空中に吹き飛ばすと、腰のシミターを抜いて一薙ぎ。爪楊枝は縦に薄くスライスされて地に落ちる。



「へ?」


 プレイヤーの一団さん、揃って口をあんぐり。


「あ、そうだった。街に報告に行かないと」

「俺もそろそろ飯の時間だったわ、忘れてた」

「あ、俺も…」



 俺にメンチ切っていたプレイヤーたちはあれこれ言いながら街へと戻っていった。



「で、あんたは戻らねえのかい?」


「ふん、あんな腰抜けと一緒にするな。わたしはこの先に興味があるだけだ」


「この先は止めておいた方がいい。難易度が一気に上がるぞ。あんた魔法使いだろ? 分が悪い。一人で行くのは止めとくんだな」


「ふん、大きなお世話だ」


「まあ、勝手にするがいいさ。俺はこいつが無事ならそれでいい」



 ゴルバさん、そう言ってシミターを鞘に納める。



「さ、スプラ。あと6個だろ。とっとと片付けて戻るぞ」

「あ、はい」

「……」


 水色の人からの強烈な視線を背中に感じながら30m先のアイコンに向かっていく。10mくらいのところまで迫った時、俺の横を颯爽と追い抜く水色の気配。そしてアイコンが俺の視界から消える。マジか、この銀仮面。


「あの」

「これはわたしが採取したものだが?」

「はいそうですね」


 周りを見回し20m先のアイコンに向かう。そして隣を追い抜く水色。


「えっと?」

「おお、これは品質2が取れたぞ。ラッキーだ」

「……」



 次に10m先のアイコンに向かう。


「お、これも品質2だな。こんな街の傍で品質2が連続で採取できるとは」

「あの、いつまで邪魔するんですか?」


「何を言っているんだ。わたしもここで採取していたんだ。邪魔などと言いがかりはよしてくれ」

「ええっと、あとどれくらい採取するんですか?」

「お、そ、そうだな、あと50個ほど採取予定だ…な」



 マジか、この水色銀仮面。本気で邪魔しに来てるじゃん。さっきのごっつい奴らよりも質が悪い。こういう時はそう、ゴルバさん、やっておしまい。チラッっと。



「ま、採取は先に到着したもんが優先だからな。こればかりはどうにもならん。お前に手を出されれば話は別だが」



 まさかのゴルバさんからの見守り宣言。くそ、この銀仮面、何が目的なんだよ。ただの嫌がらせに時間使って…ん? 目的?



「あの、さっきこの先に興味があるって言ってませんでした?」


「ああ、さっきはな。確かにこの平原の先に興味があった」


「今も?」


「今はそれよりも採取に興味があるな」


「…なるほど。じゃあ、俺たちもこの先に行ってみようかな。採取物もたくさんあるだろうし」


「おい、スプラ。この先は危険だぞ。ダメだ」


「でも、この人がいる限り、俺の採取は終わりませんよ。ゴルバさんもずっと付きっ切りになりますけどいいんですか?」


「いいわけねえだろ、そんなもの。こんな退屈な護衛なんて今日一日でごめんだよ」


「じゃあ、この人と一緒にこの先へ行きましょう。一人では採取しきれないくらい毒出し草が群生してる場所を見つけたら今日一日で終わりますよ」


「…ちっ、仕方ねえな。だがスプラよ、絶対に俺の傍を離れるなよ。それが条件だ」


「もちろんですよ。俺だって死に戻って集めた毒出し草をパアにするつもりはないですから」


「ふん、じゃあ行くぞ。そこの仮面の女も付いてこい」


「フフフ、相分かった」



 まあ、この水色銀仮面はこれが目的だったんだろうね。ゴルバさんの力量を見て味方に引き入れるなんて。なんて銀仮面だ。腹黒水色銀仮面だな。何色なんだよ、全く…



「うっわ、こんな場所があったのか」


「ほう、これはすごいな。幼いころに行ったアリゾナのグランドキャニオン並みだ」



 南の平原をかれこれ3時間は歩いてきた。道中の毒出し草は俺が一歩踏み出した途端に銀仮面が反応して取りに行く。俺は一つも取れなかった。そして今、そんな悶々とした気持ちを吹き飛ばすほどの絶景が目の前に展開されている。



「まあ、この南西方面はこの大渓谷グランドキャニオンのせいでこの先には進めねえんだ。この辺は厄介な群れるモンスターがいねえのは助かるんだけどな。ほら、スプラ、さっさと採取して帰るぞ。そこの仮面もこれで気が済んだか?」


「ああ、こんな絶景を見られたんなら満足だ。だが、来る途中で出会ったあのでっかいモグラは何だったんだ? あんたが一撃で真っ二つにしてたが…」


「あれは土竜鮫もぐらざめってやつだな。普段は地中に姿を隠していて獲物が上を通ると土ごと一気に食らいつく奴だ。食われたらほとんど助からねえが、気配察知が出来て一撃で仕留められるスキルがありゃ問題ねえ。一撃で仕留めねえと仲間を呼ばれてお終いだ。まあ、俺はどっちもあるかなら。全く問題はねえ」


「そうか、さすがにあれはわたし一人で来たらマズかったな。あんたと一緒にこれてよかったよ」


「あのまま一人で行くような馬鹿じゃなくてこっちもホッとしたよ。ま、この先はさすがの俺でもやばいって…あれ、スプラ? おい、どこ行った?」



 どこ行った? はい、崖から落ちてますよ。ズルズルと5mほど下まで。でもこればかりは仕方がない。崖のギリギリのところに見るからに高品質の毒出し草があったんだから。ほら採取したら品質4だもん。こんなの見たことないし、見たら欲しくなるに決まってる。くそ、ここへきて【採取者の勘】が裏目に出るとは。



「ゴルバさーん」


「うお、スプラ、お、お前、そんなところで何をしてるんだ。早く登ってこい。早く、ほら」


「登れる訳ないじゃないですか、こんな崖。ちょっと来て助けてください」


「ば、ばか。早く来い。そんなところに居たらお前…」


 あれ? 突然日陰になったんだが? 何だこのバサバサって音は…


「スプラ、上、上だ。早く隠れろ」


 へ? 上? 


「うわあああ、なになに、なにこれ」


 上を見上げると両翼5mはあろう巨大な鳥がくちばしを開けて降下してきていた。


『ギャオース』


 

渓谷鷲キャニオンイーグル

大渓谷の守護者であり、捕食系の頂点。出会ったが最後、縄張り内にいる限り追い回す。敏捷値が非常に大きく、これまで逃げ切れたものはいないと言われる。

風魔法に秀で、索敵技術が極めて高い。



 あ、これ、負け確の逃げられん奴や。この崖ってあれか、序盤では来ちゃいけないところか。やってしまったぁぁぁ。


 死に戻りが確実となり、肩の力が抜ける。俺に向かってくる渓谷鷲の迫力にビビッて動けない。状態異常っぽい。やばいって、マジで。



ピンポーン

『格上のモンスターからの接触がありました。【逃走NZ】が発動できます。発動しますか?』



 この緊急事態にそぐわない無機質感丸出しのウィンドウ。しかしその空気読まない感に冷静さを取り戻す俺。


 そうだった。そういやあったんだったそんなスキル。ウィンドウが出てるってことは、ここで使えるってことでいいんだよな。



『発動』



 一言俺が発すると、周りの景色が光の線となって流れていく。体に負荷はなく、周りの風景だけがとんでもない勢いで流れている。そしてそれも止まり、周りの風景が戻ってきて視界がはっきりとする。



 で、……えっと、ここどこ?



❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖


ほう、あの水色、コリンズに散々無理言ってたやつじゃねえか。

そうか、なんとかやれてんだな。

しかし、俺好みないい性格してやがる。

もうちょっと無理を通してくれてたらな~。俺の担当だったのに。



あーあ、大渓谷まで行っちまいやがった。

どうしよっかな~、この光景はプロモーション向きなんだが、って小僧落ちやがった!こりゃアレか。来たーーー! 死に戻り決定!!


…じゃねえのかよ。マジかよ。


だーもう、だから【逃走NZ】なんて作るから。もう!



――――――――――――――

◇達成したこと◇

・水色銀仮面の嫌がらせを解決

・大渓谷に到着

・崖から落ちて大きな鳥に襲われる(毒出し草品質4採取)

・逃走NZ発動


◆ステータス◆

 名前:スプラ

 種族:小人族

 職業:なし

 属性:なし

 LV:1

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:【正直】【薬の基本知識EX】【配達Lv4】【逃走NZ】【高潔】【依頼収集】【献身】【リサイクル武具】【採取Lv3】【採取者の勘】

 装備:【ただのネックレス】

    【夢追う男の挑戦的ローマサンダル】

 所持金:約0万G

 称号:【不断の開発者】【魁の息吹】


◎進行中常設クエスト:

<薬屋マジョリカの薬草採取依頼>

●進行中特殊クエスト

<シークレットクエスト:万事屋の悩み事>

<特殊職業クエスト~マジョリカの弟子>

〇進行中クエスト:

<クエスト:武器屋マークスの個人的な依頼>







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