第40話 路地販売のうっすら再び

「ローサンの代わりにこれを受け取れ」


 マークスさんが目の前の格好いいブーツを俺に差し出してくる。



「え? このブーツ? あ、ありがたいんですけど、俺ブーツは履けないというか」


 そう、軽量化しすぎてローサンになったんだし。



「大丈夫だ。心配すんな。これは『飛蛇のロングブーツフライングロング』と言ってな。北の山地の頂上付近にいる空飛ぶ蛇の羽の部分だけを使ったブーツだ。軽い上に敏捷値を底上げしてくれる性能がある。耐久強化はないが、重宝するはずだ。特にスプラには有用だろ?」


「え、敏捷が上がるんですか?!」


「ああ、+16だ。ただ、飛蛇フライスネークはすばしっこいくてすぐに逃げるから一流の冒険者でも討伐するのに苦労するんだ。しかも素材の羽が痛みやすいから魔法は使えない。だから飛び道具で胴体をやるしかないんだが、これがなかなか当たらない。しかも一度外すとすぐに逃げ去っていく。だから稀少性が格段に高い。その羽を40枚程も重ねて合わせて作ってある」


「+16って…、そんなブーツいいんですか? 高いんじゃないですか?」


「まあな、こういう気位の高いブーツは王都では人気があって、相場は…まあ、道下服のちょい上って感じか。実はこれは俺が素材をコツコツ買い溜めてな、最近やっと完成したんだ。本当はステラさん用にと思ってたんだが…スプラ、これはお前が使ってくれ。道下服にも違和感がないだろうしな」


 え、ステラさんようのものをくれちゃうの? いやさすがにそれは申し訳ない。



「いや、流石にそれは受け取れないですよ」


「いや、実は最近になって教会のシスターは華美な装飾はつけられないってことを聞いてな。このブーツはその辺の基準で微妙な線だったんだ。優しいステラさんのことだ、俺がこれをプレゼントしたら断るに断れなくて悩むかもってな。その点ローサンなら何ら問題ない。ステラさんが興味を持ってたんだったらそのほうかいいに決まってる。だからこれは受け取ってくれ」


 マジか、このおじさん。ピュアすぎるだろ。でもそんな気持ちだからこそ無下にできない。


「じゃあ、お言葉に甘えて…」


「そうそう、お言葉に甘えとけ。あ、そうだ。折角だし」



 そう言ってマークスさん、【飛蛇のロングブーツ】を手に持つとそのまま工房に引っ込んでしまう。そして戻ってきた時、その手にはつま先に赤いボンボンが付いたロングブーツが。見ると名前が【飛蛇の道下靴フライングクラウン】に変わっていた。…なぜわざわざピエロ仕様にしたんだ?



「さ、装備してみたらどうだ?」

 

 マークスさんがそう言うと、俺の所持金が一気になくなる。どうやらここで取引成立と言う事らしい。


 とりあえず、その場で装備してみる。



 名前:スプラ

 種族:小人族

 職業:中級薬師

 属性:なし 

 Lv:1

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1(+5)new!

 敏捷:1(+16)new!

 器用:1

 知力:1

 装備:ただのネックレス

 :聖魔のナイフ【ドロップ増加】new!

 :仙蜘蛛の道下服【耐久:+5、耐性(斬撃・刺突・熱・冷気)】new1

 :飛蛇の道下靴【敏捷+16】new!

 :破れシルクハット



 うん、すごい。耐久アップに加え、各種耐性が付き、なにより敏捷が大幅にアップした。これなら移動も普通のプレイヤー並みにできるんじゃないだろうか。



「おお、なかなか似合うじゃないか」


 マークスさんが満足顔で頷く。そして姿鏡を持ってきてくれる。映った姿は…うん、ピエロだね。すっぴんのピエロ。これ、メイクとかした方がむしろいいのでは?美容液があるんだからメイク道具も…いやいや、違う違う。俺はピエロになりたいんじゃない。


 俺がやりたいのはスライム討伐でブルーゼリーの確保だ。まともな装備ができたうれしさのあまり目的を忘れるところだったぜ、はは。



 そう、俺がすべきこと。装備が揃ったとなれば次は…【配達】のレベル上げだ。


 この配達スキル、今Lv4まで上がってきたが、俺の感覚的にはこいつは化けると思っている。なぜか。


 習得したばかりのLv1の時は実感がなかった。

 しかしLv2になった時に実感する。

 Lv3になった時にも同じくらいの実感があった。

 Lv4になった時結構速くなった気がした。


 まあ、細かな話は省略して結果だけ言うと、このスキルの敏捷値上昇は…×1.5の乗数倍というのが俺の予想だ。


つまりこんな感じ。


Lv1 1×1.5=1.5 敏捷値1 変化なし

Lv2 1×1.5×1.5=2.25 敏捷値2 ちょっと速くなる

Lv3 1×1.5×1.5×1.5=3.375 敏捷値3 またちょっと速くなる

Lv4 1×1.5×1.5×1.5×1.5=5.06 敏捷値5 結構速くなった


 これは俺の実感と比べても実にしっくりくるのだ。


 だとすると、レベルが高くなればなるほどこのスキルは化ける。Lv10になればおそらく×57.6。凄まじいほどの敏捷値になるはず。


 だからまずはこの配達スキルをガンガン上げていく。そうすれば配達時は今の数十倍の敏捷値で移動できるようになるはずだ。


 そして配達中に会敵したらどうなるか。俺としては効果は維持されるとみている。


 つまり俺が目指すのは



『配達時の敏捷無双でブルースライムを圧倒する』



 コレだ。



「マークスさん、明日やるって言ってた配達の仕事、今からできますか?」


「今からか? まあ、早く届ける分には大丈夫だが。どうした急に。俺はてっきり勇んで街の外に行くとか言い出すんじゃないかと思ってたんだが」


「アハハ、まだモンスターとやりあえるとは思ってませんよ。もうちょっと準備しようかと思って」


「そうか、ちゃんと考えてるんだな。安心したぞ。わかった、今日の配達はあと2件だ」





「マークスさん、今戻りました。これ受領書です」


「お、今回はさらに早かったな。じゃあ、これが報酬の625Gだ」



ピンポーン

『<クエスト:武器屋マークスの依頼5>を完了しました。クエスト内の行動によりスキル【配達Lv5】のレベルが上がりました』



 よし、これで【配達Lv6】だ。


 ちなみに【飛蛇の道下靴】の効果は凄かった。道下靴の敏捷値+16に【配達Lv5】補正の+7で+23。もうね、別世界だ。普通のプレイヤーはこんな世界でプレイしていたのかって新鮮だった。


 しかもコスチュームも変わり、頭にはネギ坊と言う極秘事項を載せての配達だ。刺激的にも程があるだろってくらい注目度抜群だった…。ピエロ服に破れたシルクハット。偶に頭上から聞こえてくる気の抜けた『ゆ〜ら〜』の声。そりゃ道行くプレイヤーは2度見3度見するわな。


 いざとなったら【逃走NZ】のお世話になる保険を掛けながらも、全力で「何も聞いてくれるな」オーラを放ちながらなんとか配達を終えることができた。


 しかし男スプラ、まだまだ行くつもりです。




「マークスさん、もう他には配達依頼はないんですよね」


「なんだ、まだ配達するのか? それなら他を回ってみるといいんじゃないか。ほ、ほら、お前がうちの他にも配達依頼受けたっていったら、な」



 あ、教会のことか、いけね、忘れてた。敏捷上がったからって浮かれて肝心なことを忘れるとは。これは申し訳ない。すぐに行ってこよう。


「あ、教会ですね。今から行ってきますね」


「おう、そうしてこい。教会は今のところ聖水を扱える唯一の場所だからな。頻繁に依頼があるはずだ。まあなんだ、その、な、俺の依頼は後回しでもいいんだが、ついでに話してこれるんだったら頼むな」


「わかりました。大丈夫ですよ。せっかく行くんですから、マークスさんの依頼もしっかりこなしてきます」


「お、おう、そうか、スプラはよく働くな。じゃあ、頼んだぞ」



 俺は武器屋を出ると蜥蜴の尻尾亭に寄って腹ごしらえをして教会へ移動する。時間はあるし、たまに海賊草鞋を履いてみて配達スキルの考察を進めながら広場を迂回して東地区へと入っていく。




 そして東地区に入るといつも通り極端にプレイヤーの数が減る。


 しかし、あれだな。東地区に来るとどうしても野菜のゴザ販売を見たくなってしまう。一度、【快癒草】なんてやつを見つけてしまうと、人間欲が出てしまうもんなんだろう。そもそもそんな珍しい草がそうそうあるはずも… うん、あるな。


「うっすらアイコンだな。マジか…」


『ゆ〜ら〜?』


 俺が薄いアイコンを見ているとネギ坊もそれに反応する。これは見過ごせないよな。



「すみません、その草って売り物ですか」


「おお、あんちゃん、この草が欲しいのか。これは売ろうと思ってたわけじゃないんだがな、畑で偶然見つけて取っておいたもんだ。俺も何の草なのかわからんから、あんちゃんが欲しいなら持ってっていいぜ。ただ、その代わり他の野菜も買ってくれないか、どうやら今日は余りそうなんでな」


「もちろん買わせていただきます。じゃあこれで買えるだけください」


 所持金から全財産を渡す。って言っても1500Gにも満たないけどね。でも、田舎のじいちゃんが言ってたんだよな。野菜は作るの大変だって。余らせて捨てるのが悲しいって。


「おう、まいど。じゃ、野菜とこの草な」



 なけなしの全財産を払ってしまったが、おじさん嬉しそうだったしな。金なんかまた稼げばいい。


 じゃあ、草の確認と行きますか。もし高く売れるようなら草たったら今度は野菜全部買わせてもらおう。



【爆炎草】

 発火爆発作用を持つ草。砂漠地帯にごくまれに自生し、烈火竜が好んで食す。 

 草を石で叩くとパンパンと炸裂音が出るが、用途は不明。



「いや、物騒な名前!」



 なんか説明に竜とか出てきたし。これ、こんな序盤で出てきていいやつか、運営よ。それにこれって万が一にも火薬とか作れるやつじゃね?



『ゆらゆらゆら♬』

「え、これをよく見てみたい?」



 俺が爆炎草に戦慄してる最中に頭上からネギ坊のご機嫌な声。ネギ坊のご機嫌な声ってかわいいんだよな。



『ゆ〜らゆら♪』



 ご機嫌な声に絆された俺。周りを確認しつつ、シルクハットをとって【爆炎草】をネギ坊に渡してやる。


 が、これがいけなかった。



『ゆらゆらゆ〜ら〜!!』


 パンパンパンパンパーン



❖❖❖❖レイスの部屋❖❖❖❖


小僧、お前、ピエロ服って。どこに向かおうとしてんだ?

俺のジャージの方がまだ普通感あっていいんじゃねえか?



あちゃ、小僧の奴、【配達】の使い方に気づきやがったか。

でも本来はこんなポンポンレベル上がるようなスキルじゃねえんだよなー。あーあ、俺しーらね。



おいおいおい、爆炎草だと?

なんで、そんなもんが…ん?なんだこのプログラム。

は?

『野菜に払った金額の所持金に対する割合によって草のレアリティが変化する』

おいおい、俺こんなの知らねーぞ。小僧のやつ全財産使ったよな。マジかよー。小僧、因果律を乱用しまくるんじゃえ!



おわっ、YM1何やってんだ、おまえそんな自爆志向なんてなかったはずだろ?



――――――――――――――

◇達成したこと◇

・ピエロ装備コンプリート

・習得【配達Lv6】

・野菜購入で【爆炎草】GET




◆ステータス◆

 名前:スプラ

 種族:小人族

 職業:中級薬師

 属性:なし 

 Lv:1

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1(+5)new!

 敏捷:1(+16)new!

 器用:1

 知力:1

 装備:ただのネックレス

 :聖魔のナイフ【ドロップ増加】new!

 :仙蜘蛛の道下服【耐久:+5、耐性(斬撃・刺突・熱・冷気)】new1

 :飛蛇の道下靴【敏捷+16】new!

 :破れシルクハット

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:【正直】【薬の基本知識EX】【配達Lv6】new!【勤勉】【逃走NZ】【高潔】【依頼収集】【献身】【リサイクル武具】【採取Lv10】【採取者の勘】【精密採取Lv3】【調合Lv1】【匙加減】

 所持金:0G

 称号:【不断の開発者】【魁の息吹】【新緑の初友】【自然保護の魁】

 従魔:ネギ坊[癒楽草]



◎進行中常設クエスト:

<薬屋マジョリカの薬草採取依頼>

●進行中特殊クエスト

<シークレットクエスト:万事屋の悩み事>

<エクストラ職業クエスト~マジョリカの愛弟子>

〇進行中クエスト:

<クエスト:武器屋マークスの個人的な依頼>



◆契約◆

 名前:ネギ坊

 種族:瘉楽草ゆらくそう[★☆☆☆☆]

 属性:植物

 契約:スプラ(小人族)

 レベル:1

 HP:?

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:0

 器用:1

 知力:5

 装備:【毒毒毒草】

 固有スキル:【超再生】【分蘖ぶんけつ

 スキル:【劇物取扱】

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