第10話 ❖AIたちの舞台裏1❖

 壁一面に広がる未完成の世界地図。



 その前に立つ二人の男女。


 二人が見つめる先には小さな影が1つ。



『うん、報告ありがとう。じゃあ、アマデウス、コリンズこれからもよろしく頼むよ』


「「はい、マスター」」



 アマデウスは天使。

 腰まで伸びた明るくウェービーな金髪に淡褐色の瞳が美しく、丸みを帯びた口元はどこまでも優しい。服装はうっすら青みのかかった白いワンピースが膝下までを覆う。シンプルながら気品を感じさせる服装である。


 コリンズは騎士。

 その深緑色の長髪の奥では琥珀色の瞳が楽しげに光を放ち、その身は白銀に輝く重厚な鎧を纏う。背に自身の背丈程もある大剣を軽々と担ぐ姿は一騎当千の風格を漂わせる。


 そしてその二人から「マスター」と呼ばれる小さな影。こちらにははっきりとした形はない。黒い靄が何となく小さく人型を作っているのがわかる程度だ。ただ、その声は如何ともし難い程の包容力に満ちている。


 マスターと呼ぶ小さな影の声に揃って答えたアマデウスとコリンズ。二人は歩みを揃えて優雅に部屋から出て行く。


§


 二人が出て行った部屋に残る沈黙。壁一面に広がる空白だらけの世界地図。応接室然とした豪華な調度品。その部屋の中央には誰も座っていないソファーが一つ。


 ここは全てのプレイヤーがキャラ作成のため一度だけ通る部屋。




『レイスはしばらく出番がないかもしれないと思っていたんだけどな…よかったじゃん』


 小さな影が誰もいないはずの部屋の片隅に向かって砕けた口調で話す。


 と、その刹那、小さな影が向かう部屋の隅から存在感が放たれる。


 筋骨逞しい肉体に黒シャツ、黒パンツ、黒バンダナ、黒眼帯をしたわかりやすい海賊の装い。部屋の置物の一部だったものが動き出す。



「まだたった一人だけですがね」


 黒い海賊は、そう言ってポリポリとバンダナの上から頭を掻く。



『で、どう? 彼の調子は』


「ええ、小僧の奴、あっさりとスキル効果を解放しちまいましたよ。はあ」


 そう言って海賊が首を振ると、小さな影が笑うように揺らめく。



『はっは、そりゃ予想外。レイスが設定した無理ゲー環境をもう壊すなんて。そういやレイス、自信満々で何週間もかかるとか言ってなかった?』


「いや、笑いごとじゃねえですって。これじゃバランスがぶっ壊れますよ。知りませんぜ」



『いいんだよ。FGSはすべてAIとプレイヤーの行動で決まるんだ。それこそがこの世界にリアリティを生み出すんだから』


 小さな影が大きく揺らぐ。



『で、君の計画がなんで崩れたの? 君ほどの演算能力を持つ存在は他にいないはずなんだけど』


「いえ、それがFGS内にどうもきな臭い動きがありやして。ちょっとした混乱が起こったんですわ」



『へえ、何かが反応したかな?』


「ええ、どうも管理側マザーズに異分子を排除する動きが見られやすね。まあ、あえてバランスブレイカーを作った訳ですから当然っちゃ当然なんですけど」



『ほう、排除か。それはまた楽しそうだね。どんな感じ?』


「まず、武器屋にとんでもねえ価値の武器がポンッと置かれたんす。それも小僧が来る直前にですぜ。またそれがひどい武器で。近づく異人の幸運度を極大マイナスにするって効果でして。万が一それ壊したら何か月も牢獄行き。つまり実質排除ですわ」



『うわあ、それはまたえげつないね』


「ええ、殺意が高すぎですぜ、まったく」



『で、それがどうなったの?』


「ええ、それが小僧の前に別のプレイヤーが割り込みましてね。そのうち一人が見事に壊しちまいやがって。なのに素知らぬ顔で出て行きやした。入店したプレイヤーが小僧じゃなかったことと、魔剣の効果対象が小僧じゃなかったこと、損壊の代償が払われなかったことでどうやら魔剣プログラムがバグを起こしやがりまして。あのMKがフリーズしてましたから結構な混乱があったようです」


『へえ、あのMaterial-Kings王たちの支援者が処理に困るとは…その魔剣、よっぽど甚大な影響があったようだね。で、彼自身はどうなったの?』


「まあそれが、そのあと小僧もまんまと魔剣を落としましてね。しょうがねえんで俺が介入しようとしていたんですが、その間にあの小僧の奴、魔剣が欠けているのを見てそれを自分のせいだって勘違いしてMKに告白しやがったんでさ。バグりまくる魔剣プログラムにMKは混乱の中で、俺ももう訳が分かんねえ状態で…これ戻すのに何秒取られるかなとか計算してたら、その0.023秒の隙にMKが勝手に反応して処理しやがったんです。結局はそれが要因で小僧が極レアスキルの【正直】を習得、俺の計画ぶち壊してユニーク効果解放ってなわけです」



『はっは、なるほどね。彼の行動が事態をより複雑にし、それがMKの成長を促したか。しかし、なんとも陳腐な排除プログラムを作ったもんだね。管理AI側の方が心配になるよ』


「チビ助の行動を読めてないんでしょうね。そもそもチビ助のユニークスキルは強欲スキル。そんなユニーク持ちがあんな正直に話すとか行動が真逆ですし。もともと用意されてたシナリオは『弁償できずに牢獄行き』か、『嘘を追及されて衛兵から尋問され牢獄行き』ってところだったんでしょうが」



『ハハハ、異物を排除するはずがバランスブレイカーを覚醒させてしまったか』


「ええ、そうなんです。で、その後にもいろいろ…」



『うん、楽しかった。レイスありがとう。じゃあ、あとは任せよう。よろしく頼むよ。それじゃあね』


「あ、いや、その後も買ったが最後、食べ終わるまで動けないボア肉罠を突破して超激レア【勤勉】…って、もういない?! ちょっとお、あのチビ助を完全委任とか…マジかよあの人」


 黒い海賊の乾いた声が部屋に漂った。

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